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真の嫌者になりたくて!  作者: 箱好鐘
一章 血濡れ王子
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父と母


 ついに僕にもモテ期が来たのだろうか。


 現在あの決闘からというもの、父と母から呼び出されて夕食を共にしているところだ。腕のいいシェフを雇い入れているとあって料理の味は格別なのだが、如何せん二人の表情が気になって素直に舌鼓を打つことができない。これでも父親はカインズの系譜を持つ実力者だ。今の僕は父から見れば、きっと赤子レベルであろう。


 僕は大きな細長いテーブルの端に腰掛けていて、その反対側に両親が座っている形である。


「今日は楽しかったかい?」


 僕の近況について探りを入れてきたのは父上だ。恐らく僕が何をしていたかは既に耳に入っているのだろう。


「はい、とても有意義な時間を過ごせました」


 当たり障りのない返事をすると、今度は母の番のようだ。


「今度からエルヒと決闘したら許さないわよ。エルヒは次のカインズ家当主になる人なのよ。その名に傷がついたらどうするの? 貴方に責任は取れる?」


 どこか呆れた様子の母はそう呟いた後でグラスに入ったワインを口に含んだ。いつになく鋭い眼光で僕を睨んでいるように見えるのは気のせいだろうか。


 いや、これは明らかに怒っているようだ。自慢の息子がボコボコにされたのだから当然といえば当然の反応なのかもしれないが、僕には理解できない感情である。


「でも、僕も一人の息子ですよね?」


「だったら、もう少しまともな子に育ちなさい」


「そうだよ、エトラ。お前はどうにも自分勝手なところがある」


「そんなことありませんよ。父上」


「いいや、あるね。もっと兄であるエルヒの言う事を聞くべきなんだ」


「お言葉ですが、僕はエルヒお兄さんよりも優れている部分があると思うんです。だから兄に従うことなんて出来ませんよ。かと言って当主の座を欲しているわけではありませんし、この話はこれで終わりということでお願いします」



 そうきっぱりと言い切ると、二人は呆気にとられたように口を開けたまま固まってしまったようだ。僕の返答を受けてどう切り返すべきか考えているといったところだろう。やがて父は何か思いついたように口を開いた。


「エトラ、お前には次期当主としての才能がない。だから優秀な兄と比べられて苦しい思いをすることもあるだろう」


「で、それでどうしました?」


「しかし心配しなくていいんだよ。父さんたちがちゃんとお前のことを見ているからね」


「で、それでどうしました?」


「お前は別に何もしなくていいんだ。幸いにも跡取りはもういるんだしな」


「で、それでどうしました?」


「……」


「で、それからどうします?」


 相手に苛立ちを与える言葉を適当に投げかけた後、父の表情を確認するために視線を移すと案の定怒りの形相をしていた。握り拳もぷるぷると震えており、今にも僕に掴みかかってきそうな雰囲気である。それを敏感に感じ取ったのか、母は慌てふためきながらも場を取り持とうとしたようだ。


「ま、まぁ! 二人とも食事中なんだから落ち着きなさいよ」


「母上の方こそ落ち着くべきですよ。僕はこんなにも平然としているのですから」


「エトラのそういうところを直すべきなのよ。全く誰に似たのかしら?」


「母上じゃないですか? 間違いなく」


 僕がそう言った途端、とうとう堪忍袋の緒が切れたらしい母は勢いよく立ち上がったかと思うと、テーブルに置いてあるフォークを手に取ったかと思えばそれをこちらに向けてきたではないか。


「──エトラァァァア!!」


「お母様、落ち着いて!」


 慌てて父が止めに入り、何とか事態は収束したようだが、それでも母は興奮冷めやらぬ様子で息を荒げている。


「エトラ、少しは反省しなさい!」


「事実なのに反省する必要がないじゃないですか」


 そう呟くと再び立ち上がり、手にしたフォークを投げつけようとしてきたので、咄嗟に避ける動作を取るとそのまま床に落ちてしまった。


「危ないじゃないですか……」


 すると父は無言で席を立ち、僕の前まで歩み寄ってきたかと思えば、思い切り平手打ちを食らわせてきた。バチンという破裂音が室内に響き渡り、同時に頬が熱を持つのを感じた。


「お前というやつは! どこまで馬鹿にすれば気が済むんだ!!」


 顔を真っ赤にして激昂する父を前にしてもなお冷静さを保っていた僕は淡々と言い放った。


「是非とも! もう一発。この憎悪、超気持ちいい……」


 その一言で場の空気が凍りついたのがわかった。誰も動くことができず、まるで時が止まったかのように静まり返った空間の中で、唯一動いていたのは時計が秒針を刻む音だけだった。その静寂を破ったのは母であった。


「エトラ! 貴方って子は本当にどうしようもない子だわ!!」


 ヒステリックに叫ぶ母の甲高い声が室内に響くと、ハッとした表情を浮かべた父が僕の方へと歩み寄った。そして──


「父上、これは?」


 美しい刺繍が施している巾着を手渡されたことで困惑してしまった僕は思わず尋ねた。しかもこれは父上が大事に使っていた亜空間に繋がる巾着袋だ。こんなものを渡す意味がよくわからないから。すると、先程まで激昂していたはずの父上は一変して穏やかな声色になり、慈愛に満ちた瞳でこちらを見つめながら答えた。


「それには家一軒くらいの容量が入るだろう。これからアカデミーに通うにあたって必要な資金も含まれている。アカデミーで学びたいのなら一般入学という形で入るといいさ。少なくともカインズ家の力が介入することはないと思え」


 それは願ってもない申し出だった。まさかここまで寛大な対応をしてくれるとは思いもしなかったのだ。それほどまでに僕の存在が重荷になっていたということだろうか? それとも単に厄介払いしたいだけなのか……どちらにしても好都合であることに変わりはなく、ありがたく頂戴することにした。


「ありがとうございます、父上」


 深々と頭を下げ、感謝の意を示した後に立ち上がると、その場を去ろうとしたその時、父上がポツリと零した。


「執事を一人連れて明日からここを出ていきなさい。これ以上お前の我儘には付き合いきれない」


「わかりました。では失礼します」


 そうして食堂を後にしたのだった。


「アカデミーねぇ」


 自室に戻った僕は渡された巾着袋を眺めていたが、正直なところあまり気乗りはしなかった。というのもアカデミーに入る必要性がないのだ。すでにマナの使い方はマスター済みであり、勉学についても一通りの知識はあるため、今更学ぶこともないと思っていたからである。


 もし行くとするならば、アカデミーの人たちに嫌われることが目的となるだろうし──。


──それはそれで面白そうだ。


「そうと決まれば明日の準備をしないとな」


 まずはルシウスの説得から始めるべきだろうが、その前にやるべきことをやらないとね。


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