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バブルガムフェロー  作者: フリオ
一章 リンデンリリー
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7話 ワンパンダ


 りりがお父さんにじゃんけんで勝ったときに一勝のお願いとして買ってもらった初心者用のお手軽なギターがある。ヤマハの青いやつ。三万円くらいだっただろうか。りりは珍しくそれを持って家を出た。


 アリスの家は豪邸だった。


 西洋風の一軒家で家というより屋敷だと感じる。門あるし。

 インターホンを押したら、しばらくしてウィーンと開いた。



「そこ車用の入り口だけど」



 天からアリスの声が降り注ぐ。靄がかかったような音質だ。


 りりは今まで家において車が入る口などないと思っていた。だって、家に車が入ったらほぼ事故だ。


 門をくぐって中に入る。



「おじゃまします?」



 挨拶のタイミングが分からない。駐車場にお邪魔する人なんていないと思いつつ、敷地を跨いだことでお邪魔しているようにも感じる。どこからが家でどこからが外なのだろうか。遠くに玄関らしきものが見える。


 二個目のインターホンを押すと、すぐに扉が開いた。



「おじゃましまーす」



 結局、二回言うことになったが、一回目ですよ感を出しながらりりは挨拶をした。


 りりを出迎えたアリスはジャージだった。


 風情がない。



「上がって。一階はおじいちゃんたちの家だから、私の家は二階」



 スニーカーを脱ぎながらりりの頭に疑問符が浮かぶ。


 一階がおじいちゃんたちの家で、私の家は二階という言葉はすっごい変だ。


 三世代同居核家族みたいなことだろうか。


 玄関に上がりスニーカーの踵を揃えて邪魔にならないように端っこに置く。おそらく、アリスの靴であろう綺麗に黒光りしているコインローファーの隣に並べると、りりは自分のスニーカーがなんとも俗なものに思えてくる。ファッションセンスには自信がないのだ。


 振り返ると、アリスは目の前まで伸びているグルッと半円を描いた大きな階段をペタペタと上がっていた。


 りりはいそいそとアリスを追いかける。


 階段に設置された棚には写真が飾ってあった。七五三のときのアリスだろうか。昔はこんなにかわいかったのに、今ではいじめっ子。りりはしくしくと心のなかで泣く。



「あんま、見んな」



 そんな客人に見せびらかすかのように置いてあるのだから、見るなと言われても困る。


 アリスは階段を上りきってすぐにあるドアを少しだけ開けた。



「友達来たから。……うん。私の部屋」



 友達と言われたことにすごくイラっときたが、さっき見たロリアリスで相殺させる。



「こっち」



 ガコンガコンと洗濯機の音が鳴っている廊下を歩き、端っこにあるドアをアリスが開くと可愛らしいインテリアで統一された部屋が見えた。


 りりは当然のようにベッドに座ると、アリスが普段寝ているであろう場所に黒いケースを置いてチャックをウィーンと引っ張って開く。中には当然、青いヤツ。ケースから出して抱きかかえる。あんまり使ってないから自分のという感覚はない。だからアリスに渡すことになっても躊躇いはない。



「はい。これ」



 アリスは精密機械を扱うかのように仰々しくギターを受け取った。

 強制的にギターを始めることになったがその実、楽器を弾けるようになるというのは嫌ではない。



「とにかくこれから一緒に頑張ろう」


「ふん」


「普通に演奏できるまではすぐだから」



 ちなみにりりが言う普通というのは、ギターでお金が稼げるレベルのこと。

 青いギターを抱きまんざらでもないというのが今のアリスだが、これからが地獄だった。




◇◇◇




 理想的なバンドメンバーの誘い方というのをりりは心得ていた。


 ホタテと目を合わせる。123のタイミングで手を振ると、前奏が始まる。指揮をやっていて気づいたことは、このレベルでは誰も指揮なんて必要としていないということ。ははなーる。そういえば、お母さんとお父さんが来ていることをりりは思い出した。学生の合唱を聞いて何が楽しいのだろうか。トリノの両親と一緒に見るらしい。


 観客を喜ばせるために背中に般若を仕込んで来たのだが、服を脱ぐタイミングがない。


 本番くらいタクトを使いたいが、りりはリズムゲームのように腕を振った。まるで酷使される中継ぎピッチャーのようだ。


 こめかみの横でギュッと拳を握ると、曲も終わった。


 客席から拍手がおきる。


 生徒たちの表情も心なしか明るくなっている。一曲披露して自信が付いたのか緊張がほぐれていた。一心不乱に腕を振るりりを中継ぎピッチャーに例えたが、生徒全員の表情が見えるという点においてはキャッチャーだったかもしれない。


 一曲目の課題曲を終え、二曲目は自由曲だ。


 自由と言っても学校側がリストアップしたそれっぽい曲の中から選曲するので、猫が大統領選挙に出て来るアメリカほどの自由感は少ないが、それなりに有名なJ―POPの合唱アレンジもあるので生徒の文句も大統領選挙に比べたら少ない。


 背中の般若が寂しそうにしていた。彼の出番はなさそうだ。


 りりが腕を振ると、ホタテは操られているかのようにモルダウを奏でた。





「こりゃ負けだね」


「……」



 ふかふかの客席に座り、りりは先輩たちの合唱をにやけた顔で聴いていた。自分音楽分かってますよ風だ。実際、他の生徒よりかは分かるのだろう。いちおう前世ではギターを極めている。


 指揮と伴奏の席順は隣になる。りりの隣にはホタテがいた。合唱コンクールの最中は逃げることはできない。合唱の合間にりりはウィスパーマシンガントークを続けていた。その多くが自分語りである。



「なんかベースの才能が無かったみたいで」



 何かの才能というのはそんなに簡単に分かるものなのだろうか。ホタテにはそんな便利な物差しはない。りりにはある。ギターを極めたという経験だ。



「でも困ったことにベースしかこれだって思えないんだよね。だからベースをしながらでもできる歌を極めることにしたの」



 じゃあ指揮じゃなくて歌えばよかったのにとホタテは思う。



「逆にね」



 りりは顔の前で人差し指を四回振った。

 そして、ホタテを指差す。



「ピアノコンテストなら優勝だったね」


「……」



 明らかに無視をされた。


 しかしりりは満足している。自分のことをホタテに知ってもらうのが目的だった。顔の前で人差し指を四回振る。何を指揮したのかというのは、この状況の全てであり、それはりりの思い通りに動いていた。そしてホタテのほっぺをつついた。それを合図にダムが決壊し、これからホタテの人生はモルダウの川のように流れていく。





◇◇◇





 

 矛盾を抱えて生きていた。ギターは生きた証でもあり、死の象徴でもあった。


 アリスのつたない演奏をりりは笑った。アリスと比べたときに自分のギターの才能が面白かったのだ。アリスはそれを嘲笑と受け取った。その勘違いは仕方がない。アリス自身が自分の演奏に納得していないときに、りりの憎たらしい笑顔が見えたのだ。



「すごいね」



 トリノはスネアを膝に抱えて、りりのベッドに座っていた。何度か来たことのあるりりの部屋は新鮮な楽器で溢れていた。楽器を持つ女の子がこんなに魅力的だったなんてりりは知らなかった。とにかくスネアを抱えるトリノは可愛かった。ドラムは女の子がいいなと、バブルガムフェローのボーカルも言っていたことが理解できた。もちろん、バブルのドラムはゴリゴリのおっさんだったが。楽器を持つ女の子の美しさというのは普遍的な価値観なのだろう。思えば神話の天使もなにかと楽器を持っていたような気がする。



「私はちょっと、上手くできるか分からない」



 トリノはずいぶんと弱気だった。一呼吸を置いて、スティックを振り始める。スネアを叩き始めて何連かは安定したリズムを刻んでいたが、腕に疲労が溜まると集中力が落ちて崩れていく。崩壊してしまう前に、トリノは演奏を止めた。一応、やり切った雰囲気だけ出しておく。ドラムの練習を始めて、一週間でこれだ。自分に才能があるのかないのかすら分からない。自信がないからりりの顔が見れない。少し俯く。



「いいじゃん」



 りりの天使のような声は乾いて聞こえた。


 トリノに対して、りりは何も言わなかった。いや「いいじゃん」というのはりりの言葉だが、トリノにとってはそんな愛のない言葉を言われても、何も言っていないのと同じだった。


 そしてなにより、りりはアリスに対しては厳しかったのだ。


 ミスをするたびにりりに冷たい目を向けられるアリスを羨ましいと思っていた。

 りりの冷たさというのがトリノには逆に暖かく感じるから。



「頑張らなきゃ」



 夕方、りりの家から途中までアリスと一緒に帰宅する。トリノが呟くと、アリスは自販機の前で止まった。どうやら飲み物を買うようだ。りりの家の麦茶が口に合わなかったのか、アリスは水分を補給していなかった。



「お前は別に頑張らなくてもいいんじゃないか?」


「アリスもりりも頑張ってるのに?」


「私が頑張るのは贖罪みたいなものだ」



 アリスは左端の飲み物を購入した。突然、自販機はパチンコみたいな演出を始める。

 ガコン、ガコンと二つ飲み物が落ちてきた。


 アリスはしゃがんだ。



「でも、りりをいじめてたこと悪いと思ってないじゃん」


「お前は全ての受刑者が自分が悪いと思って刑を受けていると思っているのか?」


「受刑者っておおげさな」


「いじめは犯罪だろ?」



 まるで、アリス自身がアリスの敵であるかのような言葉だ。


 自販機から飲み物を一つ、取り出した。


 アリスは立ち上がって、缶のコーラを開ける。見たことのないメーカーのコーラだ。



「……もう、一つは?」


「?」



 トリノは自販機を指さした。



「当たってるよ」


「私が買ったのは一つだ」


「ええ……。いらないならもらうから」



 トリノは自販機の前まで戻って、しゃがんだ。ふたを開けると、端っこにコーラが転がっている。腕を伸ばして取り、立ち上がった。


 アリスはトリノを指さす。



「窃盗犯」


「……」


「そしてあいつは愉快犯」



 なぜかトリノにはアリスの言うあいつというのが鮮明に頭に浮かんだ。

 二人はなぜか気が合った。


 主義や趣向はまるで違うだろう。



「なんであいつのために頑張ろうとするのか」



 アリスには物事の本質が見えていた。



「それはあいつが好きだからだろ?」



 りりが好きなトリノと、りりが嫌いなアリス。

 真逆の趣向だと、逆に気が合うらしい。



「頑張るのはやめときな。一方的に尽くしたら恋が愛になる」



 歩いてもその言葉が消えない。


 アリスと別れても手に持つコーラは冷たい。


 この街の夕焼けは、りりと出会った日を思い出す。アスファルトを靴が叩く音。コツコツと地に足が付くたびに、踵から脳へ、何かが流れてくる。頭の中で音は徐々にスネアのリズムに変化していく。血によって全身へ。酸素によって空白が生まれ、トリノの身体が楽器に変わる。


 立ち止まれば、当然、演奏も止まる。



「愛でもいいじゃん」



 そう呟いたトリノの目の前に、明らかに着ぐるみのパンダが現れた。


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