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バブルガムフェロー  作者: フリオ
一章 リンデンリリー
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6話 生まれて泣くなら、死んで笑え


 歌を極めると決めたりりは、合唱コンクールになったとたんやる気を見せた。アリスによるいじめも収束し、微妙な空気がクラスに流れているが、そういう空気を無視する人間たちのおかげで、生徒たちの日々の役割が消化されていき、日常生活はつつがなく進んでいく。そんな微妙な空気が完全に死んだというか、凍えたのが、りりが指揮者に立候補したときである。りりと同時にアリスの手も上がったのだ。



「私も指揮者をしたいと思っていたのですが、このクラスの合唱をまとめる指揮者として誰が相応しいかを熟考したときに、りりさんが相応しいと思いなおしたので、今回は辞退させていただきます」


「素晴らしいわ、斎藤さん。では、今回の指揮者は篠崎りりさん。伴奏は帆立薫子さんに決定しました」


「文化祭は参加できなかった分、頑張りたいと思います!」


「素晴らしいわ!」



 以上はりりによって仕組まれた茶番である。


 一触即発になるかと思われたクラスの指揮者決めは、まさかのアリスの辞退によって回避された。そう何の事情も知らない周りの生徒たちは思っている。


 もちろんこれは、りりのいたずら。今回の合唱コンクールを盛り上げようとする、ある種のエンターテイメントだ。これは序盤の盛り上がり。りりが勝手に盛り上がっているだけだが。



「……頑張ります」



 伴奏のホタテもボソッと意気込みを呟いた。


 トリノの拍手から連鎖して、パチパチと渇いた音が教室に響く。


 というわけで合唱コンクールの練習が始まった。男子も女子もやる気はなかったけど、そのどちらとも言い難いりりだけが気合十分だった。



「歌極めるって言ってたのに、なんで指揮者だと思う?」


「は?」



 トリノは後ろに立っていたアリスに尋ねた。


 二人はソプラノパートの担当で身長順に並んだ場合、背の低いトリノと背の高いアリスはちょうど前後になった。



 アリスはトリノから話しかけられるとは思わず、困惑している。



「いや……」



 トリノにも困惑したが、確かにりりの行動は不可解だ。


 アリスは指揮者を決める際の茶番を、自分がりりの下に付いたことをクラスに公表するためだけのものだと思っていたが、それなら指揮者になんてならなくとも他に方法はありそうだ。何かの考えがあって、りりは指揮者になったのだろう。


 そしてその、りりの考えというのを真剣に考えても無駄だとトリノは知っているので、雑にアリスに聞いたのだ。



「一番上手いやつの歌をマネするためじゃないか?」


「おーなるほど?」


「ちょっと女子、私語しないで」


「「……」」



 りりから注意が入る。クラスをまとめる際のウザい女子あるあるみたいなことをりりはしていた。アリスもトリノもちょっとイラつく。しかも、こういうのって「ちょっと男子」と真面目にやらないで騒いでいる男子を注意するのが普通だ。りりは逆だ。



「はい。じゃあ最初はCDに合わせて歌ってみよう。木村くん再生ボタン押して。ホタテさんもできるところだけでいいからピアノで入って」



 クラスで一番背が高くて声が低い木村くんがラジカセの再生ボタンを押すと、十分な音質の前奏が流れる。


 りりはそれっぽい動きで指揮を執った。

 ちょんちょんぶんぶんで、さん、はい。

「「「ははなーる」」」

 という具合である。




◇◇◇




 りりに女の子を誘うテクニックはない。りりおも性関係に関してはかなり奥手だった。ギターを極めることにしか興味がなく、それに女性は必要がなかった。他のことに脇目もむけずに唯一ギターを極めて「これだ」と思えなかったりりおの人生はかなり不幸だと言えた。


 だからりりは色んなことを経験している。

 逆に行けば良いと、誰かのそんなアドバイスを母親の小言のように大切にして。



「というわけでホタテさん。一緒にこのクレープを食べにいかない?」


「……お金がなくて」


「おごるよー?」


「……時間もなくて」



 放課後、週に二度の音楽室での合唱練習を終えて、ピアノの前に座っていたホタテに話しかける。大きなピアノに寄りかかって、上から誘う。ホタテは下から困ったように眉をひそめる。


 りりのナンパはのらりくらりと躱された。


 女の子が喜びそうなナンパの仕方をりりは試してみたが、どうやらホタテは軟派ではなく硬派な女性のようで、安い誘いには乗ってくれないみたいだ。



「……それじゃあ」



 びゅーんと音楽室から出ていくホタテ。



「断られてやんの」


「お金も時間も友達もない人生ってどうなん」


「負け惜しみじゃん」



 トリノからイジられて、りりは拗ねた。

 青カバンを持って廊下に出る。トリノは苦笑いを浮かべながら、りりの背中を追いかけた。



「いじけないでよ」


「いじけてないよ」


「そんなにクレープが食べたかったら、私と行こ?」



 トリノは背中からりりに抱き着いた。つま先立ちになって、歩くりりを抑えつける。背の低いトリノだが、りりとの身長差は不便なものではなかった。所詮は女の子同士の背丈の差である。


 廊下の真ん中で二人は立ち止まる。トリノからりりの表情は伺えないがムスっとしていることは容易に想像がついた。りりの首筋からはタバコの匂いがした。大人な先生にバレないか不安になる。



「食べたいのはクレープじゃなくて、ホタテ」


「それはエッチな意味? それとも磯丸水産てきな意味?」


「バンドメンバーに加えるてきな意味」


「え、あの子を?」



 トリノは驚いた。もっと脈絡がある女の子が仲間になると思っていたのだ。


 でもたしかにピアノがひけたらキーボードもいけそうな気がする。


 りりはトリノの腕をはがして歩き出す。そして、うじゃけた顔して止まっているトリノに振り返った。



「なにしてるの。クレープ食べにいくよ」


「わあ」



 りりのギャップに思わず輪になって踊り出しそうなちいかわみたいになった。




◇◇◇




 りりに言われてドラムを始めた日、トリノはドラムの逆を考えた。りりの思想に染まりすぎているのだろう。本来なら考えなくてもいいことを考え始めた。実質的なドラムの逆なんて存在しない。りりが言っているのは気の持ちようの話だ。だから正解に辿り着くはずもなかったのだけど、トリノは正解とは違うどこかに辿り着いた。それが、どこかは分からない。



「あの、このポスターのバンドってなんていうんですか?」



 トリノは楽器店に貼られたポスターを見て呟いた。


 駅の近くにある楽器店で、トリノは楽器が売っている店をここしか知らなかった。


 その店には同じバンドのポスターが男女男男女男女の男くらいの割合で貼られていた。この楽器店が贔屓にしているのか、他のバンドのポスターよりも明らかに多く、目に入るうちにトリノもまんまと興味が沸いた。



「バブルガムフェロー」



 近くにいた店員が笑顔で対応する。


 店員さんは若い女性だった。紺のエプロンが似合うのは、良いお嫁さんになる証明だった。楽器店と花嫁に因果はないが。



「君、何歳?」


「13です」


「じゃあ、君が生まれる前のバンドだ」


「……へー?」



 お姉さんの言葉が上手く咀嚼できない。


 生まれる前のバンドという言葉から色んな疑問が生じて、一つの問題にピントを合わせることができずにブレる。



「今は?」


「わかんない。14年前に解散したから」


「どうしてそんなバンドのポスターをこんなに飾っているんですか?」



 お姉さんはポスターの端っこに映る、顔を隠した青年を指さした。



「お兄ちゃんなの」



 妙な場所に辿り着いたトリノはそれで満足して、ドラムの逆をムラドにした。




◇◇◇




 男のときに食べるクレープよりも女になってから食べるクレープの方が美味しいのはなぜだろう。こんな疑問を共感できる人はいないのだと分かっているから、りりは黙ってコーラを飲む。セットで750円。氷が溶けて薄くなっている。



「それから、もう、はまっちゃって」



 広場の白いプラスチックの椅子に座って、りりは不機嫌な顔をしながらトリノの話を聞いていた。りりの機嫌が悪いのは、トリノの話が凄く都合が悪くて、尚且つ何の問題も無さそうな話題だから。問題がありそうなら、話を止められたのだが、止める理由もなく、バブルガムフェローの話を聞いている。



「で、そのバンドについて調べたんだけど。ライブ中にメンバーが銃で撃たれて死んだんだって。日本だよ。ありえなくない?」


「映像は残ってるの?」


「変なサイトにはあるらしいけど。え、見たいの?」


「見たい」



 トリノはちょっと引いていた。

 最近、りりの暴力的な側面が垣間見えることが多い気がする。



「……ちょっと待ってて」



 トリノはスマホを操作して動画を検索する。変なサイトだとウイルスとか大丈夫なのだろうか。りりに詳しいことは分からないが、何の躊躇いもなくサイトにアクセスするトリノを見て、あんまりウイルスとか関係ないのかと思う。もちろんトリノも知らない。ウイルスなんて気にしてないだけだ。



「14年前の映像が残ってるの?」


「そりゃ残ってるでしょ。ん、これかも。あった」



 トリノはスマホを反転させて画面をりりに向ける。



「見たくないから、りりだけ見て」



 再生ボタンに覆いかぶさるようにエッチな広告が表れて、りりは嫌な顔をしながら極端に小さいバツのボタンを押す。すると、今度は左からまた広告が表れた。ムカつきながらバツを押す。右に左に四回くらい繰り返して、ようやく再生ボタンが見えた。



「イヤホンある?」


「あ、うん」



 ワイヤレスのイヤホンをトリノから借りる。耳に着けるときにちょっとエロい気分になる。きっとエッチな広告のせいだ。イヤホンを共有することで表現できるエッチな要素は穴姉妹てきな何のフェチズムなのか分からないものだけである。


 というかそもそもこのイベントが録画禁止だったことをりりは思い出しながら、再生ボタンを押した。


 最低な音質の、最高な音楽が耳に流れる。


 こうして改めてりりおのギターを聞いてみると、たしかにその演奏は極まっていた。ギターソロを聴いていると、ドラムを殺し、ベースを殺し、ボーカルを殺し、生き残ったギターの雄叫びのようにも思える。


 そして、最後には殺されるのだ。


 観客からの映像だと、銃声が良く聞こえた。

 混乱の後に悲鳴が上がって、カメラがブレる。


 しかしハッキリと映像に残っているのは、弾痕の残ったギターと、流血しながら崩れ落ちるりりお。

 直後に画面が暗転して、動画が終わる。

 耳には死のように虚無が残った。



「あはっ」


「?」


「あはははははははは」



 りりは堪えられなくなって、思わず笑った。

 我慢した分、爆笑になった。



「……ええ?」



 トリノはちゃんと引いていた。



「ひひひひひひ」


「どうしたの、りり?」


「……ごめん。ツボに入って。ひひっ」



 自分が死んでいる姿を見るのがこんなに面白いと思わなかった。

 きっとこれも誰にも共感されないんだろうなって、りりは少し悲しくなった。


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