喜劇の最終章を
「共に地獄に堕ちましょう──殿下」
僕、エトラ・シュレ・カインズはスターチス・カインズの声を聞くと、口角を上げた。その表情はまるで苦渋の選択を迫られたような顔つきであった。その様子を見る限り、奴は僕の掌の上にいることを理解しているようである。
──そう、これが僕が用意した逆転の一手だ。
「やめろおおおおおお!!!」
ロイシュレイン殿下が絶叫する声が聞こえた。まるで信じられない光景でも目の当たりにしたかのような驚愕した表情を浮かべていた。僕はそんな彼に微笑みながら言ったのだ。
「君の過ちは完璧にしすぎたことだ」
その言葉にハッと息を飲むような気配を感じ取ったが、もう遅い。今更後悔したところで後の祭りである。もはや覆水盆に返らずという言葉もあるように、取り返しのつかないところまで来てしまっているのだから。
さぁ、始めようか──
──喜劇の最終章を。
スターチス・カインズは一呼吸おくと静かに口を開いた。
「この一連の事件は、ロイシュレイン・バン=ブラム・アベリア殿下が首謀者であることに間違いないでしょう。なにせ私は事が起きる数日前にロイシュレイン殿下から直接相談を受けましたので。その内容はマナフラワーを使ってある『事件』を起こす計画を立てているとの事でした。その際、私に協力を求めてきたのです」
彼は流れるように語った。その口調は堂々としていて、聴衆の脳裏に刻み込まれるように聞き手に伝わっていった。まるで劇を見ているかのような気分になってくる。
「またまたご冗談ばかりおっしゃる」
そう言って苦笑いするのは、枢機卿だった。彼はその立場を利用したかのように、まるで小馬鹿にするかのように鼻で嗤っていたのである。
「その相談とやらも作り話でしょう? 私の真なる眼は誤魔化せませんよ?」
枢機卿はそう言って、愉快そうに笑い声を響かせた。
それに対してスターチス・カインズは物申す事はなく、粛々と続きを語るのだった。
「左様でございますか。そうなると枢機卿猊下の瞳は随分と歳を取られた模様でいらっしゃる」
「何を仰います? 私は正常ですよ。それともこの目を見て『怖い』とでも言いたいのですかな?」
枢機卿はそう言って、薄ら笑いを浮かべた瞬間。奴は突如として口を噤み、表情を歪めたのである。それはまさに自分が犯した失態に気づいた顔に見えた。
「傍聴席の皆様はとっくにお気付きでしょうに。もはやその目はただのお飾りとなってしまいましたね。その真実を視る瞳とやらが『マナの光帯:マナのダイアデム』すら観測されない代物であったとは、まさに度し難きことですよ」
スターチス・カインズはやれやれといった表情で枢機卿を諭している中、彼の周りには夥しいほどマナが溢れていたのである。それを傍聴席に座る全ての者が固唾を飲んで見守る中で、彼は更に続けるのであった。
「この『ダイアデム』はマナの誓約を破ることによって齎される一つの現象です。つまり私は真実を話さないようにマナに誓いましたが、それを破ってしまったのですから、この事象が発生するのは当然の帰結だと言えますよ」
枢機卿は一瞬何が起こったのか、分からないといった表情を浮かべていたがすぐに我に返った。どうやら漸く、自分はしてやられたのだと理解したようである。それと同時に彼が紡ぎ出す言葉に皆が夢中になった。
「とはいえ、私一人だけでマナに誓うのも不自然な話です。同じく他者を縛る側の人間も存在しなければならない。そうですよねロイシュレイン殿下。殿下からも『マナの光帯:マナのダイアデム』が浮き出ているのが何よりも証拠なのですから……」
そう彼は言うと、今度は憐れむように枢機卿に視線を浴びせた。今まで嘘を吹聴していた人間が、真実を知った瞬間の絶望した顔ほど快感の覚えるものはない。それに加え、枢機卿の顔芸というのは実に滑稽である。
「ご自身で認めてしまいましょう殿下」
そうしてスターチス・カインズは優しく諭すように言った。
「これは奴が嘘を吐くことによって成される誓いだ。こんなもの、罷り通るわけがない」
「つまり私は、殿下の前では真実しか話せない誓いを交わしたと、そう仰るのですね。偽りの言葉を述べることによって成立する誓いなど、あまりにも陳腐なものでしょう。そんな稚拙な誓い、誰が信じるというのでしょうか? 私が嘘を並べ立ててまで本家を庇う道理など、どこにもないというのに。それに──」
スターチス・カインズはそこで言葉を区切ると、枢機卿に冷たい目を向けて言った。
「──マナと民衆はもう欺けませんよ。枢機卿のお身体からも『マナの光帯:マナのダイアデム』がお見えになっているのですから」
その言葉にハッと息を呑んだような表情を浮かべると、ロイシュレインはわなわなと震え上がった。そして彼はキッとした目で僕を見ると言ったのだった。それはまるで信じられない非常識なものでも見るような目をしていた。
「馬鹿な……こんなこと、ありえない!!」
ロイシュレイン殿下の声は震えていた。それはきっと自らが引き摺り込まれた泥沼の深さを理解しているが故の恐怖心だろう。
だからここからは僕が舞台の幕を下ろす番だ。
「この物語は虚構の上に紡がれていたことを皆様はご理解なされましたか? そもそも誓約における『ダイアデム』が発現する基準はただ一つだけです。それは自ら『マナの誓い』を侵した時のことです。これは契約ではありません。あくまでも誓約なのです。皆様もお気付きでしょうが、マナの誓約とは『マナ』に誓ったその時からが全ての始まりなのです。つまりスターチス・カインズの言葉を『マナ』が真実と認めた上で更に、先ほど僕と共に誓いを重ねた枢機卿猊下のお言葉も偽りであると『マナ』は認めたのです。この二つの事象は連鎖しているのです! この僕から流れる『ダイアデム』こそが、全ての真実を示す光なのです」
僕はそこまでを言い切ると、一度大きく深呼吸をしてから口を開く。すると僕の言葉に呼応するかのように『ダイアデム』の輝きが増し、枢機卿の『ダイアデム』が強く点滅を始めた。ロイシュレインは信じられないとばかりに僕を見つめている。
僕は畳みかけるように言葉を続けたのだ。
「僕の言葉が正しいと証明ができましたし、貴方ももう逃れられない所に来て居ります」
「や、やめろおぉ!! くるなぁぁぁあ!!!」
ロイシュレイン殿下は血走った目で僕を睨みつけてくる。なにせ殿下も僕と共にこの法廷でマナに誓った身だ。もう逃れられないと理解しているだろう。
「ロイシュレイン殿下だけじゃない。他の教国の人間たちも全員ですよ。そして今、まさに証明と相成るのです!!」
マナに誓った者同士、誓約の内容に輪をかけて交わす誓言は強制力が生じる。誓約とは自らに課す枷であるからだ。
その枷である『ダイアデム』が動き出した。僕と枢機卿らを光で包み込み、視界を一気に奪い去っていく。その光は枢機卿だけじゃなく、ロイシュレイン殿下たちも例外ではない。
この場にいるマナに誓ったもの全員が『ダイアデム』の鎖に繋がれた。先の誓約者である殿下とスターチス・カインズには光の鎖で結ばれていて、もう逃れようもなかった。
僕はマナに誓いを立てた全員を巻き込んだことを確認すると、声を張り上げたのだった。その言葉は僕の心を込めた魂からの叫びだ。
「さぁ、『嘘』と『虚構』から解き放たれる時ですッ!! 『マナのダイアデム』も正義に微笑んでいるのですッ!!偽りのない真実、そして真なる正義の名の下に──」
僕は天を仰ぎながら手を広げ、大仰に言った。この場にあるすべての人たちが僕の方を見上げていることだろうし、これで完全に断罪劇の幕が上がる。ようやくここにきて僕の悲願を果たす時が来るのだ。
僕は今、どんな顔をしているのだろうか。そんなことは今更どうでもいいことだ。今はただ、この胸の高鳴りが止まらないことだけを喜びとしたい。そんな気分のまま、僕は口を開いたのだ──
「──今こそ、悪しき者を捕らえる時でございますッ!! 皆様とマナに感謝の意を──!!」
その言葉と共にマナで結ばれた全ての人間は一様に光彩を放った。それはまるで夜空に散りばめられた儚く輝く綺羅星の輝きのようで、誰もその光を遮ることは叶わない。
ある種で言えば鎖とも見えるかもしれないが、これはそんな生易しいものではない。もっと神聖にして絶対なもの。マナによって魂まで縛り付けられているような状態なのだ。これこそがまさに『マナのダイアデム』の真の姿なのだ。
「ああ、これがマナの光なのか……」と誰かが呆然と呟いていた。
誰もが固唾を飲む中で、『マナのダイアデム』を通して伝わってくる『誓約』に僕は笑みを隠さずにはいられなかったのだ。
「嘘だろう。あの狂人が正しいとでも言うのか」
「なんてことだ……、こんなことがあっていいわけがない──」
「信じられん。いや、こんなものは悪夢だ!」
あちこちから聞こえる囁き声の中には僕への恐怖心からか、僕を狂人として畏れる声が大多数を占めていた。
それもそうだろう、自分が正義と信じていたことが根底から覆されたのだ。彼らが恐怖しない理由などない。それでも信じる者は、もう僕しかいないという絶望的な状況を理解したらしい。
それに耳を澄ませば──
「う、うそよ。私はどこで、択を間違えたのよ。あぁまじ無理まじ病むリスカしたい」
──味方であるフィオリア・フォン・ラテミチェリーも僕の勝利に放心状態に陥っていたのである。
恐らくその声は、地獄耳を持つ僕だけにしか分からないものであるが、リスカとは一体なんだろう。
そんな声を掻き消すように殿下は僕に声をぶつけた。
「ありえない、こんな、こんな、こんなもの──嘘だッ」
彼は現実を直視出来ずに喚き散らしていた。もはや支離滅裂な言動は、彼が正常な思考を働かせていないことの証明であった。そんな惑う彼らに対して僕の父上であるエルガ・シュレ・カインズは告げた。
「邪知奸悪な狂信徒の言葉に惑わされた愚かしい者たちは分かってくれただろうか? これがアベリア上層部の膿だということを」
父上の言葉に反論するものはいなかった。それはそうであろう、反論の声を上げることすら許されない程、この場は狂気に支配されていたのだ。
「もしこれが真なる王政ならば、この腐り具合は見るに耐えられないものだ。これ幸いとばかりに民衆を扇動し、独裁政治の根を伸ばし、腐らせる土壌を拵えて、いずれ国そのものが毒草へと堕落してくのだろう。そうならないために、悪徳の御輿を引きずり下ろす事こそ、我らが成すべき義務であり、この根を断ち切ることが民を守る為の唯一の手段であろう。法を蔑ろにすれば、必ずまた新たなる悲劇が生まれるのだ。そうは思わないかな? アレイスタ陛下」
投稿が遅れてしまい申し訳ありません。
あまりにも引っ越し作業が大変でして、手続き等諸々は終えたのですが、まだ元いた家の片付けが残っているんですよね……。
それでもはじめ見たときにはこんなの片付けられるかと思っていたりもしたのですが、着実と進んでおります。
作品の方も無理のない範囲で進めていますので、投稿頻度が遅くなる時もありますが、是非とも応援の方をよろしくお願い致します。