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あの日失くした未来の欠片?

「何これ?」

 合同同好研究部副部長早矢(はや)。眠そうな目を開けると、部室に見慣れないものが置いてあった。プラスチック容器の様な形で、すりガラスの様な見た目である。


 合同同好研究部。ある中学で規定人数を割ってしまった同好会や研究会が集まって合同同好研究部という形で存続しているふわふわ寄せ集めの同好会集団である。

 基本的に雑な知識で雑語りしたりとぐだぐだだべっている。


「科学部の実験の手伝いですな」

「ご家庭にある材料で作るプラスチック風の透明素材でござる」

「言ってくれれば手伝ったのに」

「一週間前、副部長休んでたよ」

 どうやら数日かかる代物で、丁度早矢(はや)の居ない間の出来事だった様である。


「へー………結構頑丈?」

 部員達の話を聞きながら副部長が机の上の容器を触らせてもらう。

「………何かシリコンのお椀みたいな感触する………」


 参加していた部員が口々に早矢(はや)副部長の疑問に答えてくれる。

「形が崩れない程度には頑丈みたいですけど」

「分量で硬さを変えられるってさ」

「夏の間、日本の熱と湿気でどうなるか調べたいらしいんだよね。なんせ材料が材料だから」

 どうやら話が通っているらしい合同同好研究部部長美夏原(みかはら)が答えた。柔らかな直毛を肩甲骨の辺りまで垂らした美人の女子生徒である。


「何でできてるんですか?」

「寒天だそうだよ」

「虫湧きそう」

「そのために色々混ぜてあるみたいだよ」


 数人が話題にしたためか、教室内の暇なメンバーも近づいてきて容器を眺めた。

 やや短い髪が真ん中分け気味の眼鏡の男子生徒が興味深げに容器を眺める。元歴史研究部保志名(ほしな)である。彼は事情を知ってそうな部長に尋ねた。


「これの材料って寒天を固めただけじゃないですよね?」

「あとグリセリンとか、防カビ虫除けに塩とか色々らしいですぞ」

「グリセリンが寒天の分子間をいい感じに埋めて柔軟性が出るそうでござる」

 部長の代わりに答えたのはですぞ口調のショートカットの美少女西院寺(さいいんじ)とござる口調の肩の左右でゆるく結んだ髪の美少女小柳(こやなぎ)である。


 それを聞いた元歴史研究部保志名(ほしな)が手元の携帯端末で何やら調べ始めた。部長が目ざとく声をかける。

「もしかして何か面白いものみつけちゃったかな?」

 聞かれた保志名ほしなが少し考えるそぶりをして、答えた。

「………もしかしてティベリウス帝の柔軟ガラスflexible glassってこれだったんじゃないかと思って」

「ほうほう」

「ティベリウス帝の柔軟ガラスって何?」

 二度寝しそうな雰囲気の副部長早矢(はや)が尋ねた。


「紀元1世紀頃のローマ皇帝。その人が柔軟ガラスを消したという伝説がある」

「消した?」


「紀元1世紀の作家、ペトロニウスが残してる話。

 あるガラス職人が皇帝にガラスの皿、(さかずき)に近いかな? 浅底の容器を献上した。ガラス職人はその容器を床に叩きつけてみせたが、容器は割れることはなく軽くへこんだだけ。職人はへこみを叩いて元通りにして見せた。

 皇帝はその柔軟ガラスの製法を知っているのがその職人一人だけだと確認すると、その場で職人の首を()ねた。と言われている」

「殺しちゃったの?! 何で??!」

「通常のガラスの価値が暴落するのを恐れたんだってさ」

「ああ、異世界転生や逆行転生で現代知識無双する人が権力者から距離を開けがちなのってそういう………」


「ガラス作りに使う材料にはシリカの他に融点を下げる炭酸ナトリウムなどがある。炭酸ナトリウムはナトロンっていって、採掘するかナトリウム分の多い植物を燃やしてできるソーダ灰を利用するか。

 これは石鹸を作る時にも使うんだ。

 塩析で固形石鹸を作ると、謎の液体が残る。それで思ったりするんじゃないかな。

 「この石鹸工房の余りの液体って何かに使えないか」とか「材料が似てるならこれらを組み合わせてガラスっぽいものを作れないか」とか。

 当時は元素や化学反応なんて分からないから、似た材料と似た工程から似たものが作れるんじゃないかって発想でやってたはず」

「てことは………?」

「炭酸ナトリウムをもとにしたアルカリと油を化学反応させて、塩析で固形石鹸を作ると、塩水の混ざったグリセリンができるはず。

 寒天はアジア圏が有名だけど、寒天を作れる海藻自体は世界中に分布してるっぽいんだ。

 だから石鹸を作った時に出たグリセリンと、他のガラスの材料に使っていた海藻とか砂とかを煮たり混ぜたりしている内に、この柔軟化した寒天が出来ちゃったんじゃないかとか思ったんだけど―……」


「けど?」

「ローマの本に書かれてる石鹸、木灰を使ってるみたいなんだ。これはカリウム成分が多いはずだから液体石鹸になる。出てきたグリセリンは混ざったまま。

 しかも固形石鹸が記録に出て来るのは8世紀頃らしい」


「何でカリウムだと固形石鹸にならないの?」

「ナトリウム石鹸だと食塩が水とくっつく力の方が強い。その結果、濃い食塩によってナトリウム石鹸から水が奪われて石鹸成分だけになる。

 カリウム石鹸だと水とくっつく力が強くて食塩でも水が奪えない。だから液体のまま。っていう話らしい」

「なるほど、材料で絶対決まっちゃうのか」


 固形石鹸でないなら柔軟ガラスがサクッと否定されてしまう。しかし。

「おもしろいから屁理屈でゴリ押そうよ。あの時代でしょ? カリウムを使うかナトリウムを使うかって地域差あったんじゃない? 植生とかで使える植物灰が限られる時とかさ」

「塩析、石鹸づくりに海水を使おうとした奴が発見しそうな気がする。海岸沿いでナトリウム分が多目の植物が生えてる所はナトリウム石鹸だったんじゃないか?」

「………そうだろうか……?」


「グリセリンはそういう事にしておいて、もう一つの問題は成形だよね。これ形を作るの結構難しかったよ?」

 科学部で悪戦苦闘したらしい部員が声をかけた。

「多分この人の本職はガラス職人だろうから、いけそうな気がする。

 当時のガラス容器の製法は熱垂下技法や吹き技法。熱垂下技法は逆さに伏せたお椀みたいな型にガラスを乗せて炉に入れることで溶かして垂れさせ、お椀をコーティングするように成形するものだったはず」

「溶けた材料で型をコーティングって、これじゃん」

 どうやら概ね作り方は似ていたようである。


「え、あれ作り話だと思ったらマジだったの?! それで殺された職人が居るの?!」

 他の部員達も話を聞いていたらしい。

「あくまで想像で根拠は怪しいけどな。あと博物誌を書いたプリニウスによると、製造者は処刑はされなかったけど工房を破壊されて、二度と柔軟ガラスを作らせてもらえなかったらしい」


「もし寒天ガラスもどきが古代ローマで流通してれば色々歴史が変わったのかね。消耗品だからガラスとはそこまで競合しないし」

「当時のガラスも比較的消耗品に近かったようだが」

「どうかな? 結局使いづらくて廃れたかもしれないし………水入れたらふやけない? これ」

「でもガラス量産化って言っても当時は限度があるし、それに比べて消耗品とはいえ鍋と海藻と石鹸の残りで採光窓が作れるってなったらさぁ………」

「耐候性どんなもんなんだろ?」


「この子達の性質次第かね。サステナブルな素材として色々研究されてるみたいだよ」

 部長が自分の作った器をぷにぷに歪めた。


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