ワードフォルダー
村長代理のダスケに挨拶を済ませさっそく出発するってところで止められる。
「ああ待て。一応は現在知り得るすべてのことを教えておいてやろう」
地図を広げ印をつけるダスケ。
ケチケチせずにこの勇者様に有利になるような情報を渡しておけよな。
先に済ませておくもの。気が利かない奴だ。
もう少しで出発するところだったじゃないか。
心の中でつい毒づいてしまう。これも一種の癖みたいなもの。
まさか聞こえてないよね?
「地図って言ってもよ俺は地図など読めないしすぐ忘れる人間だ。
それなら奮発してお供の一人ぐらいつけてくれよな」
そう言うとダスケは笑いながら若者は年々減っていてこれ以上は出せない。
年寄りなら考えてやらんでもないと取り合わない。
お年寄りでは役に立たずに足を引っ張るだけ。
それに長い旅路。スピードを合わせていたらいつまで経ってもたどり着かない。
結局見捨てることになる。それが序盤か中盤かの違い。
だから遠慮する。
お供を従えることなく村を出るしかない。
仕方がないこの際動物だって構わない。
野山を駆け回ってる猿だっていい。村の畑で悪さをするようになった野犬だって。
おかしな声で鳴く鳥だって構わない。
「ここが我が村。そして少し行くと隣村になるはず。
そしてもっと行けばアンのいる街にたどり着けるだろう」
シンプルな地図を寄越す。
「良いか。これ以降はお前の目で直に確かめるがいい。
必ずアンを。そして仲間を取り戻すのだ! 良いな? 」
「分かりました。お任せください」
「おお、良い面構えだ。お爺のところに寄るといい」
これでようやく出発かな。
その前にお爺のところへ。
白髭の小さなお爺さん。皆からお爺と尊敬されている。
村外れに建っているボロ小屋。今にでも崩れ落ちそう。
まあ崩れ落ちても住み家が奪われるだけで大して怪我はしないはずだ。
「お爺! 」
「おお勇者や! ちょうど準備は出来ておるぞ。さあこれを受け取るが良い」
意味深なお爺。これも儀式の内らしい。
俺が旅立つのを知って村の者が盛り上げてくれる。
お爺はいつもののほほんとした感じではなく厳しい態度で接する。
お爺が用意したのはワードホルダーなるもの。
中にはカードが何枚か入ってる。
「何ですかこれ? 」
目を凝らして見てもよく分からない。ただのカード?
これが何の意味があるの? 本当に役に立つの?
疑いの眼を向けると白髭を掻きながら説明する。
「これは…… 都会で今流行ってるゲームで大変面白いと評判じゃったかな」
駄目だこれは。ボケてしまったらしい。
とりあえず役に立つお助けアイテムと見た。
「ありがとうございます」
もしただのガラクタでも何かの役には立つだろう。
ワードホルダーを手に入れた。
ついでにカバンも。
「小さ過ぎはしませんか? 」
「いやワードホルダー専用だからこれで良かろう」
「お爺は外の世界は詳しいのでしょうか? 」
「フォフォフォ…… 人がいてモンスターがいる。ただそれだけじゃ」
何ともシンプルな答え。
「おおそうじゃった。仲間は鬼に囚われている」
「鬼とはあの伝説上の鬼? それともモンスターのことでしょうか? 」
「知るか! オニとはたぶん何らかの暗号かそれとも場所そのもの」
「ではアンもそこに? 」
「ああ恐らくは…… 責任は一切持たんがな」
「分かりました。ではお元気で」
「うむ。行くがいい勇者。我が村の命運はお主の手に掛っている! 」
とんでもないプレッシャー。
ではそろそろ出発するとするか。
故郷の村を離れる。
結界を解き、狂った世界に足を踏み入れる。
もう誰も信用できない。
そこに人がいようとそこにモンスターがいようと。
ただ自分の道を突き進むしかない。
戻れない。仲間を連れ帰るまでは戻ってこれない。
俺にはアンしかいない。
赤毛のニキビだらけだったアン。
あれ? あまり可愛くないぞ。
離れたものだからよく見えるのだろうが。
実際よく思い出すと普通の女の子だった気もする。
ブツブツ
ブツブツ
アンのことばかり考えていたせいか前から来る奴に気づくのが遅れた。
何て情けない。これでは勇者失格。
続く