これだから怜は
真っ直ぐ怜の方に向かい、体をテレビに向けている怜の足の間とソファーの背に手を置き、私は膝をついて身体ごと真っ直ぐ怜に向ける。
「怜はどこまで自覚してるの?」
いつもより目を見開いた怜がしばらく私を見つめた後、首をゆっくりと傾げた。
「どうしたの?」
「質問に答えて」
「…………花恋が何を言いたいのかよく分からない」
どうして私の方が恥ずかしい気持ちを抱かなきゃいけないんだという何ともいえない感情が、自然と声を大きくした。
「怜は私のこと、どれくらい好きなの!」
「大好きだよ」
「そうじゃなくて、ちゃんと教えてほしいの!」
怜はおもむろにスマホを取り出すと何かを検索しようとしたので、スマホを取り上げる。
怜は特に文句も言わず、すぐに私に向き直った。
「目瞑って」
「え、嫌だ、何する気?」
「教えてほしいんでしょ?」
「いや、そうだけど何する気?」
「教えるの。目瞑る儀式が必要らしい」
儀式って、一体どんな変な知識を植え付けているのやら。普通の日々を過ごしていたら絶対聞かない単語だよ。
「はぁ、分かったよ。瞑るからさっさと教えて」
「うん」
目を瞑ってすぐに、唇が湿る感覚がした。すぐに文句を言ってやろうと少し離れ、ほんの少し口を開けた瞬間、舌が柔らかく湿った何かと接触するのを感じた。
私は理解が追いつかず、少しの間ショートしてしまった。
状況を理解してすぐに離れたが、私の視界には怜の口と繋がった透明な糸が写っていた。
「な、何、何したわけ……⁉︎」
「好意を伝えるのはこれが一番だって、映画とか漫画で見た」
怜って漫画読むのかと普段なら思える余裕が今はなかった。
「な、いや、怜、今の、キス、しかも、深いの」
「……大丈夫?」
近づいてきた怜の顔を思わず片手で押し返した。
「あんた、キスってどういう行為か知ってるわけ?」
「特別な人にするんでしょ?」
間違ってはないけど色々と勘違いしているから突っ込みたいけど、とりあえず今は流す。
「じゃ、じゃあなんで舌、入れたわけ?」
「舌入れるキスが一番気持ち良いってあったから。気持ち良かった?」
思わず溜息が溢れた。しかも大きいの。
「あのね、今からちゃんと教えてあげるからその足りない脳みそにしっかりとインプットしなよ」
私は怜にキスという行為についてしっかりと教えた。特に口にする事と舌を入れる事について。
「分かった? キスっていうのは恋人同士がするものだし、ディープキスは恋人の中でもかなり仲が深まってからするものなの。だから、映画とか漫画に影響されて安易にするもんじゃないの」
「じゃあ、キスした私は花恋と恋人同士?」
「なんっでそんな解釈になるの⁉︎ ばっかじゃないの⁉︎ キスは恋人同士がするものだからそうじゃない私達がする事じゃないって言ってるの!」
あまり必死になったせいで息が切れ、心臓もバクバクと大きく拍動している。
対して怜は涼しげな顔で何か考えているようだ。
「じゃあ恋人になろう」
頭を抱えた。強敵すぎる。一筋縄ではいかないどころではない。
「何でそんな話になるの⁉︎」
「花恋とキスしたから、責任取って恋人になる」
そう言って怜は再び顔を近づけてきたので、両手で阻止する。
「恋人は、お互い好き同士がなるものであって、一方的に決めるものじゃないの!」
「私は花恋の事好きだよ」
「私は怜の事好きじゃない!」
私は鞄とスマホを持って、走って怜の家から出た。
ずっと心臓がバクバク鳴って、らしくもなく動揺しているのを自覚せずにはいられなかった。




