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バブルガムフェロー  作者: フリオ
一章 リンデンリリー
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8話 まずは服を脱いで、土下座でもしてもらおうか


 アリスはりりがクラスの男子から告白されているのを見かけた。それが、かつてアリスがボコボコにされた校舎裏で行われていたのだから彼女にとってたちが悪い。首筋がひりつく。未だに火傷の傷が残っていた。


 りりは苦笑いで頭を下げていた。

 断られていた方の男子の顔は見えない。



「大変だな」



 アリスは校舎裏でタバコを吸っていたりりに話かけた。タバコを咥えたまま、口角を上げるだけで返事をする。その卑猥さに目をそむけたくなる。正義は自分にあるのだと、アリスは心の中で言い聞かせた。



「ポイントカード分かる?」


「あ?」



 りりの隣に座った。


 タバコの匂いよりも女の匂いが強い。

 いつものりりからそんな匂いはしないのに。


 男から告白されたからだろうか。



「買い物するとポイントがもらえるじゃん? さっきの彼はポイントカードを作ってなかったんだよね。でも、何度も買い物をしてしまった。もちろん、買い物をするたびにポイントは失われていく。彼はそのことを後悔していた」



 何を言っているのか分からなすぎて、アリスの口は動かない。



「ある日、彼はタイムマシンを手に入れた。過去に戻ったら一つだけ何かをやり直すことができる」


「タイムマシン……?」


「失われたポイントを求めて彼はここに来た。でも中学生の姿になった彼は、私のことを思い出した。彼には後悔していることがもう一つあった。それは、その日、つまりは今日、私に告白しなかったこと」



 アリスはこれがりりの妄言だと気づいた。

 意味は分からなかったが、そもそも意味なんてないのだろう。



「しかし、やり直せる人生の出来事は一つだけ」


「あいつはお前に告白することを選んだわけだ」


「はたして彼はポイントカードを選ばなかったことを後悔しているのか、それとも告白が失敗したとしても後悔なんてないのか。どっちだと思う?」


「少なくとも、告白をネタにしてイジるのは良くない。告白したヤツが下で、断ったヤツが上という考え方は間違っている。いますぐ捨てろ」


「っは、そのとおりだね。どうでもいい話だった」



 りりはタバコを捨てて立ち上がる。

 アリスはそれを拾った。火の消えたタバコを見つめる。



「どうしたの?」


「……お前、未来から来たのか?」


「逆だね。過去から来た」



 今の自分は過去から来ているというのは、みんながそうだ。


 なにも特別なことじゃない。


 りりが歩き出すと、アリスは背中を追った。




◇◇◇




 ホタテが生まれる前から、オルガンはそこにあった。だから言葉を覚えるよりも先にドレミファソラシドを覚えたのは必然だった。ホタテは物心付く前から好奇心に任せて鍵盤を指で押した。それは生まれたときから物心が付いていたりりには経験することが決してできない天性の音楽だった。だとすればそれは、りりが経験した転生の音楽とは真逆にあるものだろう。



「彼女のピアノは極まってる。私のバンドにぴったりだ」



 りりはホタテの音楽を欲した。


 りりのギターほどではないが、ホタテのピアノも優れたものだった。ただ、多くの選択肢があった中で自らギターを選んだりりおとは違う。母と暮らす八畳の部屋にたまたまオルガンがあっただけだ。そして、小学校にもそれはあって、中学になるとピアノがあった。


 なにより、ホタテはピアノよりも母の方が好きだった。



「なあ、この尾行ばれてないか?」


「そんなわけないじゃん」



 放課後、りりはアリスを連れ立ってホタテを尾行した。曲がり角が多い町の中だったが、一人の女の子の後を付けるくらいは簡単だった。それが相手に気付かれてないか、どうかというのは問題外である。気づかれても巻かれなかったらいいのだ。なんなら一緒に歩いても良い。尾行が目的ではなく、その先にあるホタテの個人的な情報を知るということがりりの目的だった。


 そしてヒントを得て、バンドに誘う。


 二人は気楽に歩く。商業街の方に進んでいたが人が住んでいるような住宅はない。ホタテは賑やかな道を抜けて、細くて静かな道を歩く。二人はキョロキョロしながらそれを尾行した。ここら辺には来たことがない。二人のような女子が用事のある場所ではない。今は静かだが、夜は賑やかになる。



「なあ」


「……うん」



 ホタテが来た場所は歓楽街だった。昼間の月のような街並みに色あせた水色の青カバン。

 どうしてホタテがここに来たのかというのは、もちろん彼女が暮らしている場所がここだからということだ。



「通り道なのかな?」


「……立ち止まったが」



 二人はホタテの事情を知らない。りりはお金も時間もないということをホタテから聞いているが、それだけでホタテの事情を察せるほど分かり手ではない。りりはこのアダルトな道がただの通り道であることを予想したが、はずれ。アリスはホタテが立ち止まったのを見て、りりの首ねっこを掴んで止めた。「ぐうぇ」とカエルを潰したような声で鳴いた。



「誰かと話しているのか?」



 アリスの言うように、ホタテは建物の陰に向かって口をパクパクさせていた。ここまで声は届かないが、当然何かを喋っているのだろう。


 二人は立ち止まってホタテが動き出すのを待った。


 しかし、ホタテは突然建物の陰から伸びた手に腕を引かれ、そのままつんのめったように建物の陰へ吸い込まれた。


 二人は顔を見合わせた。


 アリスの顔を見たりりは、日本人離れした美しい顔がそこにはあったので、思わずイモっぽい顔をひきつらせた。



「やばくないか?」


「……腕が鳴るかも」



 建物に身体を隠して顔だけ出して陰を見ると、そこは少しだけ広さのある行き止まりの道で、金網フェンスの向こうには車が停まっている駐車場が見えた。


 ホタテはそこで三人の大人の男に囲まれていた。中学生の女の子と大人の男が並ぶと平生として犯罪の匂いがする。ここが歓楽街ということ、そして人気のない裏道であるということもその匂いを強めた。恐ろしくニヤけた形相の男たちは、俯いたホタテを見下ろして楽しんでいるように見える。



「やっちゃうか」


「……まてホタテが悪い可能性も考慮しろ」


「いやだね」



 りりはアリスの静止を振り切った。どちらが悪いかというのはりりにとって関係がない。ホタテに恩を売ることができたらそれでいいのだ。それでりりも悪になるというのなら、悪というのをお風呂のバブよりも愛そう。



「こっちもなあ、困ってるんだ」



 男の声が聞こえてくる。



「……」


「まあ、今すぐに無理ってなら。代わりのものを用意してもらわないとだなあ」


「へー代わりのもの?」



 天使のような声がくそったれな場所に響いた。


 そして、興奮している悪漢どもはホタテにピントが合い過ぎて、後ろからのんびり歩いて来ているりりの登場にすら気づかない。



「そうだなあ。まずは服を脱いで、土下座でもしてもらおうか」


「良い趣味だね」



 ホタテは俯いたまま、両隣に並んだ綺麗な靴を見ていた。

 ローファーとスニーカー。



「……なんだ嬢ちゃん」


「君たち下っ端だね。おじいの店で見たことない」


「ままごとに付き合うほど暇じゃねーんだ」


「私のママは刺激てきだぜ?」


「ッチ」



 悪漢は分かりやすい悪態を付いた。りりは男たちを知らない。男たちもりりを知らない。悪党のようなことをしているのに、おじいの店に来たことがない。葉巻を吸わない男たち三人を小物だと判断してなめてかかる。りりのその態度は、当然目の前にいる情けない男三人にも伝わり、ピリついた空気になることで、アリスも覚悟を決める。



「てめえ、覚悟できてんだろうな」


「りりぱーんち」


 りりは目の前にいた男の金玉を蹴り上げた。


 パンチといいつつ蹴るのはフェイントとかではなくふざけているのだ。


 苦悶の声を漏らし膝から崩れ落ちる男の顔に膝。武井壮のやり方。


 さあ二対二だと顔を上げると目の前に拳が近づいていた。ひらりと躱してカウンターを顎に入れる。顔が下がってきたところで、ついでに目を突く。倒れた男はちょうどよく椅子になっていた。もう一人はアリスが当然のように処理し、優しいかな逃がしていた。尻尾を巻いて逃げる情けない男の背中を見ながら、りりは出来上がった椅子に座った。



「あぶないところだったね」


「……」


「こいつら、どんな関係よ」


「借金取りみたいなものです」


「ふーん、いくら?」



 りりはスカートからタバコを取り出して吸い始める。


 アリスもりりに倣って、伸びていた男を椅子にして座った。お行儀よくだ。



「額は分かりません。母は教えてくれませんから」


「それで君が危険な目にあってるんじゃ様無いな」


「……父が残した借金です。母は悪くありません」


「ふん。じゃあ、バンドの活動目標はホタテの借金返済にしよう」



 りりはとても機嫌が良かった。喧嘩も勝ったし、恩も売れたし、活動目標もできた。バンドを束ねるリーダーとしての責務を果たしているような感覚になっている。さらにタバコは美味しい。


 ホタテはりりが吐いた煙に嫌な顔をした。


 借金を残した父というのがタバコをよく吸っていたのだ。



「てかあんまりわかんないんだけど、ピアノが弾けるならキーボもいけるよね? あ、てゆうか作曲とかできる? 私苦手なんだよね。昔から」


「あの、私バンドメンバーにはなりませんから」


「……ふむ」


「中学卒業したら働かないと、だからバンドなんてできません」


「良い子だね」


「……やめてください。それに私はあなたのベースだとか、極めるだとかの意見には反対です。普通に一生懸命生きる方が正しいですよ。それに私の父は悪いバンドマンでした。あなたの目指しているそれです。私は父の生き方を恨んでいます。そんな私があなたに協力するとでも?」



 りりはとりあえずホタテを下着にして土下座させた。


 冷たいアスファルトに、ホタテの病的にまで細く白い腕が張り付く。痛んだ髪がサラサラと流れ落ち、角ばった背中には色気のない下着が見えた。



「ピアノ、弾きます。曲、作ります」



 りりは満足して立ち上がった。

 アリスはそんなりりを非難の目で見ていた。



「さあ服を着て。今日から仲間だ」


「……はい」



 ホタテはふらふらと立ち上がる。


 りりは手厚く介護をするかのように親切心と温かみに溢れた態度でホタテに服を着せる。


 まるで二人の人格がいるようだとアリスは思った。


 りりはホタテの肩を抱きながら、この糞ったれた場所を離れようとする。



「おいまて」



 アリスはそれを呼び止めた。

 りりはぶすったれた顔で振り返る。



「なんだよ」


「こいつらはどうする。救急車でも呼ぶか」


「はー。こいつらに使われるほど救急車もそんなに暇じゃないよ」


「たしかに」



 りりはニヤけた。


 理由は二つ。アリスと意見があったことが面白かったのと、良いことを思いついたからだ。



「まかせて」



 りりはそう言うと口に咥えていたタバコを男の背中に投げ捨てた。



「……?」


「これおじいの店だと119番のタバコなの。こいつらにはこれで十分だ」



 わっはっは、とりりは満足気に歩き始める。

 いつかすごい罰が当たりそうだとアリスは眉をひそめた。


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