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花の道しるべ  作者: 輝 静
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カムバック

 彼女達のお昼にプライベートはないと思っていたけれど、こんな穴場があるなんて思わなかった。

 ここに来るには職員室側の階段を降りる必要がある。

 流石のファンも職員室近くでは騒げない為、彼女達にいつまでも付きまとうことができない。

 ここは彼女達だからこそ見つけられた、穴場のベンチだろう。


「悠優、今日は手作りなんだ。珍しい」

「うん〜。くうちんが作ってくれたんだ」

「いいな、私も食べたい」

「いいよ〜。ゆーゆも持ってきたお弁当あるから」


 どうやら私の作戦勝ちのよう。これでお弁当を奪われずに食べる事ができる。


「花恋ちゃんすっかり二人の胃袋掴んだね」

「掴みたくなかったです」

「ツンデレさんだ」

「デレはないです」

「そう? わざわざお弁当作ってくるのはデレじゃないかな」

「取られたくなかっただけです。そもそも昨日あまりに取られすぎたせいで割とお腹空いていたんですから。それもこれも天乃さんが勝手に──」

「えいっ」


 動いている私の口に、天乃さんはまた卵焼きを突っ込んだ。


「箸が止まっていたから手伝ってみました」


 天乃さんはそう言い訳を添えて、私の喋りを妨害した。


「余計なお世話です」

「私も花恋にあげる」

「私ペットか何か?」

「花恋は人間だよ」


氷冬さんは私と安蘭樹さんの間に割って入り、手に持っていたサンドイッチを口に近づけてきた。


「知ってるわ。私他人が作ったもの無理だって昨日言ったでしょ」

「これお店の」

「市販のものだろうとなんだろうと無理なの。自分で一から手作りしたやつじゃないと無理なの」

「どうして?」

「氷冬さんに言う必要ない」

「くうちん潔癖しょー?」

「そーそー。分かったらどけて」

「でも優華の箸で食べてた」


 こいつ変なところはちゃんと見てるな。面倒くさい。


「とにかく無理なんだって、しつこい!」

「……分かった。じゃあ、箸貸して。花恋のおかず食べさせる」

「なんでわざわざ氷冬さんに食べさせてもらわないといけないの」

「私も花恋と仲良くなりたい」

「だから私はなりたくないって」

「まあまあ花恋ちゃん。怜ちゃんも一回やれば気が済むと思うから」


 この中で一番まともそうな天乃さん。とことん私にとって嫌な提案しかしない。

 でも、一応言う通りにすれば止めてくれるから、突破口がない以上従わざるをえない。


「はい」

「ありがとう」


 氷冬さんはハンバーグを掴むと、私の口に差し出してきた。

 口に入れてすぐ、箸を取り返した。


「おいしい?」

「不味くなった」

「じゃあもう一回」

「しなくていい」

「次はゆーゆがやりたいな〜」

「やらせてたまるか」

「花恋ちゃんモテモテだね〜」


 あなたが始めた物語をそんな他人事みたいにまとめないでほしい。


「私はこんな結果望んでいないです。そもそもモテたくない」

「え〜どうして〜?」

「はっきり言わせてもらうと、君達ともいたくない。私は、空瀬? あーいたようないなかったようなって、私の存在なんて誰の記憶にも残らない独りの人生を生きたかったの。それが君達のせいで台無しだよ。本当に余計な事しかしない。君達に構われるようになってから碌な日々じゃない。分かったら離れて」


 さぁ、どう感じてもらってもいい。罪悪感でも幻滅でも哀れみでもいい。とにかく私から離れるんだ!


「あはは〜それは無理だ〜」

「なんだよ」

「だって〜ゆーゆ達はくうちんを離さないからね〜。くうちんがいないと寂し〜」

「なんでよ。私いなくても問題ないでしょ」

「そもそも〜三人は奇数だもーん」


 妙な説得力のある奇数は不便という刷り込みの積み重ねのせいか、私はそれ以上何も言えなかった。


「花恋」

「何」

「私は花恋の事忘れないよ」

「私も」

「ゆーゆも〜」

「忘れて。私も忘れる」

「え〜、そんな悲しいこと言わないで〜」


 私の体はなされるがまま右に左に揺れている。


 そもそも私は君らといてデメリットしかないと言っているのに、一緒にいたいならなぜメリットを提示しない。今こうして一緒にいるのも、殴ってはいけないという私の理性と我慢があってこそ。

 どうしてそれが分からない。


「やだ」

「お願い〜」


 しつこいな本当に。


「じゃあ何をくれるの?」

「え?」

「私が今君達と一緒にいるのは私の我慢あってこそ。君らはそれをこれからもずっと私に強要していくつもり?」


 安蘭樹さんはしばらく私の服を握ったまま一点を見つめていた。

 もし今動いたら死ぬという状況ならば、彼女の右に出るものはいないだろう。


「ほら、ないじゃん。できないじゃん。そりゃそうだよね。今までの人生、交流を断ることはあっても断られることはなかっただろうしね。無意識のうちに自分の存在の価値を高く見積もっていたんでしょ。私の言葉を本気にしていなかったんでしょ。私の気持ちなんて考えた事ないでしょ」


 先ほどまでの騒ぎが嘘のように、場は静まり返っていた。

 皆、呼吸すら忘れているのではないかと思うほど。


 その空気を変えようと思ったのか、それとも特に何も考えずなのか、氷冬さんはいつも通りの調子で話した。


「花恋は何してほしいの?」

「構わないでほしい」

「それ以外で」

「じゃあ話しかけないで」

「何が違うの?」

「言葉が違う」

「じゃあそれ以外で。ごめん、私花恋の事よく分からない。どうして花恋は私と仲良くしたくないの? 今まで会った人は皆、私と話したり仲良くしたいって言ってたよ」


 まるで私は変だと言いたげな言葉に正直心底腹が立った。

 そもそも、私の平穏な日々を壊しておいて謝罪もないどころか、関わりたくないって言ってるというのに、尚私と関われるのだから幸せでしょみたいな言葉何? 喧嘩売ってんの? 私舐められてる?

 てかそもそも何で私に構うの? 君らが私の事知らないように、私だってまともな答えも得られないまま流されているけど、私がいつまでも流れに逆らわないと思わないでよ。

 私だってね、怒るんだよ。


「だったらその人達と仲良くなればいいじゃん」

「私は花恋と仲良くなりたい」

「あんたらの事情とか心情とか知らないよ。君ら気づいてるでしょ。私に向けられる目を。陰口を。仲良くする事で守ってると錯覚しているかもだけどさ、むしろ逆効果なんだよ。そもそも君らが構わなければ起こらなかった事なんだよ。ただでさえ一人でいたくて過ごしていたっていうのに、未だに仲良くなりたいとかクソ迷惑な事を。本当に不快。まじで君ら全員最低」


 言いたいことを全部吐き出し、この場にケリをつけた。

 お弁当を回収して、振り返らず、何も言わずに私は一人でその場を去った。

 天乃さんが途中何か言おうとしたみたいだけど、言葉に詰まったのか何も言われなかった。


 ようやく私は解放された。心がスッと軽くなった気がする。

 ようやく、私の平穏が戻ってきた。

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