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バブルガムフェロー  作者: フリオ
一章 リンデンリリー
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12話 バニーガールとパンダ

 

 りりにもトラウマはある。死ぬ瞬間の景色だ。良かった日も悪かった日も、その夢を見ると最悪の日に変わる。起きた時には、汗びっしょり。おねしょよりも気分が悪い。おしっこどころか、内臓が漏れている気分だ。


 男女の歓声が混沌に共鳴して一つの音塊となってその空間を支配する。4分28秒の長い潜水をその身体一つで終え、空気を吸うと全ての感覚が戻って来る。心臓が呼吸を支配して、高まった鼓動と共に、肺が伸縮を繰り返す。身体は興奮しているのに、脳みそだけが妙に冷めていて、これは違うなと顔を上げる。そこには銃を構えた男がいる。男の周りにも多くの人間がいて、そいつらが男に暗示をかける。ステージから、男の場所までは遠いのに、罪悪感に歪んだ顔がはっきりと見えた。しっかり、殺せよ。りりは笑う。じゃないと目を覚ませない。音塊を貫いて、弾丸が放たれる。


 ぺよーん。と、その身体を震わせながら、りりの胸元に届く。柔らかな輪っかはもう何度も使われふやけていて、本来の伸縮を失ってしまっていた。ペチと、小さな胸に当たった後、若干跳ね返って床に落ちた。



「真っすぐとばないじゃん」



 割り箸で作られたピストルを見つめながらしずくの友人が言った。名前はアズサ。茶色の髪が似合う少女だ。りりたちが通う学園の文化祭は地元でも有名で、多くの来客があった。しずくとアズサもそのうちの二人。銃口らしきところを見つめているが、真っすぐ飛ばない原因は銃ではなく、弾の方にある。


 りりは床に落ちた輪ゴムを見つめていた。

 トラウマ。

 ヒュ、と口から音が漏れる。



「店員さん?」



 真っ青になった顔のりりを見て、しずくが心配そうに声をかけた。



「顔色が悪いですよ。めっちゃ青」



「……大丈夫。ありがとう」



 気の利いたジョークも言えない。いつもならプルプル悪いスライムじゃないよくらい言っていたはずだ。


 深呼吸をしてから、りりは店員としての使命を全うする。


 エプロンの前ポケットに手を突っ込んだ。



「はいこれ」



 そこから取り出したものをアズサに渡す。



「これは?」


「悔しさ嚙み締めるガム」


「残念賞ってこと?」


「そゆこと」



 それを聞いたアズサはムキになってもう一回。100円で輪ゴム五個。離れた場所に置いてある的に当てたらお菓子が貰える。当たらなくてもガムが貰える。


 あの日、あの男が何度も放った弾丸が全て外れていたらどうしていただろうか。


 ギターをやめて、これだと思える何かを探していただろうか。


 ギターをやめることなんて許されなかっただろう。


 期待、信頼、契約が佐藤倫也を縛り付けていた。


 あのとき死んでなくとも、彼の人生は終わっていた。


 死んでよかったなんて、死んだりりおなら死んでも言えないが。


 りりに生まれて幸せだった。


 ガムをくちゃくちゃ噛みながらアズサはかっこつけておもちゃの銃を撃った。




◇◇◇





 お昼の休憩で店員としての役目を終えたりりは学園内を回ってみることにした。リンデンリリーの出番は、第一体育館にあるメインステージの15時から。トリを飾ることになっているので、まだ時間はある。昼休憩中は、飲食系以外はどこの屋台も客を受け付けていないので、りりはその時間を着替えに充てることにした。


 衣装の上からフードのついた黒いジャンバーを着て、恥ずかしくないようにする。隠す意味でも寒さをしのぐ意味でもちょうどいい。しかし、頭のウサ耳は隠すことができない。隠さなくてもいいじゃないかとも思っている。りりは歩くだけで注目を集めていた。


 学園内をウサギの美少女が歩いている。

 噂はアリスの耳にも届いていた。



「ウサギ……」



 ステージの裏で大人しく出番を待っているリンデンリリーの面々だが、りりとの連絡がつかないことでそわそわしていた。もっともりりは「これから本番まで連絡がつかなくなります」と報告済みである。だとしてもリーダー不在という状況は不安だ。三人ともライブの経験はなく、りりはこの舞台が初ライブであることにこだわった。


 りりも初ライブのときは不安だった。そのときはバブルガムフェローのメンバーが全員年上だったのでうまくフォローしてくれた。頼りになる人がいたのだ。


 そして今、リンデンリリーの面々の近くにいるのは、リンデンリリーの初ライブの失敗を願う大塚先輩である。文化祭実行委員の裁量で、自分たちのバンド、アルアインがリンデンリリーの前座のような扱いになっていることに憤りを感じている。


 全く頼りにならない。


 そして予想が容易かったであろうこの状況は、りりが意図して作っているものである。


 りりは演出にこだわるのだ。



「いやー。初ライブのときは声も出しにくいよ。頼りになるりりちゃんも、今日はダメかもね。あ、ボーカルの話だよ」



 このように大塚先輩は不安を煽ってきた。


 この場にいないりりのことでリンデンリリーを煽る。


 りりがいないから本人が反論することができないだろうという作戦ではなく、ただ単純に大塚先輩のりりへのジェラシーが高いだけだ。



「りりちゃん、ベースは上手いの知ってるけど、歌はどうなのかな?」


「カラオケでは80点後半くらいでしたけど」



 ホタテは内向的だし、アリスは高圧的なので、大塚先輩の対応は優等生のトリノがしていた。


 パンダを忘れたことによって優等生に戻っている。


 そして演奏のときは身体からパンダが滲みだす。


 ハイブリットトリノのような感じだ。



「あーいるいる。自分の歌が機械採点では現れない上手さだと思ってる子。普通に音痴なだけだから。表現という名の自己満足。こりゃダメだね。失敗が目に見える。でも気にしないで、バンドって成長できるものだから」


「良いこと言いますね」



 トリノは自分がキャバクラみたいな受け答えになっているように思えてきた。


 大塚先輩は美人だが、おじさんみたいな性格をしている。

 なんかりりに似ているように感じてきた。


 トリノはちょっとだけ煽り返してみることにする。



「ちなみに、りりのベースは下手ですし、美少女でもないです」



 大塚先輩と学園のウサギの美少女の噂を同時に否定する。


 慣れないことをしたせいで、ウサギという話を否定し忘れて、まるでウサギではあるような言い分になってしまった。



「いやりりちゃんのベースは私から見ても上手いね」


「上手いの基準が違うんです。レベルが違うので」


「……はい?」



 言い返されるとは思わなかったのだろう。気まずい感じになった。



「カラオケにも同じことが言えます。上手いの基準が違うんです。カラオケって100点でもドリンクの飲み放題とかセットで一人1000円くらいですけど、りりの歌って80点でも1000万円なんです。今、わかりにくく例えました」


 なんでそんなことするん? と大塚先輩は首を傾げる。


 ホタテとアリスがじゃれている声が聞こえてくる。



「ゾウはロバでもアルパカなキリンってパンダ?」


「……ウサギ?」



 ウサギである。



「正解はパンでした。なぜならパン ダからです」


「……ウサギ」



 ウサギではない。



「はっはっは。兎に角、りりちゃんは逃げたんじゃないかな。歌が下手だから。それこそ脱兎のようにね」


「……ウサギではなく、パンダなのではないか」



 アリスは言った。


 この教室にいる全員が反応できない。ステージで発表する予定がある女子たちがタコ詰めになった姦しいはずの空間に、シーンと無音の時間が生まれる。


 大塚先輩は目をぱちぱちさせた。



「りりがどこかへ逃げたのなら、その行き着く先が私の居場所だと思うんです」



 トリノの言葉に今度は口をパクパクさせた。


 その様子は餌を欲する鯉のようだった。



「大塚先輩、これは恋ではなく、愛ですよ」



 アリスはみんなから無視された。

 ホタテだけが首を傾げてくれた。




◇◇◇





「それギターですか?」



 りりがウサギの耳を着けて学園を闊歩していると、聞き覚えのある声の女子から呼び止められた。教室の中から窓越しに、廊下にいるりりに話しかけたのは、しずくとアズサ。りりが背負っている黒いケースの中身を訪ねたのは、しずくの方。アズサは窓のふちに腕をかけてニヤニヤしている。



「ベースだよ」


「頭のそれは?」


「ウサギだよ」



 ウサギである。


「どうしてそんなまた」


「ギターの逆だからね」


「ウサギの耳が?」


「ベースがだよ。ウサギの耳は、なんだろう。私ともう一人とパンダの象徴かな」


「珍しい感性ですね」



 口角の上がったアズサとは対照的に、しずくの眉は八の字になって不思議がっているように見えた。



「これからなんかあるんすか?」



 アズサは砕けた敬語でりりに質問する。クラスの出し物に来客した関係で二人はりりが自分たちと同じ中学二年生だと知っているが、なぜか敬語だった。



「ステージで発表」


「それでウサギ耳」


「緊張の人生初ライブだよ。恥ずかしいから見にこないでね。15時からのトリだから」



 来てほしいのか、来てほしくないのか分からない言い草だ。


 今の言葉ってそれぞれさっき言ってた私ともう一人とパンダの影響なのだろうかと、しずくは考えるが考えるだけ無駄ということを知らないのが不憫である。


 というか人生初ライブというのもズルい。


 ライブの経験は何度もあるが死んだことによって一生のお願いと同じように回数がリセットされているのだ。



「じゃーね」


 りりは二人に背中を向け歩き出した。


 てことは、今のじゃーねがウサギの言葉だと答えにたどり着いたしずく。


 その答えに正解、不正解など存在しないが答え合わせのように、アズサと目を合わせた。急に見つめられたアズサはにやけた顔のまま首を傾げた。


 それを受けて、しずくは自分の答えに自信を無くす。



「どうする?」



 アズサはステージを見に行くかどうかを尋ねる。



「もちろん行くけど……」


「どした?」



 しずくは浮かない表情だ。



「私、初ライブで走っちゃって壊滅してる演奏とか可哀そうで聞けない」


「ちょうどいいじゃん。お化け屋敷じゃなくて、そっちに行こう」


「ひどい。人をお化けみたいに」


「なんだよ。人をお化けみたいにするのはお化け屋敷の方だろ」



 しずくは馬鹿に論破された。



「それに、あの子面白そうじゃん」



 アズサは立ち上がった。椅子の足が床と擦れてズーと音を鳴らす。



「とりあえず、ごみ捨ててくるね」



 しずくもよっこらせとおばちゃんみたいにゆっくり立ち上がった。





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