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真の嫌者になりたくて!  作者: 箱好鐘
一章 血濡れ王子
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アベリアの皇子


「貴族様、お目覚めください」


 御者の声で目を覚ました僕は、馬車の窓から外の景色を確認した。森の中を抜けたのだろう、青々とした草原が広がりを見せており、その中にぽつんと佇むように白亜の建物が佇んでいた。それにしては小さい。


「ルシウス、あの一軒家くらいの大きさの丸いドームはなんだ?」


「エトラ様、あれはマナポートでございます」


「ほぅ、あれが」

 

 感心していると、やがて僕たちを乗せた馬車は門の前で止まった。門番だろうか、鎧を纏った屈強な男と何やら話し込んでいるようだった。その会話が終わるや否や、こちらに近づいてきた男は御者に話しかけた後に馬車の中にいるぼくたちに聞こえるであろう声で話しかけてきた。


「初めまして、身元確認の提示にご協力お願いいたします」


 礼儀正しくお辞儀をした男の姿を一瞥すると、僕は窓の外に視線を戻した。どうやらここは関所のようなものらしい。ここで入国許可書や出国手続きを取るのだそうだ。もちろん、事前に作っておいた証明書を二人分見せたところ、問題なく通ることができた。


「これがマナポートか……」


「テレポートをマナ化させ魔導具とした奇跡の代物ですね」


 最後の部屋に通され、そこには巨大な装置が設置されていた。見た目は円柱状の柱で、その内部は複雑に絡み合った光の線が網目状に張り巡らされていた。


「さて、エトラ様、行きましょう」


「え? もう行くのか?」


「……は、い?」


「壊してみたら面白そうとは思わないのか?」


「決して冗談には聞こえませんので本当にやめてくれませんか?」


「アベリア魔法大国ってこのマナポートしか行き来できないらしいじゃないか。つまりはアベリア魔法大国に通じるマナポートを全て破壊したら、文字通り閉じ込められるってことだよね?」


「どの道、この場所では他の魔法は発現できませんし、武術の『技』も無効化されるようになってるんです。最高権力者やこの場の防衛に配属された方以外に力は出せませぬ。そんな畏れ多いことを……」


「僕にはこの線を切れるみたいだけど? これが最高の『嫌力者』ってやつ?」


 そう言って線を一本切った時だった。突如僕の首根っこを掴んだルシウスによって部屋の内へ引きずり込まれ、


「申し訳ありません!! 無礼なのは承知の上です! しかし、今ばかりはお許し願いたい!!」

と大きな声で叫んだのである。



 その瞬間、バチッと音が鳴ったかと思えば、視界が暗転したのだった。そして再び意識を取り戻した時、僕の眼前には驚愕の表情を浮かべた男が一人いた。


「だ、誰だ!? どこから現れた!?」


「それはこちらのセリフなんだが?」


 そこにいたのは金髪碧眼の美青年だった。歳は僕と同じ頃合いといったところか。その風貌はどこかの国の王子のような高貴さを醸し出しているが、同時に得体の知れない気味の悪さも内包していた。僕は咄嗟に身構えるが、目の前の男はただ狼狽しているだけであり戦闘態勢をとっている様子はない。それによく見ればこの男の格好は随分と豪華なものだ。腰に携えた剣の柄も黄金と宝石で彩られており、身分が高い人物であることは一目瞭然であった。更にはその身を包む外套からも相当の上物であることが窺える。僕の視線に気づいたのか、男は慌てた様子で身なりを整え始めた。その様子を見るに、僕に警戒心を抱いていることは明白である。



「申し訳ない、突然のことで驚いてしまったんだ。私はロイシュレイン・バン=ブラム・アベリアだ。よろしく」


 差し出された手を無視し、男を睨みつけると、その男はバツが悪そうに苦笑いを浮かべて一歩後ろに下がったのだった。ふむ、何故ここにアベリアの皇子がいるのか甚だ不明であるが、貴族としての振る舞いもできているようだし、少なくとも愚者というわけではなさそうだ。ならばこちらも然るべき対応を取るとしよう。


「これは失礼いたしました。お初にお目にかかります。僕はエトラ・シュレ・カインズと申します。以後お見知り置きを」


「こちらこそ、よろしく頼む」


 握手こそ交わさなかったが、友好的な挨拶を交わしたことにより、ひとまずの危険はないと判断した僕は、辺りを見渡して状況を整理することにした。そこは先程までいた部屋とは全く異なる空間だった。まるで王宮の謁見の間を彷彿とさせるような荘厳な造りである。天井から吊り下げられたシャンデリアは七色に輝き、床一面には魔法陣が描かれた大理石が敷き詰められている。そしてその中心には祭壇が存在しており、その上には、女神の石像が鎮座していた。


「マナポートから飛んだ場合はマナポートへと経由すると聞いたのだが、一体どういうことだ? まさか、故障品を掴まされたか?」


「……!?」


 僕がそう呟くと、ロイシュレインはビクッと肩を震わせたかと思うと冷や汗を流していた。その反応を見る限り、ただのトラブルなどではなく何らかの秘密があるのだろうと確信した。ふむ、ますます面白いじゃないか。録音のアーティファクトも忘れてはいまい。


「やはり、マナポートから飛んできたのか?」


「そうですね」


「もしかして許容範囲を超えてしまったのか? この場に通じるってことは間違いなくそうなるが、それでも故障までするものなのか? マナポートの座標位置が最高権力者のみが通じるこの場に変わるなんて……」


「何かご存知のようですね」


「……ああ、マナの誓いをかけて、事を口にしないと言うなら教えてあげよう」


「いいでしょう。僕の口からは絶対に話しません」


 僕が即答すると、ロイシュレインは拍子抜けしたような表情を浮かべてから息をき、ゆっくりと口を開いた。


『魔力誓約:マナオルコー』


 彼がそう唱えた瞬間、僕らの足元に青く光る陣が浮かび上がった。それは、互いが互いに嘘偽りのない情報を口にするという効果を持つ。


「これは誓約を破れば一生の奴隷化だ。いいな?」


『僕のマナの全てを賭けよう』


 僕の宣言を聞き届けた光は収束した後、ロイシュレインは、一度大きく息を吐くと重々しく語り始めたのだった。


「この神殿の地下には世界で唯一存在する古代兵器が存在しているんだ」


「ほう。そのような内容を僕のような部外者に話しても大丈夫なのですか?」


「これも何かの縁だ。寧ろ誓約を破って忠実な奴隷も欲しいところであったし、これを告げ口しようがしまいがどちらに転んでも問題ないさ。どの道ここには最高権力者のみが立ち入れる場所だし、君も今後ここにくることはないだろう。奇跡でも起きない限りね」



 最高権力者か。ルシウスもここにはこれないというわけか。分かっていたことだが、やはり目の前にいる人物はアベリアの皇子なのだろう。しかしまあ、こうも立て続けに大物に会うとはな……。


 僕って実は運がいいのではないだろうか?


「ここで何をしようとしていたのですか?」



「マナポートを通じて魔物を運んでいたのさ」


「な、なんと!! その魔物を解き放って魔法大国アベリアを制圧するというのですか!? まさか! 他国の工作員!?」


 魔物とは人間に対して脅威となり得る生物の総称である。彼らは人類への敵意を隠すことはないため、見つけ次第討伐することが国際法で定められているのだ。そんな存在を野に放つということは即ち世界を混沌に陥れることと同義と言っても過言ではない。


「ふふふ、察しがいいな……、ってそんなわけないだろう。なぜそこまで嬉しそうにしているのだ。仮にも私の祖国であるぞ」


 ロイシュレインは咳払いをして話を戻すことにしたようだ。僕の脳内では壮大なファンタジー物語の構想が広がっているため、どうしてもそういった方向に思考が傾いてしまうものだ。


「こうまでする理由は沢山の生贄が必要なのだ。それも生きている新鮮な血が!」


「生娘の血だと尚更良いとかあるんですか?」


「ああ、生きている人間の血で試してみたら、凄かったよ。といっても罪人であるがね。人間の血を捧げる考えを持つつくらいなら、効率は悪いけど素直に魔物の血を使うよ。僕もそこまで野蛮な思想は持ち合わせていない」


「つまり生きた魔物をこのマナポート使って経由する際に、マナポートが故障した可能性があると言いたいんですね」


「ああ、今回はあまりにも多くの生贄を捧げようとしていたからね。この古代兵器は生きた血を必要とするんだ」


「なるほど、それで今回の事故と繋がったわけですね」


「理解してくれたようで何よりだよ」


 僕は、彼の説明を受けてようやく得心がいった。だが、それと同時に新たな疑問も湧いてきた。これはロイシュレイン一人だと難しいだろう。つまり、他にも協力者がいるはずだと予想できる。しかし、その協力者が誰なのか皆目見当もつかない。マナポートは、基本的に魔法大国の管理下にあるはずだが、それこそ国王か、それに準ずる立場の人間でなければ不可能だと思うのだが……。


 かなりきな臭い話になってきていることは間違いないだろう。


「君はおそらくアベリアアカデミーを目指してきたのだろう?」 


「そうですね」


「ならばここからは私が直々に案内しよう。どうせ私の所為であるしな」


 そう言って立ち上がった彼は、そのまま歩き始めた。その後をついていくと、やがて螺旋階段が見えてきた。階段を降りていくと、何やら厳重な扉があり、その扉の両脇に立っていた二人の騎士が彼に敬礼をした。


「この先は王家の秘密に通ずる場所ゆえ、決して漏らすことのないように。ここまでがマナの誓いだ。破った場合はどうなるか分かるよね?」


「はい。決してこの口からは話すことはありません」


 ロイシュレインはニコニコしながら僕の方を見ていた。その顔はさながら悪魔のようであるが、その顔の裏に隠された狂気を察知してしまうのもまた事実だった。この男は相当にイカれている。僕には分かるのだ。彼とは同種の人間であるということを。このような人間に出会えたことに内心喜びを感じているあたり、僕も大概ではあるが。そうこうしているうちに僕たちは扉の前にたどり着いたようだ。扉が音を立てて開くと共に強烈な光が視界に飛び込んできたのだった。



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