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真の嫌者になりたくて!  作者: 箱好鐘
三章 悪人の悪人による悪人のための聖戦
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エピローグ ~シュラウド・フォン・ラテミチェリー




 フィオリア・フォン・ラテミチェリーは生粋の悪女である。




『我が娘』ながら、全く持って理解のし難い人間だ。それも自分が悪辣な行いをしているなど思ってもみないのだから、その傍若無人ぶりにはお手上げだ。



 とはいえ、そう育てたのは他ならぬ父親の私──シュラウド・フォン・ラテミチェリーなわけだが……。


 我が妻であるカルミア・フォン・ラテミチェリーが寝台に伏しているのも、フィオリアが関わっているからに他ならない。虚弱体質であり、直ぐに体調を崩して寝込んでしまうとカルミア自身もよく語っていたが、それは嘘であったと今となればよく分かることだ。


 フィオリアが五歳を迎えた辺りからその傾向は益々強くなった。それも日を追うごとに……だ。最初はただの風邪や発熱であろうと楽観的に捉えていた私が虚弱体質だと吹聴して回っていたものだ。だが蓋を開けてみれば、我儘な娘に対して生命力を代償として発現する禁術の『精霊術』を施してまで、可愛がっていたことなど誰が想像がつくだろうか。


 それが今では見る影もなくカルミアもすっかりやつれてしまい、その代償を我が身で受けていることは明白だった。



 次期後継者である長男のアグリファ・フォン・ラテミチェリーでさえ、フィオリアが原因で牢獄の中にいる。



 フィオリアの『我儘』が引き起こしたことは、あまりにも大き過ぎるものだ。



 それもそのはずだろう。アベリアの第一皇子の婚約を破棄し、第三皇子のロイシュレイン殿下と婚約を結ぶというのだから、最早ただの我儘どころの騒ぎではなかった。なぜなら勢力図が大きく変わることを意味するからだ。



 ラテミチェリーは英雄の子孫であり、かつ公爵家であり、魔導の名門一家で、アベリアおろか、西大陸でさえその名は通るほどだ。


 ゆえ、婚約破棄を簡単に引き下がることは出来ない第一皇子との間に入ったのが長男のアグリファであり、世紀の大事件──皇太子殺害という、国を揺るがすとんでもない事件にまで発展させたアグリファは、処刑は免れたものの、牢獄の中にいるというわけだ。


 アグリファは実の妹であるフィオリアのためだけに、自分を殺し魔法大国を滅ぼしかけた。それもたった『一人』の実力でだ。幸い、アベリア最強の魔法使いであり、世界最強の三魔に連なる魔塔主様がいらしたから防ぐことは出来たが、それでも魔法大国に甚大な被害を与えたことに変わりはない。


 その出来事を境に妻のカルミアも倒れて臥せりはじめたのだ。そこから先は今ここで語ることでは無いだろう。





だからゆえ、一つ言えることは──



──フィオリア・フォン・ラテミチェリーは生粋の悪女である。




 しかしここ最近おかしいことが目に余るのだ。


『人』が変わり始めたのはいつからだろうか。あれは確かフィオリアが十二歳になる時であっただろうか……。



 それまで天真爛漫といえばかなり聞こえが良いが、ただの我儘でしかなかったフィオリアの性格は急に変貌したのだ。それは侍女たちの間でも話題に上がる内容にもなった。



──まるで別の誰かが心の中に潜んでいるように振る舞うようになったと……。



 しかしそれも数日のことであったが、その日を境に何かが変わり始めていったのは心情に鈍い私でも分かった。




 その中でも摩訶不思議な呪文を唱えると人格が変わるという奇行にも走るようになった。もちろん、私は陰ながらそれを目撃したのだ。


──まじ無理まじ病むリスカしたいまじ無理まじ病むリスカしたいまじ無理まじ病むリスカしたいまじ無理まじ病むリスカしたいまじ無理まじ病むリスカしたいま……


と、永遠と続く呪文のような独り言を耳にした時は気が触れてしまったのかと思ったほどで、どこかの聖句でもあるのだろうかと疑ったりもしたものだ。




 そして何より私を悩ませたものは、度々見せる悲しげな瞳だ。何かを諦めたような目をするのだ。あの目を見ているとどうにも不安に駆られてしまうもので、強く言えなくなってしまうものだ。



 それでも私は決意した。これ以上見て見ぬ振りをしてはダメだと……。


 そこで十五になるフィオリアにはアカデミーに行ってもらうことにしたのだ。


 幸いフィオリアは『女帝』という最強格の先天スキルを持っている。それゆえアカデミーに入ることも難しくはなく、また卒業するのも容易く出来ようというものだ。



 それはそうと、教国の教皇聖下が何やら『隠しスキル』なるものがあるとかないとか噂していたようだが、そんなものが本当にあるとは思えない。


 所詮お伽噺のようなもので、『出まかせ』にすぎないと思っている。七日に一度大金を払って調べるなんて、大それたお金集めではないか。



 無論、この反応は私だけではなく世間一般的な意見でもあり、皆口々に言うほどなのだ。そもそも教皇聖下にしか見ることが出来ないとか、訝しい話である。そんな眉唾ものを信じろと言う方がどうかしているというものだろう。




 話を元に戻そう。兎にも角にもフィオリアにはアカデミーに通ってもらい、そこで知識を付けて学友と共に切磋琢磨してもらおうと考えたのだ。


 その結果、フィオリアの人格が安定するのであれば万々歳だし、そうでなくても交流がある友達が出来るのなら一石二鳥であろう。



 そう思った矢先の出来事であった。


 第三皇子暗殺未遂時間が起きたのは──そこで私は信じられない光景を目にしたのだ。


 フィオリアは婚約者であり被害者であろうロイシュレイン殿下を裏切り、血の子ともいわれる狂人、エトラ・シュレ・カインズとの協力関係を築いたというのだ。しかもその場で殿下が婚約破棄まで宣言したというのだから、開いた口が塞がらないとはこのことである。



 私はあまりの驚きと怒りのあまり怒鳴り散らしてやりたいところであったが、ぐっと堪えてなんとか抑え込んだものだ。



 そして自然と出た言葉が、


「──フィオリア、お前は今日よりラテミチェリーの名を捨てなさい。『罪人』にその名を名乗る資格はない」


 そう言ってしまった。



 その時のフィオリアはいつも以上に清々しく、凛々しくも見えるものだから何も言い返すことが出来なかったのだ。いや、もしかしたらこの時既にフィオリアの中では既に決心をしていたのかもしれない。そう思わせるほどの覚悟を持った瞳をしていたのだから……。




 そうしてその日は終わった。



──全てを後悔する形となって。



 なぜあれほどまでに拒絶してしまったのか、自分でも理解し難い感情に支配されてしまっていたのも事実だった。私の頭の中はぐるぐると混乱しており、冷静に物事を考える余裕もなかったのだろう。まさかの狂人エトラ・シュレ・カインズの主張が正しく、逆に教国の人間が偽りを重ねていただなんて、誰が想像できただろうか?



 だから私はこの目で見たものをそのまま受け入れるほか無かったのだ。



──例えそれが最悪な結末であってもだ。



 ここアベリアの情報は数週経った今でも、この件の話題で持ちきりだ。


 やれ『狂人』と『悪女』による聖戦だとか、


 やれカインズ家は血の子の元に一つになるだとか、


 もはや収集がつかない状態だ。



 教国の件に関しては情報の封鎖が上手くいっているようだが、それもいつまで持つかは分からない状況にある。事実、私が直接街に足を運んだ時にはかなりの噂が飛び交っていたほどだ。

それはそうだ。だって当事者である私が一番動揺しているのだから……。



──あのフィオリアが正しかったということに。



 私は謝らなければならない。しかしながら破門を告げた娘はあれからというものの、一度しか屋敷に訪れていない。それも一時間ほどだ。もちろん私は即座にフィオリアが望むことを全て聞き入れるつもりでいたし、その準備もあったつもりだった。それでも娘の希望に応えることは出来なかった。


 なぜならフィオリアは私に会いきたのではなかったからだ。彼女は妻、カルミアの元へ訪れただけに過ぎなかったのだ。それも父である私には一言も告げずに……。



 その日からだった。


 カルミアの体調が良くなって行くのを実感したのは……。



 精霊術により弱り果ててしまった体は元に戻ることはないといわれているが、まるで奇跡でも起きたかのようにカルミアの病状が回復していく様を見ていれば、誰もがその変化を疑わずにはいられなかったことだろう。それこそ神の悪戯としか思えなかったに違いない。その笑顔を見た時、私は確信めいたものを感じたものだ。



──フィオリアに合わせる顔がないな、と……。




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