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バブルガムフェロー  作者: フリオ
一章 リンデンリリー
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13話 サムズアップ イン ザ ヘル

 

 第一体育館のメインステージでは吹奏楽部の発表が終わり、ダンス部が準備でしている途中だった。しずくとアズサの二人は初めて入る他校の体育館に若干戸惑いつつも、空いている席を後ろの方に見つけ、そこに座った。隣に座っているおじさんが、妙に色気があり室内なのにサングラスを着けていること以外はなんの問題もなく、ダンス部のダンスを見ていた。



「めっず。ブレイクダンスだ」


「ね」



 アズサの呟きにしずくも同意する。有名な音源に合わせて、即興で技を披露する小柄な男子生徒を拍手で称える。



「あ、いつものだ」


「うん」



 曲が変わり、大勢の女子生徒がステージに出ると一体感のある創作ダンスで観客も手拍子をして応援する。


 後ろの方だったので迫力は感じなかったが二人はそれなりにダンスを楽しんだ。


 ステージの天幕が降りて、休憩時間になったので、しずくはうーんと身体を上に伸ばす。


 アズサは逆に前に伸びた。


 サングラスの男は口を開いた。



「女の子ほど一人で踊った方がいい。そう思わないか?」



 いきなり話しかけられた二人は首をブンと降って、しずくの隣にいるサングラスの男の方を見た。



「46だか48だか知らないけど、本物は一人でステージに立つ。その方が良い。広いステージに小さな女の子がポツンといるイメージだ」


「ティックトッカー的な?」


「……すまない。今の話はなかったことに」



 サングラスの男は馬鹿に論破された。


 松田聖子のイメージで語ったのだが、今の子には一人で踊る女の子というとティックトッカーになってしまうらしい。ジェネレーションギャップというやつかとサングラスの男は汗を拭くが、彼もまた馬鹿だった。つまり馬鹿と馬鹿の議論だったのだけど、しずくは違った。彼女はよく考える。



「一理ありますね。アイドルグループが流行ってるならソロアイドルが珍しいので目立つようになりますし、ソロアイドルが流行っているならアイドルグループが目立つと思います。流行の逆を行くことは良いことです」


「そうそう。そういうことが言いたかった」



 サングラスの男はしずくの意見にうんうんと頷いた。



「大人が必死に考えた末に生まれたアイドルを本物と呼ぶかは疑問ですが」


「……君、大人びているね」


「さあ。子供が極まっているとも言えます」



 ビーンとチューニングの音が聞こえてくる。


 ミラレソシミ。


 正しい音が鳴っている。



「お、この次か」



 アズサはすごい失礼なことを呟いた。


 大塚先輩たちのバンド『アルアイン』を前座扱い。


 やはり大塚先輩が危惧していた通りのことになっている。


 前の方の席の人たちが立ち上がったので、自然と後ろも立つことになる。ロックバンドの演奏になると急に人が立つのは、フェスとかのイメージだろうか。椅子があるなら座って聞けばいいのに。


 アズサはわざとらしくピョイと椅子から立ち上がった。


 ギターボーカルの子がおしゃべりを始める。



「前の方にはウチの生徒、後ろの方にはお客さん。全員まとめておいなりさん」



 一同の頭上に疑問符を並べることができた。


 満足そうな顔をしている。


 意外と独特な世界観を持っているのだろうか。


 メンバーの真剣な表情とは裏腹に、ギタボの子はお茶目な表情だった。



「二曲やります。アルアイン」



 にやけるギタボが合図、息を吐く大塚先輩。

 シンバルの音が四回。



「ニキキュウワ」



 タイトルコールと共に演奏が加速する、しかし一小節で休符。そこからは酔ってしまいそうなくらい加速と急停止がある曲だ。しずくは聞いたことがない。オリジナルソングだろう。独特な印象の曲だが、コード進行はカノンの派生と解釈できそうだ。ドラムとメロディーが複雑。ボーカルもほとんど歌ってない。口から効果音を出しているようだ。



「曲は良いね」


「うん。下手だけど」



 女の子二人の辛辣な感想を聞いて、サングラスの男は驚いていた。確かに学生のお遊びの域を出ない曲と演奏のクオリティだが、女子中学生にもわかるものなのか。


 サングラスを下にずらして、二人を観察する。


 白い髪の少女は慧眼。考える能力が高く、言語化も得意。


 茶色の髪の少女は純真。無邪気で馬鹿だが反論の能力がある。



「……なるほど漫才師か」



 論外の馬鹿だった。


 サングラスの男はレンズを通さずその目で、才気を感じる女の子を見て二人が音楽に造詣が深いことに気づけず、なぜか女子中学生お笑いコンビだと勘違いした。



「あんまり盛り上がんないね」


「客観的に見たら私たちもこんなもんかも」


「ひー」



 アズサはお化け屋敷よりも怖いことを言った。


 しずくの言う通り、体育館はあまり盛り上がっていない。ノるのが難しい曲調だし、タイトルコールのときの反応が薄かったことも踏まえると、普段から軽音部と接している学生たちでも聞き馴染みのない曲なのだろう。


 しずくはとりあず四拍子のリズムで踵を浮かせてみている。


 アズサはポケットに手を突っ込んだままだ。


 言葉ではしずくの方が辛辣だが、行動はアズサの方が辛辣。


 リズムをとってノってあげているしずくは優しいとも言える。


 バランスが取れている。ダウンタウンみたいだ。やっぱりお笑いコンビなのかもしれない。


 一曲目が終わるとギタボの子が水を飲む。


 ラベルのはがされたいろはすだった。



「最後。アニソンやります。リゼロの曲です」



 特徴的なギターサウンドのイントロから、ドラムのキックがコツコツと鳴り出す。


 知っている人はちらほらいるようだ。それで盛り上がるかと言われたらどうだろうか。知っている人は、盛り上がるのが上手じゃない可能性の方が高い気がする。アニソンでも、カラオケとかでも盛り上がる曲にすればいいのに、パチンコ打つ人が盛り上がりそうな曲を選択している。



「カバーって、他人の曲やるの?」



 アズサも否定的だった。



「変にオリジナルやるより潔いよ」


「それって音楽好きなの?」



 アズサは曲を聴く前に白けていた。


 だが実際は結構盛り上がっていた。


 前の方の生徒も肩を揺らし、手を伸ばす。


 日常にアニソンが溢れている。昔の曲でも、最近の曲でも、アニメをあんまり見ないしずくでも、アニソンを聞かない日はない。


 思えば、一曲目のニキキュウワというのもアニメの話なのだろう。


 しずくは内心でライブの構成に拍手を送る。


 アズサは納得いかないようでブスっとした表情だ。


 予想に反してアルアインの二曲目の演奏はそれなりに盛り上がって終了した。



「ふん。ウサギさんも期待できないね」



 失礼なことを言うアズサに、しずくは肘で突いた。



「君たちもリンデンリリーが目当てか」


「そんなバンド名だったんですね」


「良い名前だろ。君たちはバブルガムフェローって知ってるか」


「名前だけは」


「まあ、そうだよな」



 サングラスの男は悲しい顔をする。その顔は二人には見えていない。


 バブルガムフェローの活躍も二人が生まれる前の話だ。メンバーの一人が死んで、残った自分たちは音楽業界にちりじりになった。一番成功したといえるのは自分だが、残りの二人もよく名前は聞く。



「影響を受けているっぽいぜ」



 それは彼の勘違い。りりはむしろバブルガムフェローの逆を行っている。佐藤倫也の墓前で出会ったあの女の子が、バブルガムフェローを知っていたことが嬉しかったのだ。彼の音楽を始めたときの目標は、歴史に名を遺すバンドのボーカルになることだった。



「バブルガムフェローにキーボードのメンバーはいないけどな。ピアノなら俺が弾けるけど」


「俺が弾けるけど?」


「……」



 ステージ上ではアルアインがはけていく。天幕は下りずに、そのまま。


 リンデンリリーのメンバーであろう女の子たちがステージ袖から現れる。



「あ」



 しずくは声を漏らした。



「どした?」


「知ってる顔がいたから」


「へー?」



 アリスの特徴的な金髪を忘れるはずもなく、しずくは彼女がリンデンリリーのメンバーであることに驚いた。確かに、ウサギのバンドメンバーと言われたら妙に納得ができてしまう。名前がアリスだからか。


 ドラムの女の子はがちがちに緊張しているようで、遠くからでも引き攣った顔が分かった。ドラムの緊張は音楽的に厄介だ。ドラムが走ってしまったらすぐにわかる。


 キーボードの女の子は、よくわからない。おさげにした黒髪がしな垂れている。元気がなさそうに見えるのは、暗い表情をして下を向いているから。


 三人はそれぞれぎこちなく楽器を鳴らし始めた。


 それからの何秒間は永遠ほど長く、いつまで経ってもウサギは現れなかった。




◇◇◇





 りりの原罪というのは死んだのに生き返ったことにある。自らが十字架の磔によって処刑されるイエス・キリストのやり方では償うことはできない。罪を抱えたままのうのうと生きていたりりをいじめという形で指摘したのがアリスだ。いじめという罪はギターにより償われる。その証人となったのがトリノだ。


 人間の罪を償うのは証人が必要だった。


 演出家、篠崎りりは証人を観客と翻訳する。


 歩きながらりりは自分の罪を数えていた。


 体育館の電源を落とす。二回目ともなれば慣れたものだ。運営側も何もりり対策をしていない。舐めたものだ。 


 重たい扉を片手で開く。


 ざわざわとした今日の観客たちに内心あいさつを送る。


 後ろの方にいた数人がりりの登場に気づいていた。見知った顔もいる。暗闇なのにサングラスをかけているアイツは滑稽でりりも思わず笑った。彼らはどれくらい体育館で待ったのだろうか。観客の何人かは座っているのを見るに、前のバンドからしばらく時間が空いたのだろう。


 りりがわざわざ遅れてきた理由はない。


 雰囲気作り。


 つまり演出だ。


 去年のようにベースを片手で持って、恐ろしく足音を立てながら真ん中を堂々と歩く。


 もちろんちょっとは恥ずかしいけど、これからやることを考えたら浴槽に入る前に体を流すてきなあれだ。水に入る前に、水で濡らして、少しだけ水に慣れておく水泳部員の心得。



「おそいよ」



 ステージの上からトリノが手を差し伸べた。りりが登場したときから、というか体育館が暗闇に包まれたときからドラムの前から移動していた。りりはベースをトリノの横に置いて、手を取った。一人でも楽々登れるステージの高さ。足をかけて、ひょいと跳ぶ。トリノの背は低かった。目はクリクリしていて、小動物のよう。頭を撫でれば髪はまだ幼く若葉のように生きていて、不思議そうに首を傾けるとサラッと落ちた。耳を触り、頬をつまむ。りりはそのままトリノにキスをした。



 キスする方が高いの。される方が低いの。



 りりの唇が触れた瞬間それは少し冷たくて、眼の奥に静電気のような衝撃がパチっと走り自らの座標を見失って、膝が笑う。踵がベースにぶつかった。りりの手が腰に回り、支えられる。唇が離れてしまって、その顔が暗闇の中で笑っているのかいないのか。もう一度、トリノはりりに顔を近づけるが、鼻の頭に指を置かれて静止する。



「また今度。今は、ドラムを叩いて」



 トリノは素直に頷いた。


 りりが観客の方をチラッと見ると、暗闇でもはっきりと分かるほどの困惑が場を支配していた。面白くて笑う。


 りりは妙に落ち着いていた。

 ゆったりと歩いてキーボードの前に立つ。


 ホタテは自分の口を左手で隠した。奪われると思ったのだ。



「それ勘違い」



 りりは上着を脱いだ。ウサギの耳よろしく、バニーな服装だったが、りりのそれは普通のバニーの衣装ではなく、まるで痴女のような逆バニー。これで教師は去年のように電気を付けることができなくなった。



「今日はこれでやるから下着土下座は許してね」



 ホタテは口をふさいだままこくんこくんと何度も頷いた。


 りりは脱いだ上着からタバコとライターを取り出す。センターにあるマイクの前まで戻ると、口にタバコを加え、マイクが音を拾うように近くでライターをカチッと鳴らした。


 誰も何も言えず、一歩も動けない。


 暗闇に白い靄が生まれた。


 りりとアリスの目が合う。


 りりは首を傾げて、首筋を見せた。穢れのない清らかな肌。タバコの先端を当て、ねじる。りりは苦悶の表情を浮かべて、白い歯だけを見せて笑顔を表現した。



「……」



 アリスは何も言わなかった。


 火の消えたタバコをステージの上に捨てる。

 りりはマイクに唇を近づけて、ぼんやりと口を開けた。



「リンデンリリー」



 反応は無い。


 盛り上がるはずがない。この場がお化け屋敷だというなら、観客は全身をこんにゃくのような触手によって撫でられ、何が起きているか分からず、ただこの異常な金縛りが終わるのを待った。


 りりはベースを拾う。


 アンプに繋げて、音を確認しながらマイクに声を入れる。



「あー、二曲目。カバー。『うさぎ』」



 なぜか、二曲目を宣言した。

 今の暴れが一曲目だったのだ。


 つまり二曲やる予定だったけど、一曲しか用意できなかったってことだ。


 シンとする。


 シンバルの音四回から、曲が始まる。異国の地のサイレンのように鍵盤が落ち、地獄の着信音のように弦が弾ける。音はみぞれ、雨と雪、低音と高音が混ざり合う。ギターの傘が開いて、りりは冷たい手に暖かい息を吐きかけるように死んだ天使の歌を生む。


 死んでる天使はベースを満足に弾けない。その凡人特有の悲しさを天才の口から表現すると地産地消の感情によって歌は極まる。


 これだと思える幸せな時間が過ぎていく。


 観客の聴覚を支配する。


 サビを歌っているとりりの心に恐怖心が芽生えてくる。


 それはこの光景がトラウマを呼び起こすからだ。


 曲が終わった直後、自分はまた殺されるのではないか。


 あの日、どうして殺されたのか。それが分からないから、今も怖い。


 リンデンリリーの演奏が極まっていると確信すると同時に、恐怖は深まって広がって息が苦しくなって、よりりりの歌を磨いていく。


 後悔はない。


 死んだとしても遺恨はない。


 みんなにしてきた悪いことの償いはさっき済んだし、この時間はボーナスタイムみたいなものだとりりは思っていた。


 アウトロに入って何が起こってもいいように覚悟を決める。


 ここで死んだら満足だ。


 何か一つを極めたし、これだと思える何かをやった。


 目を閉じ、口を閉じ、ベースだけに集中する。


 するとりりはあることに気づく。


 空気に流れる低音に耳を傾けると、自分のベースが極まっているようにも思えてきた。


 気のせいだろうか。


 確信はない。


 時間もない。


 曲が終わる。


 音が止む。


 まだ、死にたくない。死にたいわけがない。せっかく新しいバンドを作ったんだ。『リンデンリリー』でやっていくんだ。満足なんて、できるはずがない。どうして、ここで死んでもいいなんて思ったんだ。ここで死んだら満足なんて、りりの気持ちではない。

 

 りりは仁王立ちをした。


 そして。


 銃弾よりも数千倍凶器的な何かが弾ける破壊の音がして、りりは目を開けた。

 自分の胸を見ても穴は開いていない。


 息が上がっているから、膨らんだり、縮んだり。


 生きてる。


 りりの右から空気が切り裂かれる音が聞こえて、振り向いた。


 アリスによって振り下ろされた壊れかけの青いギターが、ステージに衝突し破片を飛ばした。


 あんぐりと口を開ける。


 勢い余ったアリスが反転し、その場に転がる。


 盛大にこけたアリスは叫ぶ。



「これじゃねえ!」



 アリスの言葉は、銃弾なんかより痛かった。


 アリスはりりの青いギターに納得がいかなかった。


 死にたいのか、生きたいのか。満足なのか、満足できないのか。「これだ」なのか「これじゃない」のか。「極まっている」のか「極まっていない」のか。白か、黒か。まるで、分からない。もう、りりの感情はめちゃくちゃだ。


 りりはひっくり返っているアリスに対して、泣きそうな顔になりながら親指を下げた。


 アリスはひっくり返っているから下げたりりの親指が反転し、上向き、逆にサムズアップに見えた。



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