コロンブスの卵
「コロンブスさんが新大陸発見して帰国するまでの間、1493年までにユーラシア大陸と陸続き又は船で行けるエリアにトマトやジャガイモ、トウモロコシ的なものが存在してるシチュエーション大喜利」
合同同好研究部。ある中学で規定人数を割ってしまった同好会や研究会が集まって合同同好研究部という形で存続しているふわふわ寄せ集めの同好会集団である。
基本的に雑な知識で雑語りしたりとぐだぐだだべっている。
「はい、ヴァイキングさんが物々交換なり分捕るなりして持ってきた」
「ヴァイキングの北米到達は……およそ10世紀か」
「グリーンランドに植民しようとしてたみたいだから、トマトやジャガイモみたいな比較的寒い所で育つ植物は欲しかったはずだもんねぇ」
「トマトって温室で育てるイメージがあるけど耐寒性?」
「あいつ元々高山植物だったはず」
「グリーンランドって氷に閉ざされてるんじゃないの? 何か植えて生える?」
「南部では一応ジャガイモ育つらしい。温暖化の影響もあるかもしれないけど」
「耐寒性ない奴は渡って来なそう」
「他思いつく人」
「はい、何かの事故でチナンパ農法の畑が流出して大西洋を渡った」
「ごめんもう一回」
「チナンパ農法は12世紀から14世紀頃、中米の都市にあった文化で、湖の上に葦の筏と泥で浮島を作り、柳を植えて湖底に固着させる水上農法だ。
浮島の畑はそのうち埋立地の様になるとされている。
海に近い所でこの農法をやって、嵐や洪水とかで種を乗せた畑が流出して、メキシコ湾流に乗ってアフリカの西海岸とかスペイン辺りに漂着、定着」
「無理はあるけど面白さ優先」
「つーかアメリカ大陸ってチート植物が多いけど、ユーラシア・アフリカ大陸でその手の植物が発生しなかったの何でだろ?
トマトとジャガイモはナス科ナス属だけど、ナスはインドにあるよな?」
「確かにね、見た目だけならアメリカの食用ホオズキと日本の鬼灯、ほとんど区別が付かないし」
「え? 鬼灯って食べれるの?」
「食べちゃダメだよ副部長。毒があるからね?」
「食用ホオズキっていう種類があって、そっちには毒が無い」
「………もしかしてヨーロッパでトマトに毒があるって言われた理由ってこれじゃね? ヨーロッパの学者さん、鬼灯知ってたんじゃね?」
「あー……なるほど……」
「鬼灯を知ってて『葉っぱみたいな殻被ってるツヤっとした蔓植物の実の仲間をインドから持って帰って来た』って聞いたら「毒だから食うなよ?」って、言うよな」
「ヨーロッパにも鬼灯はあったみたいだけど、英名がChinese lanternな所を見るにそこまで一般的じゃなかったっぽい……」
「一応南ヨーロッパにはホオズキ生えてたみたい。1世紀のギリシャに記述があるんだって。いつの時代かは分からないけど、フランスではAmour en cage、籠の中の愛?でいいのかな? っていう固有名が付いてるらしいよ」
「籠の中の愛?」
「ホオズキの外側が枯れて葉脈だけになると、籠の中に鮮やかな真っ赤な実が入っているように見えるかららしいよ」
「命名した人、素敵過ぎない?」
「真っ赤な実って事は、食用じゃない鬼灯を指してるっぽいな。調べた限り食用の方は黄色っぽいから」
「アステカの人は南米から来たトマトをひたすら品種改良した様だ。幻覚成分を利用しようとしていたという説もある」
「食用じゃなくて薬用だったのか」
「アジアの鬼灯も薬用なんですけど……」
「あ、俺知ってる、堕胎薬だ」
「根には子宮収縮作用もあるらしいけど、熱冷ましや鎮咳薬として使われてたから夏風邪対策として鬼灯市が立ったという側面があるらしい」
「これ俺恥かいたな?」
「鬼灯、もしかしてもうちょっと改造したら食えるようになるのでは……」
「そういえばヨーロッパって芋はないの? ジャガイモがヨーロッパの穀物生産倍増させたって聞くけど」
「アジアにも山芋里芋はあるもんな?」
「ヨーロッパだと寒くて育たない土地が多いんじゃない?」
「ローマ帝国崩壊とともに里芋の食文化は失われたという説があるようだ」
「毒芋と見分け付きにくいから見慣れない芋は食べない方が無難ではある」
「日本でもたまに誤食事故起こしてるからね」
「ジャガイモサツマイモほどチートではないから里芋山芋はスルーされても仕方ないかなとは思う」
「カロリーと収量的に小麦に対抗できるのがジャガイモだけだったんだろう」
「ていうか本来のアメリカの植物も言われるほどチートでもなかったりする。毒があってそのままじゃ食べられなかったり。
ジャガイモも毒成分多かったんだけど、毒が水溶性なのを利用して冬の夜間に寒風に当てて凍らせて、日が上って解凍されてぶよぶよになった所を潰して水を押し出すことで毒成分減らしたとか、粘土と混ぜて毒成分を吸着させたとか」
「保存食としてジャガイモを凍らせて潰して水を抜くのは聞いたことあったけど、毒抜きの意味もあったのか」
「じゃがいも毒あったんだ、芽に毒があるのは知ってたけど」
「キャッサバとかも水にさらして毒抜きしなきゃいけないし」
「キャッサバもアメリカ産だったか」
「つまりアメリカにチート植物が多いんじゃなくて、辛うじて食べれる植物の中からより頼り甲斐のあるやつ選んでいったらチート化したのでは?」
「確かに。トウモロコシもイネ科って言われても信じられないぐらい粒でかいし」
「あれイネ科だったの!?」
「実はトウモロコシもそのままじゃ消化できなくて栄養が偏るから、現地では大昔から灰や焼いた貝殻を混ぜてアルカリ処理して消化しやすくしてるらしい」
「安心して食べれそうなのサツマイモぐらいか?」
「サツマイモって何科?」
「ヒルガオ科サツマイモ属」
「さつまいもぞく……」
「実は朝顔もサツマイモ属」
「え、朝顔とサツマイモって仲間だったの?」
「サツマイモって日が短くなると花を咲かせるんだけど、花が咲く前に寒くなって枯れちゃうような地方は、品種改良するために朝顔に接ぎ木して開花物質を利用してサツマイモの花をつけさせると聞いたことがある」
「朝顔はアジア原産とされてるけどアメリカ原産のもある。どれくらい根拠があるのかは分からなかったけど、実は本来アメリカ原産なんじゃないかという説があるらしい」
「朝顔ってそんな最近だっけ?」
「いいや、朝顔は平安時代には日本に来てるよ」
「え、でも……それだとアメリカ原産だと平安時代に間に合わなくない?」
「実はアメリカとアジアには有史以前に交易があったんじゃないかという説がある。
10世紀頃のニュージーランドには既にサツマイモが来ていて、クマラという名前で呼ばれていたとされている。通称、クマラルート。
ポリネシアの人々が太平洋の島々を渡ってアメリカと行き来した可能性はあるけど、証拠が乏しくて未だに謎が多い。
しかしポリネシアンナビゲーションと言って、かなり高度な航海術で島々を渡っていた様だ。
水平線に上り沈みする星を目印にしたり、水平線に隠れて見えない島の位置を島鳥の習性を利用して見つけたり、雲に映る島影を見たり、島の近くに出来る波の特徴を読み取って近くにある島の位置を把握したり」
「へー……」
「ふと思ったけどさ、ポリネシア辺りの人の入れ墨って北極星の高度を記録して戻って来れるようにしたんじゃね?」
「どゆこと?」
「自分の島から見える北極星の高度が分かれば、自分の島の緯度が分かる。
つまり海のど真ん中に出ても、水平線から特定の高さに北極星が見える位置を維持して、そこから真っ直ぐ東西に移動すればいつか島まで帰ってこれる。
その北極星の高度を確認するために身体尺を使ってて、入れ墨はそれの目印だったんじゃね?」
「ああ、なるほど。ポリネシアは赤道に近い島もあるから、その場合北極星も水平線に近い所に見えるはずだ。例えば手の平を北に向けて手首を水平線に合わせた時に指のどの辺に見える星が北極星、みたいにして身体尺を使えたかもしれない。
塗料とかだと水で落ちちゃうし、痕が残るような深い傷だとひきつれて位置がずれちゃうかもしれないし、入れ墨は必要だったかもね」
「島々の交流が活発になるにつれて対立があったり色々があって、自分の島の位置を暗号化したり複雑化して出身地の情報を盛り込んだのがあの多様な入れ墨なんじゃね?」
「……どうなんだろう? まだまだ研究途上な分野ではあるみたいだけど」
「もしかしたらとっくにトマトやジャガイモやトウガラシは渡って来てたけど、何かの原因でユーラシア・アフリカ大陸では絶滅したとかだったりして。
なんてね」