【ゆる募】世界の作り方
「創作ってどうやったらいいんだろうな………?」
「煮詰まってしまったのでござるな」
「それをスランプというのですぞ」
合同同好研究部。ある中学で規定人数を割ってしまった同好会や研究会が集まって合同同好研究部という形で存続しているふわふわ寄せ集めの同好会集団である。
基本的に雑な知識で雑語りしたりとぐだぐだだべっている。
ござる口調、肩の左右でゆるく結んだ黒髪を胸の辺りまで垂らした美少女。元サブカルチャー研究部小柳。
ですぞ口調、肩に届くか届かないかぐらいのショートカットの美少女。元サブカルチャー研究部西院寺。
二人は初対面で意気投合し、二人一緒にいる間は一人称を入れ替えているらしい。それに何の意味があるかは不明である。
「例えば『僕の考えた最高にかっこいい展開』があるだろ? でもそれを適用しようとすると駄々滑りする事が多いだろ」
「あー………先輩達の創作ガチ勢も苦労してたでござるなー………」
「………サブカル研って創作もやるの?」
横から聞いてきたのは合同同好研究部副部長早矢。眠そうな目をしたごく普通の男子生徒である。
「やってたでござるよ。サブカル研創設の理由の一つが縮小したマンガ研究部と文芸部が合同誌を出すことになったからでござるからして」
「サブカルチャーってそんな感じなんだ………」
「早矢氏、確かにうちの創設の経緯はそれですぞ。しかしそもそも現代のサブカルチャーの定義がほぼオタク文化とイコールみたいになったのもかなり紆余曲折あっての事ですぞ。しかも日本特有の定義であって、各国はまた事情が違うらしいのですぞ」
「そうなの?」
「詳しく知ってるわけではないでござるが、文学や芸術の様なハイカルチャーに対するサブカルチャーとか、多数派に対する少数派のカルチャーとか、主流に対する亜流とか。日本でも定義は時代によって様々だったはずでござる」
「まぁ、それは置いておいて、『僕の考えた最高にかっこいい展開』が駄々滑りする事故の防止策ですな」
西院寺が話を戻した。
「恥ずかしいからその呼称やめて。
まぁあれだよ、描写とかキャラ造形がサラっとしてるのにすごい深い人居るじゃん。あれ憧れるって話」
「先輩はそういう人を『シンプルに説明が上手い』って言ってたでござる」
「説明」
「いざという時に情報が渋滞すると野暮ったくなるでござる。クライマックスで一から説明するはめになって勢いが死ぬでござる」
「そうならないように逆算して、どこでどの情報出すか決めるって先輩が言ってましたな。日常会話の中でいいから一回情報出しとくのですな」
「先輩の場合は、とりあえず大雑把な設定が出来たらその世界の一般人の生活を考えるらしいでござる。一般人の大多数が平和に学校や職場に向かうのか、命を脅かされる毎日なのかで同じ事を言う主人公でも立場が違ってくるでござる。
特殊な世界観ではそういうのを端端に描写しないと、主人公が主人公である理由が分からず読者が違和感を抱えたまま話が進むのでござるな」
「クライマックスまでに必要な情報をいかに退屈させずに提示できるかだけ考えると、起承転結も山場も日常回も勝手に出て来ると言ってましたな。ただそれはそれで極端な創作論だと思いますぞ」
「情報はそれとして、キャラ描写はどうやってるんだろ?………やっぱ日常パートでの描写? でも上手い作品でも日常パートなんてほとんどないキャラも居るし………」
「インパクトの強いセリフとかでござるかなぁ。名作は名台詞多いでござる」
「印象的なエピソードとかもありますぞ」
「でも毎回初登場キャラに時間かけてられないじゃん」
大人しそうな眼鏡の男子生徒がふと本から顔を上げた。元英語研究部近堂である。
「演劇部に手伝ってもらったとき、「立っているだけの後ろ姿からでもキャラは表現できる」って言われた。
そういった感覚に近いのかもね」
「えー? 例えば? 近堂はその話を聞いてから何か表現方法とか変わったりした?」
聞かれた近堂は少し考えて、答えた。
「創作はしないから分からないけど、それを聞いてからは色々考える様になったかな。
足の開き方とか重心とか、腕の広げ具合とか、手の位置とか力の入り方とか手を向けてる方とか。
良作って言われてる作品は、大抵立ち姿一つでも一人一人の性格や感情が出てることが多いよ。マンガや小説とかでもちょっとした動作でキャラの性格を表したりできるのかもね。僕ら読者が気づいてないだけで」
「………すっごいそれ。それが理想………」
「何で演劇部?と思ったけど英研は英語劇やったりしてたからか」
「そう、装置とか衣装とかは演劇部さんに手伝ってもらってた。演技指導してもらう前にセリフ覚えるので一杯一杯だったけど」
「近堂劇出てたっけ?」
「出たのはチョイ役だからほとんど裏方をやってたけど、主人公の人が忙しいから読み合わせや立稽古の時に色んな人の相手をよくやってたんだ。
それで覚えたセリフとかもあるし、演技指導は横で聞けることが多かった」
「へー、楽しそう」
興味を引かれたのか人が集まって来た。
「そうなると創作論より演技理論の方を調べた方がいいかな?」
「何やかんや言って架空の世界を構築する技術ということに変わりは無いから、創作やる上で齧ってみて損は無いはず」
「有名なメソッド演技法は俳優さんの出力の技術に寄ってるから創作にはあまり関係なさそう? 関係ありそうなのはスタニスラフスキー・システムの方かな?」
「演技関係の技術、ウェブサイトでまともな詳細見つからないんだけど」
「書いてないんじゃない? 実践第一だろうし」
「泳ぎ方を文章で読んでも、どれだけ泳げるかって話だしな」
「キャラの動きに『なぜ?』を問いかけて熟考する。台本に無い『もしこのキャラがこういう状況に置かれたら』と想像してみる。即興劇で実践してみる。
と言われているけど、推測するにキャラを背景まで含めて詳細にシミュレートして世界観を構築し、キャラの動きに説得力を増す手法だと考えられる。
その世界が分かれば無生物さえも演じられると言われてるらしい」
「確かに、同じ積み木でも家族が作った木の積み木と児童心理学とかから設計されて工場で作られたプラスチックの積み木だと違いそうだよね」
「表面的に見える風景と内面の感情、その内面の表現をどうする?って感じらしい」
「………う~~~、なんとなく分かったような分からないような」
「むしろミステリーを書くつもりで書くといいかもね、見える話と隠れてる話。事件の背景を説明するタイミングとか、探偵の動きに反応して動きを変える犯人とか、説得力が無いと破綻するのがミステリーだから」
「……確かにここに集まってる奴らが好きな作品、実態は滅茶苦茶良質なwhydunitだな?」
「………そうかも。言われて初めて言語化された気がするけど。キャラの動き全ての理由が作中の描写で返ってくるみたいな……」
「whydunitって何?」
「『why done it』。ミステリーで犯人が『何故』それをやったのかっていうのを描く作品のこと。
ちなみに『誰が犯人か』を推理するのがwhodunit。『どうやって実行したのか』を推理するのがhowdunit。どれも推理小説の柱になる構造だな」
「……もしかしてたまに皆が怒ってる公式のシナリオ事故や解釈違いって、これが原因では」
「え?! ……いや、そうかも」
「そもそもこいつらにしてみれば、その作品が推理小説だと理解できてない奴が続編を担当したりファンを名乗ってるんだから、近付いたら喧嘩になるさ。
要は推理小説の今まで出てきた内容を全部引っ繰り返されて『犯人は超能力を持った宇宙人でこれはSFファンタジーです』みたいな展開されるようなもんだからな。そりゃ怒るだろうというのは分かる。
でも破綻を起こさず物語を完結できる力量の人の方がそもそも一握りなんだよな………」
「実力も無いのにしゃしゃり出てくる後継ライターが悪い。大人の事情なんだとは思うけど」
「ミスリードもあったりするけど「全部ミスリードです」ガッサーって切ったら実力が無いと言わざるを得ない」
「そのくせ個人の好みでミスリードにもなってないトンチキな枝葉伸ばそうとしたりするし」
「ただこっちもこっちで良作ほど「絶対こう!」って言い切れない描写の積み重ねだから、よっぽど整理して説明できないと結論への飛躍をしちゃう変な人だからな……」
「………「創作は白昼夢が穴埋めしてくれてる段階が一番楽」って言ってる先輩もいましたな」
「白昼夢……」
「脳内から取り出すと白昼夢が埋めてた部分がスカスカになって全然面白くなくなるらしいですぞ。ものすごく怖かった夢の内容を書き出してみたら全然怖くなかったようなもんですぞ」
「猫に追われて恐かった夢を見たことがあるでござるが、小生がもし日常でそういう状況に置かれたら猫ウェルカム状態で逆に追いかけまわすでござる。夢の中で謎の感情が乗っている状況だからこその恐怖体験でござった。
この夢は極端にしても、脳内にしかないというのは恐らくそういう状態でござる」
「とにかく、脳内補正が無くなった状態は出力してみるまで分からないから出力大事」
「もしかしてかっこよく見えるのってただの脳内補正だったのか」
「自分の好みも入ってるだろうから、足りない所を上手く穴埋めして突き詰めれば完成するとは思うんだけどね」
「多分脳内補正が抜けて出来た穴を埋める事が出来るか出来ないかで作品を作れる人か作れない人かが決まってそうな気がする」
「いまいちだなーってなる時は自分も含めた読者の説得大事、盛り上げたいのに盛り上がらないって事は説明不足か何かで読者を説得するのに失敗してる可能性がある」
「逆に好みが似通ってる人は多少描写が歯抜けになってても、脳内補正して気に入ってくれるかもしれない。作品の好き嫌いってそういう所からも来るんじゃないかな」
「書きたいシーンで書けなくなった場合の荒療治は、一番描きたいところを全カットするというのがござる」
「ああ、なるほど……………注意する点は分かったがどこから直していいか分からん………」
「言うは容易く行うは難しの典型ですな」
「これが出来たら誰も苦労はせんのよ」
「スポーツの基礎練と同じでござるな」