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バブルガムフェロー  作者: フリオ
一章 リンデンリリー
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11話 リンデンリリー


 りりの雰囲気が変わった。


 中学二年生になるとクラス替えが行われて、りりたちもクラスはバラバラになった。その中でも運良く、本当に良かったのか悪かったのかは判断が付かないが、トリノとアリスは同じクラスになった。お互いに仲良くしたいとは思ってない二人だが、他に話す相手もいないので自然に同じグループになる。



「りりが変わった?」


「うん」



 野菜ジュースを飲みながらトリノが頷いた。サラダを食べながら一日分の野菜が摂取できると謳っているジュースを飲んでいる。過剰摂取ではないのかとアリスは思うが、指摘することはない。



「私には分からないな。どういう風に」


「なんだか大人になったみたい。タバコも吸わなくなった」


「はあ」



 普通はタバコを吸うのが大人だ。


 タバコを吸わなくなって大人になったと言われるりりは変だ。


 不条理なことばかり。アリスは嫌になってくる。


 アリスの大きなため息を聞いて、トリノは不満な顔をした。



「なんだよ」


「大人が禁煙をしても子供にはならないのに、子供が禁煙をしたら大人になるのは不思議だなと思ってな」


「難しいこと言わないでよ。ルールを守るのは大人でしょ」


「……そうだな」



 別にルールを守らない大人もいるとアリスは思ったが、それを指摘するくらいなら、野菜ジュースを飲みながらサラダを食べていることの方を指摘する。



「ほら。じゃあ、子供はタバコを吸っちゃダメってルールを守ってるりりは大人になったんだよ」


「……酔いそう」



 子供のルールを守っているりりは、やっぱり子供じゃないかと指摘したい。でもしない。あんまり仲良くないから、うんうんと頷いておくのが無難なコミュニケーションだ。女子は共感が大切。



「いつからそう感じるようになったんだ?」


「うーん。初めはカラオケのときかな。アリスが突然言い出して、みんなで銭湯に行ったことがあってでしょ?」


「ああ、あったな」


「次の日にカラオケに行ったの……」



 じゃあ、あの大胆なトリノの告白じゃんけんに対して、一世一代のあいこを決めに行き、嘘か真か場を和ませるために、前世がギターを極めた男だという凄く辻褄が合う妄想を語ったことが原因だとアリスは考えたが、その考えは、トリノの次の言葉で吹っ飛ぶことになる。



「パンダが……」


「パンダ?」


「りりの歌にパンダが流れているような気がしてね」



 アリスの脳内はパンダの顔で支配された。



「意味が分からない」


「え、アリスにも意味が分からないことがあるんだね」


「……」



 自分が賢者のように思われていたことにビックリして声が出ない。



「とにかく絶対変だって」



 りりが変なのはいつもだ。


 変なのが普通になったどころかパンダになったのが問題なのではないだろうか。



「……銭湯に行ったときから何度か話しているけど、普通だったような」


「普段どんな話をしてるの?」


「……喧嘩とか?」


「喧嘩するほど仲が良いっていうもんね」



 トリノは嫉妬に溢れたようなブスっとした表情になったが、アリスにとってそれは不本意な解釈だった。


 アリスはりりの人間性が嫌いなのだ。




◇◇◇






 青いギターは借り物だった。何より不幸なのは、アリスのギターの技術は日に日に高まっていき、それは決して借り物などではないということだ。そのギャップにアリスは気付けない。



「いいギターだね」



 アリスが路上ライブを行っていると、犬を連れた同じ歳くらいの女の子に話かけられる。犬の散歩の最中に立ち止まって、演奏を聴いてくれた。つたないアリスの演奏に人が止まったのは初めてで、いつもは通行人の耳に少しだけ聴かせるだけだった。慣れない視線だけを感じながら、弦とタブ譜を交互に、にらめっこしてりりからの難しい課題曲を弾いていた。


 演奏を終えて顔を上げると、女の子は笑顔だった。灰を被ったような色でシルクのような質の白髪が特徴的で、ロサンゼルスエンゼルスの真っ赤な帽子を逆さまにかぶっていた。全然似合ってない。大谷のときのものではなく、松井のときのものだ。お父さんの形見のようなもので、死んではないのだが、女の子のお父さんは帰ってこない。


 女の子の「いいギターだね」という言葉は、自分の演奏を褒めているのか、それともギターそのものを褒めているのか、アリスに判断はつかなかった。



「でも、気を付けて。路上ライブには許可が必要だから。警察きちゃうよ」



 アリスに指摘をする女の子は得意気だった。


 自分も経験があるのだろう。


 先輩面という奴だ。


 大塚先輩のイキリに比べたらかわいいものだが。



「あ、ここ私有地で。私の祖父が地主なんだ」


「……クールだね」



 まさかの返答に変な言葉しかでなくなる女の子。


 座っているアリスは、女の子を見上げていた。


 とても親切な女の子だと、アリスはこの子の人間性がすぐに好きになった。



「私もギターを弾くんだ」


「そう、なんだ」



 女の子もその場にしゃがむ。


 リードに繋がれた犬は大人しくしていた。



「初心者でしょ? 私は五年目。最近多いの。楽器を始める女の子」


「まだ半年くらいだな」


「何の影響で始めたの? アニメ? ドラマ?」


「いや……」



 アリスは何かに影響を受けるような女の子ではない。



「同級生をいじめてて」


「え?」


「そしたらそいつに返り討ちにあって、ギターを始めたら許してやるって」


「はい?」


「これもそいつから貰ったんだ」



 アリスは青いギターを撫でた。


 借りてきた猫になっていた青いギターは、アリスに弦を撫でられてタララと静かに音を漏らした。



「私と逆だね」


「逆?」


「私は小学生の頃いじめられてたんだ。ある日、公園でパンダヒーローに出会った」


「パンダ?」



 パンダである。



「ギターを極めたらいじめはなくなるって言われて、一本のギターを渡されたんだ」


「極める?」



 聞いたことのある話すぎてアリスは頭が痛くなる。


 イタタと目をダイナリ、ショウナリにしながら激しいデジャヴに耐えていた。



「こんな素敵な出会いがあるなら、ギターを持ってきたらよかった」


「私はアリス。君は?」


「しずく。今度から犬の散歩のときはギターを持ち歩くようにするよ」



 手を振って別れを告げるしずく。

 彼女が歩きだしても、犬はアリスを見つめていた。



「……」



 息を飲むアリス。


 犬は何か言いたげだったが、喋れる犬なんているはずがない。


 やがて、リードがピンと張られると、犬は踵を返し、小さな背中の後を歩き始めた。


 アリスはホッと息を吐いて、また視線を下に向ける。


 左手で弦を抑え、右手で弦を弾く。

 りりから与えられた課題曲。

 バブルガムフェローという昔のバンドの『うさぎ』という曲。


 視線を下げたアリスの視界に、うさぎが通り過ぎた。


 曲の途中で手を止める。

 思わず、うさぎを目で追いかける。


 不思議の国に迷い込んだアリス。


 顔を上げたアリスの目の前には多くの人が集まっていて、途中で曲を止めたアリスに対して首を傾げていた。


 へへへ、と苦笑いを浮かべながら、アリスは曲の続きを弾き始めた。




◇◇◇





 りりがお墓参りに行こうと言い出したのは、夏休みの忙しい時期にみんなでバンドの練習をしていたときのこと。集まってすぐに合わせ練習をして、一曲を演奏し終わったところで、りりは演奏に満足した様子で言った。



「私たちのバンド名をとある人物のお墓まで報告に行きます」



 りり以外の三人は自分たちのバンドの名前を知らされていなかった。


 なにかりりの中で決まり事があるのだろう。これができたら発表するみたいな。みんな気になっていたことだけど、どうせ文化祭には知ることができるし、誰も聞かないでいたのだ。


 りりの言う「とある人物」に対して、三人は心当たりがあった。

 りりがわざわざ明言を避けたのだから、三人はそれ以上、追及しなかった。


 目的の墓がどこにあるか分からない。黙って先頭を歩くりりに、三人は付いて行く。途中で花屋に寄った。りりはそこで一本の花を購入する。お供え物には向かないのであろう枝のついた花だったが、迷わず購入していた。少し離れた地域の霊園にあるようで、りりたちはバスに乗って移動する。車内は冷房が効いていて快適だったが、一歩外に出たら視界が歪むほど蒸し暑かった。



「りりの前世の話、お前は信じてるのか?」



 霊園を歩きながら、アリスはトリノに耳打ちをする。


 セミの鳴き声のおかげで、前を歩くりりには聞こえていないだろう。



「もちろん」



 木漏れ日の中を歩くりりの背中を見ながら、トリノは頷いた。



「どうして」


「私もにわかには信じられません」



 アリスの意見にホタテも同意する。

 トリノはしかたないなって顔で口を開いた。



「だってりり、きっと何度もここに来てる」



 整備された道を迷いなく進むりりを見て、アリスはぐうの根も出なくなる。


 りりの動きはこの場所に来たことのあるような雰囲気があった。



「りりが信じられないなら、信じなくてもいいんじゃない。宗教じゃないんだし」



 今、三人ができることは黙ってりりに付いて行くことだけだった。


 やがて、りりは階段を下り、その途中で立ち止まった。



「……」


 困った。

 そんな背中をしていた。



「どうしたの?」


「……先客だ。二人」



 墓標の前に二人の男性が立っていた。白髪混じりの男と、ロン毛の男だ。二人とも初老と言っても良いくらいの見た目だが、背すじを伸ばし、若々しさがある。


 墓の前だが、神妙な面持ちはしていない。


 昔を懐かしんでいるような顔だ。


 りりはしばらく立ち竦んでいたが、意を決したようにまた階段を下り始める。三人はそれに続いた。


 りりが最後の一段を降りたところで、むこうも存在に気付いた様子だった。ロン毛の男がこちらを見て、白髪混じりの男にジェスチャーを送っていた。「誰か来たぜ」って口の動きだろうか、目を隠している分、口元で分かりやすい。花を持って緊張した面持ちのりりが近づくと、意外にも話かけてきた。


 口を開いたのは白髪混じりの男だ。



「ここに御用かな?」


「……うん」


「女の子が珍しい。音楽をやってるのか?」


「そう」



 ロン毛サングラスは口笛を鳴らした。

 ここに墓参りに来た少女四人を、分かっているやつ認定したのだろう。

 興奮気味に口を開く。



「それならギターの神には挨拶が必要だな」


「かもね」



 りりはいつになく無愛想だった。今までは社交的な性格を見せていたりりだが、暗いと言っていいほど、今のりりからは陰気が感じ取れた。三人は、明らかに怖い見た目の大人を相手にするりりの態度がそんなだから、内心ではチビリそうだった。


 そんな女の子たちを見て、白髪混じりの男は優しい声音を意識する。



「珍しい女子もいるものだ。ここに眠っている人物を知っているのか?」


「佐藤倫也」


「……それは本名だな」



 りりは悪戯をした。


 銃殺事件の当日、世間に公表していなかった佐藤倫也という被害者の名前が報道された。 


 そのことは遺族や関係者にとっては屈辱的なことであり、りりにとってはどうでも良いことだった。



「十数年もの未来でこんな小さな女の子が倫也の名前を知っているんだ。その方が幸せじゃないか。俺は間違ってなかった。答え合わせが出来たじゃないか」


「……答えは倫也にしか分からないだろ」



 報道機関に情報を売ったのは、この二人だ。


 ロン毛サングラスは今でも自分の行いが正しかったと信じたくて、白髪混じりは今でも自分の行いは正しかったのかと迷っている。もう一人、ボーカルの男は二人の行いを非難した。今では縁が切れてしまっている。バブルガムフェローが解散したのは、りりおこと佐藤倫也が死んだのが直接的な原因ではなく、彼の死をめぐる対応においてメンバーに確執が生まれたことが大きい。



「俺たちは行くよ。用事は済んだ。邪魔して悪かったな」


「ううん」



 りりは首を横に振った。

 男性二人は、少女たちの脇を通り過ぎていく。階段を上るまで、りりは二人を見送った。

 三人は固まっていた。



「さて」



 りりの合図で現実に引き戻される。



「私たちの用事も済ませよう」


「えええ、説明は?」



 トリノは慌てたように、りりに詰め寄った。



「……一方的な知り合い」



 りりは苦し紛れの説明をする。



「でも、あれってバブルガムフェローの」


「よく気づいたね。二人とも歳とってた」


「もしかして、もしかしてだよ?」



 トリノはどぶろっくみたいになった。



「りりの前世ってバブルガムフェローのリーヤなの?」



 りりは上を向く。空はお線香のCMくらい晴れていた。


 バレて不味いことはあるか。

 ちょっと恥ずかしいくらいか。


 グルグルとりりの脳内で考え事が巡り、とりあえず無視することに決めた。

 りりはくるっと反転し、お墓に途中で購入した花を添える。



「ちょっと?」



 無視されたトリノはりりの肩を突くが気にしない。



「これってリーヤのお墓だよね?」



 トリノはハッと何かに気付いた顔をした。



「てことは、りりは自分が死んでる動画見て爆笑してたの?」



 パンとりりは手を合わせた。

 目を瞑って、もごもごと唱える。



「私たちのバンドも人様に見せても恥ずかしくない演奏ができるようになりました」


「……」


「キーボードのホタテは脅して無理矢理メンバーにしたけどもちまえのセンスでバンドに自信を与えてくれました。ドラムのトリノは私への愛を利用したけど献身的に音楽に取り組んでくれて見違えるように成長してくれました。ギターのアリスは暴力で従えたけどひたむきに努力してズルしている私に付いて来てくれました。三人への償いはするから、文化祭のライブは見に来てください」



 口を挟むことはできなかった。


 アリスだけがりりの言葉の本質が見えていた。


 前世のリーヤと呼ばれた佐藤倫也という人物は、りりにとっては死人であり、りりは紛れもなくりりであるという意識があるのだろう。それが事実なのかはアリスにも分からない。りりの自己暗示的な言葉であったとしても不思議ではない。アリスが分かったのは、どちらにせよ佐藤倫也という人物は自分と気が合うのだろうということだ。佐藤倫也は篠崎りりが嫌いだ。ギターを極めて終わった彼の人生、これだと思えるものに出会えたりりの人生。彼女の人生をズルいと思っているに違いない。アリスはその意見に完全同意だ。


 りりはズルい。


 だがそのことをりり自身が自覚しているのは、やっぱり彼女が佐藤倫也であるという証拠でもあった。



「私たちのバンド名をあなたにもみんなにも伝えます」



 みんなは息を飲んだ。

 りりが花屋で購入したのは、枝についたリンデンの花。



「リンデンリリー」



 アリスはその名前を聞いて、イラっとした。

 すごくりりに寄った名前だ。


 りりは目を閉じたままドヤ顔をしているし、トリノとホタテは「おー」といった何とも言えない声を漏らしていた。



「ははっ。良い名前だ!」



 朗らかな男性の声が響いた。

 りりが声の方を振り向くと、階段を下りて来る長身の男がいた。



「バブルガムフェローにあやかったのかな。リンデンリリー。そんな名前の馬もいた。ガールズバンドっぽくていいんじゃないか。チャットモンチーみたいだ」



 りりの知ってる顔だった。

 ペラペラ語りながら、こちらに向かってくる。



「俺もこいつに用があるんだ」


「私は済ませた。もう帰るよ」


「そっか。文化祭ライブ頑張れよ」



 男はお墓掃除の道具を持っていたが、既にお墓が綺麗なのを見ると少しだけ笑顔になった。

 りりは階段を上って、その途中で振り返った。

 急に止まるからみんなビックリしていた。



「そうだ。あの、一つ、聞きたいことがある!」


「なんだ!」



 二人の声が霊園に響いた。



「彼が使っていたギターはいまどこにある!」



 りりが聞いているのは、自分が前世に使っていたギターの所在だ。



「分からない!」


「なぜ!」


「葬式の日にパンダに盗まれたんだ!」



 またパンダ。


 この世の中パンダで成り立っているんじゃないかってくらいパンダ。


 アリスはパンダに酔ってしまった。



「パンダはもう死んだ!」



 りりは衝撃的なことを叫んだ。


 アリスはびっくりしちゃって、へへーんと情けない声で喚いた。



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