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真の嫌者になりたくて!  作者: 箱好鐘
三章 悪人の悪人による悪人のための聖戦
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これは悪人による聖戦である


「もしこれが真なる王政ならば、この腐り具合は見るに耐えられないものだ。これ幸いとばかりに民衆を扇動し、独裁政治の根を伸ばし、腐らせる土壌を(こしら)えて、いずれ国そのものが毒草へと堕落してくのだろう。そうならないために、悪徳の御輿を引きずり下ろす事こそ、我らが成すべき義務であり、この根を断ち切ることが民を守る為の唯一の手段であろう。法を蔑ろにすれば、必ずまた新たなる悲劇が生まれるのだ。そうは思わないかな? アレイスタ陛下」



 父上の問いかけに対し、それまで無言を貫き通してきた陛下は静かに口を開いた。その表情にはもう威厳というものはほとんどなく、疲れ果てた老人のようであった。




「我が息子ながら恐ろしい男である。よくもここまで嘘を並べ立てられたものだ」




 そう嘆くように言ったのは、紛れもなくアレイスタ・バン=ブラム・アベリア皇帝陛下本人だった。




「待ってください陛下。全てが真実とは限りません!! 私は決してアベリアを陥れるつもりなど断じてありません! 寧ろその逆、国のことを思い動いて──」



 ロイシュレイン殿下は必死になって弁明した。まるで死に際の老人の如く、その命の灯火が消えないよう必死に足掻くように言葉を尽くしていた……。がしかし、そんな彼の言葉を遮るかのように陛下は笑った。




「嘘か真かなど、もはやこのマナの輝きの前には無意味だろう。貴様の言葉はもはや誰にも通らぬよ」



 まるで死刑宣告のような一言を告げられた瞬間、ロイシュレイン殿下は膝から崩れ落ちた。その様子を横目に見ながら、陛下は続けたのだ。



「そして自らの過ちについて、その一切を語ろうとせず、ただひたすらに相手の虚言を妄りに押し付けんと試みるお前の行為そのものが悪と言わずなんという?」



「お言葉ですが陛下」



 枢機卿が一歩前に出ると、陛下に向かって言った。



「録音の件は殿下の仰っている通りでございます。陛下、恐れ多いながらこの発言に於いては虚偽の供述は一切していません。今一度ご再考いただけないでしょうか?」



 そう言って、枢機卿は恭しく頭を下げている。彼の態度は常に礼儀正しく、礼儀礼節がしっかりと教育されているのだということが伺える。







「その必要はございません。なぜそれが真実と言えるのでしょう?」



 僕も一歩前に出ると、毅然とした態度で陛下に告げた。




「かの賢者とうら若き聖女様が僕の発言を『支持』しているのです。それだけではありません。孤高の悪女と蔑まれるフィオリア・フォン・ラテミチェリー嬢の発言ですら、枢機卿猊下は偽りだと陳述しているのです。彼女がどれほど民衆のことを想い、国のためにと奔走したのかを僕は知っています。それはまるで身を焦がすかのような正義感であり、民衆の心を一身に受けた聖女の名に劣らぬ功績なのです。それなのに愚物の如き民衆は不義理な発言を彼女に向け、罵り、蔑ろにした。これも全て『教国』の人間による法の支配が原因なのです」




 この裁判に無意味なことなどない。『賢者』も『聖女』も『悪女』も、その存在から一句の発言までも全てこの裁判には影響してくる。


 だから僕は法の絶対である枢機卿が僕を否定するように仕向けたのだ。それもマナの誓いを結びたくなるように巧妙な罠を張ってまでだ。



「この外道め!! 『支持』とは何と聞こえのいい言葉だ。聖女様は詐欺師に騙されているだけです! これに関しては真実の瞳が物語っているのです!!」



 枢機卿は感情的になったように語気を荒げたが、僕はそれを即座に切り捨てた。



「はて、誰がそれを信じるのでしょう? この虚構まみれの裁判によって既に民衆の心は離れてしまっているのですよ? だってそれは『教国』のことを今まで信じてきたアベリアに対しての裏切りだからです。そんな汚らわしい人間たちの『虚構』に囚われていたなんて、それこそ『真実の瞳は』、とんだ笑い話です!!」



 そう言って、僕は大きく笑ってやった。それはまさに嘲笑うかのような笑顔だったと思う。そんな僕を見て枢機卿は歯を食いしばりながら睨んでいたのだった。


「やはり聖女様が全てということか!」


「あの悪女が我らのために動いていたというのか!」


「だとしたら、俺たちはいったい今まで何を……」



 僕の言葉は傍聴席に居座る民衆に深く突き刺さったようで口々に呟き続けている。もはや彼らは完全に呑まれていた。信用と信頼もまた一つの証明である以上、全てにおいて優れている僕を咎めることは誰も出来まい。





 だからこそ僕は堂々と胸を張って言ってやるのだ。





「僕はアベリアのことを憂い想い、こうしてここに立っています。その気持ちはこの場の誰よりも強い自負があります」





 そうして高らかに宣言してやるのである──





「僕こそが正義なのです!!」




 そんな決め台詞と共に、僕は人差し指を立てて見せたのだった。



「こ、この外道が! 詐欺師のくせして──」


「──黙らんかい!!」



枢機卿は怒声を上げようとしたが、陛下はそれを制した。枢機卿はその一喝に怯むと、悔しげに僕を睨んでからそれ以上口を開くことはなかった。



「此度の件について、私は知らなかった、とは言わない。全ては私の怠慢の証でもあり、私の責任でもあるからだ」



陛下は自ら首を刎ねられる覚悟であるかのように、そう語り始めた。それを受けた周囲の人間たちもまた、その言葉の先を静かに待っていた。



「だからこそ今ここで欺いていたことを民に詫びよう。そしてエルヒ・シュレ・カインズ伯爵、ならびにその家族にもこれまでの非礼を詫びよう。この通りだ」



陛下は深く頭を下げられたことで周囲が一瞬ざわついた。



「我が愚鈍な息子と枢機卿猊下並びに、聖女様を除く教国関係者は独房内で反省の意を求める。此度の被害者であるカインズ家にはそれ相応の金銭と、これまでの名誉を保証しよう。そして全ての民に改めて謝罪を申し上げたい。我が国アベリアに尽くしてくれていること感謝すると共に深く懺悔を捧げよう」



厳かに告げられていく言葉に皆が聞き入っていた。それが紛れもない皇帝の謝罪であることは既に証明されたがごとし状況だからだ。だが僕の興味は、もはやそんな処にはなかったのだ。



「よって本法廷を以て、この事件に関しての審理を──」













「──お言葉ですが陛下。何を勝手に終わらせようとしているのですか?」





僕は、僕が思うよりも冷たい声でその言葉を遮った。




「ふむ。何が言いたい?」


「この場の裁定者はもういません。何せ絶対の権限を持つ裁判官が不正を行っていたわけですから」


「ああ、確かにそうだ。だから私が纏めているのだろう」


「それは何の権限があってですか?」


「これでも私はこの国の皇帝である。然るべき裁可を下す権利と義務を有している。つまりはそういうことだ」


「本当に、この場を統べるにふさわしい権威というものが今の陛下にありますか? この国における秩序と安寧の崩壊は、全てこの法廷に起因したものであり、責任は陛下にも当然あります。これ幸いと僕の兄さんを身勝手に責め立てておいて、よくもまぁ抜け抜けと言えたものです」



 僕は冷ややかな目で陛下を見つめながら続けた。


 だが僕の言葉を受けた陛下も、そして他の貴族たちも僕を訝し気な顔で見てくるのだ。何をおかしなことを言うのか理解しかねる……というような顔つきだ。


 そんな彼らの様子を見ながら僕は言った。



「分かりませんか、それとも理解出来ませんか? ロイシュレイン殿下並びに枢機卿猊下、そして教国の人間。彼らは僕と共にマナに誓った上で、無尽蔵な嘘で塗り固められた言葉で僕たちを糾弾した。その結果、僕の愚物に成り下がったと言うわけです。つまり今の僕は一国の皇太子に『裸で踊れ』と命じることも出来るのです。そう、この場の裁定者は僕にあるのです」


「それがどういう意味を持っているのか分かって言っているのだろうな?」



 陛下は顔を酷く強張らせていた。まるで理解出来ないという顔だ。精悍な顔付きが、今では哀れな程に歪み続けている。蒼い瞳も今は翳りを帯びる。金色の髪も心なしか色味を失って見える。その姿はとても滑稽であり、実に人間的であった。





「だから初めから申し上げているではありませんか?」



 僕はそう言って、くつくつと笑ってやったのである。




「これは悪人による聖戦だと」




 僕の言葉と共に、場がざわめく。だがそれで構わない。





「一体、何が望みだ?」





 陛下も貴族たちも民衆もそして教会関係者全てが僕の次の言葉を待っている。誰もが期待するように、いや怯えるように震えているのが伝わってくる。


 きっと僕の一挙手一投足ですら彼らの心を搔きむしる要因になるのだ。


 だからこそ、面白い。そしてまだまだ足りない。


 もっと多くのものを僕は手に入れなければならない。







 だからそれは──




──聖戦を謳う口上のように。



──新たな戦火を焚べるように。



──歴史の崩壊を告げるように。





「魔法大国アベリア、剣闘国ハシュラ、教国と名高い国々に様々な小国が集う『西大陸』最大の『奈落』。最悪の囚人から悪逆無道の罪人まで、西大陸の人間ならば一手に引き受けることが許された地獄の『檻』であり、その規模は世界一とまで言われ、逃亡不可能とも言われる西の犯罪者の巣窟を──」




 僕は大仰に両手を広げ、舞台の中央に佇む役者のような表情で大衆へと向き直ると、僕は彼らの心を震わせるべく高らかに宣言した。これからは僕が指揮する地獄の時代が始まるのだ。





「──アベリア『空中監獄』の全権限をこの僕、エトラ・シュレ・カインズに譲渡して頂きます」




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