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真の嫌者になりたくて!  作者: 箱好鐘
三章 悪人の悪人による悪人のための聖戦
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共に地獄に堕ちましょう


 そうして私は裁判の場に、証人として立っていた。



 我が身を貫くような数々の視線を全身に浴びながら、目の前に広がる法廷席で、構えていた五人の人物を順に見回していった。正面上座に居座るのは裁判長を務める枢機卿であり、左側に構えていたのは被告側であるエトラとエルヒのカインズ本家、兄弟であった。


 

 そして右側、皇室憲兵団の隣に座っているのは──



──ロイシュレイン殿下。



 皇帝陛下の血を受け継がれた金色の髪に蒼い瞳を持つ若き皇太子の姿が見えたのである。その瞳には一切の迷いがなく、真っ直ぐと私を見据えていたのだ。その視線を受けた私は心臓を鷲掴みされたような気分になったのである。




 恐らく殿下は『マナの誓い』があるからこそ、私には何も出来ないと踏んでいることだろう。




 当然のことだ。アベリア魔法大国において誓約を破ることは奴隷化を意味する。中には死を約束することまであるらしいが、プライドの高い魔法使いにとって奴隷とは死よりも屈辱的なものなのだ。




 故に『マナの誓い』を交わす者は皆、それを理解している。だからこそ、誰もが誓約を守って当たり前だと信じて疑わないのだ。




 この私でさえ、そう思っていた。



──あの狂人に言われるまでは。




 奴のせいで頭がおかしくなりそうだったのだが、不思議と冷静でいられる自分に驚いているくらいだった。



 だから私は殿下に視線を向けた。すると彼も同じように私を見詰め返してきたのだ。



「まさかッ!!!」



 聡明な殿下のことだ。私がこれから何をしようとしているのか、勘付いたのだろう。



 その表情は信じられないといった様子で動揺していたようだった。当然だ。


 


 何故なら今から私は──



──『マナの誓い』を破約するのだから。





「不味い! 皇室憲兵団。奴は反逆者である、今すぐ奴を殺せ!!! これは皇令である!!」




 異変に気がついた殿下の怒鳴り声が響き渡った瞬間、会場中がざわついたのがわかった。




「ロイシュレイン殿下は一体どうなされたのでしょう。裁判長であり枢機卿であり、『審議』を持つ私にお任せくださいな」




 そう言いながらも枢機卿は『審議』の判定により、どの発言でさえも有象無象にできると踏んでいるのだろう。



 その証拠に勝ち誇ったように笑みを浮かべているのが分かった。



 だが、それはあまりにも夢物語である。




 審議でさえ跳ね返すことが出来ない誓約の事象を──現実を知るという事がいかに恐ろしいことかを知らない者の戯言にしか過ぎなかった。



 何せ殿下と共にこの事件を起こしたと発言すれば、マナの誓約を破ることを意味し、それは即ち真実となる。




「口を慎め枢機卿。貴殿に出来ることはこの場を見過ごすことだ。早く殺せ!!!!」




 苛立ったように言い放つ殿下の期待に応えるために、絶対遵守である『皇令』を受けた皇室憲兵団並び衛兵の連中は私を殺そうと一斉に魔法を行使したのだが──結局何も起こらなかったのだった。



 それはまるで透明な壁に阻まれたかのようだったと思うかもしれない。しかし、実際に起きたことはそんな生優しいものではなかったのだ。







「国から(ろく)()む官僚共が、悪しき心を患い、権威という傲慢に身を染め上げ、あまつさえ神聖なる法の下で暴虐非道の限りを尽くしている」



 私を悠々と守りきった『彼』はそう言うと、殿下や枢機卿を含めた全員が驚愕した表情を向けていた。



 しかしそれも無理からぬ事だろう。この私でさえ、目の前で起きていることが信じられなかったのだから……。



「これは一体、どういうことかな? 皇帝陛下」




 背まで伸びた黒い髪に鋭い眼光は血を覗く真っ赤な瞳。端正な顔立ちにしなやかな肉体からは覇気にも似た何かが漂っているように見える程だった。まさに神々しいまでの存在感に会場中の人々は圧倒されていたのだ。




「世界最強の五剣──エルガ・シュレ・カインズ」



 誰かがそう呟いた直後、彼は悠然と歩み出したのだ。その一歩は余りにも重く、しかし確実に踏みしめるような足運びは優雅さすら感じさせた。




「カインズ史上最強と言われるカインズ家の『実』の現当主にして──」



「──『魔剣』の名を冠する者」




 その言葉を聞いた途端、会場中からは更にざわめきが上がった。


 なぜこうもエルガは讃えられているのか。


 その実力に一抹の疑いすらないのか。


 なぜなら奴は──




「──この世界で初めてマナとオーラの完全融合に成功した『フォース』の使い手だ」



 外野より放たれた一言が全てを物語っていた。


 通常、マナとオーラは水と油の関係にあり、分離して同時に扱うことでさえ困難を極め、その最先端が『カインズ流剣術の秘伝書』に記されているくらいだ。



 つまり、フォースに行き着く過程ですら、カインズ家にのみ許された技術と言っても過言ではない。しかしエルガはあろうことか、常識を打ち破り、マナとオーラを完全に調和させることに成功してしまったのだ。



 その密度は純粋なマナやオーラとは比べ物にならないほど濃く、圧縮され精錬された領域は何百倍とも言われている。



 だから一度振るえば千の魔物は駆逐されると言われており、『万魔を滅する力』と称され、それが『魔剣』とも呼ばれる所以なのだ。




 一度だけエルガに聞いたことがあった。



 マナとオーラを融合させる時の集中力はどれくらいの必要なのかと──。



──奴はこう答えた。



『左右に同じ建造物が二つ建っているとしよう。部屋の構造から外壁の色合い、建具冊子の種類に居間の内装まで全て同じだ。だが、果たしてそれらは完全に同じだと言えるかい? 材料には木の反りがあれば、天候による塗装のムラもあれば、タイルを精密に貼る技術もいる。高さも横も一センチメルの狂いすらない同じ建物はこの世で存在するだろうか? 要はそういうことだ。調和とは一つのものを創り出すのではない。二つのものを混ぜ合わせ完全なる均衡を保つことだよ。そのために必要なものは膨大な知識量と経験則とマナとオーラのコントロール技術だけだ。センチメルの狂いすら許されないからこそ、凄まじい恩恵をもたらすことになる』



 奴はそう語りながら私の肩に手を置いてこう言ったのだ。



『弱者には決して辿りつくことは出来ない境地──それがフォースさ』



 紛れもない天才だった。いや、そんな言葉では表現できないほど隔絶とした才能を持っていたのだ。



 奴の前では私なぞ赤子を主張することでさえ烏滸がましく、虫以下の存在に違いないと自覚せざるを得ないほどだった。



 そんな奴が、エルガ・シュレ・カインズが、本家の連中が──



──ずっと憎かったのだ!!



 力はあるくせに使おうとしない卑怯者達がッ!


  家柄ばかりを気にする臆病者どもがッ!


 何が英雄の一族だ!! 


 そして何よりも──我が妻を見捨てた貴様が許せなかったのだッ!! 


 弱者は強者を頼らなければ生きて行くことは出来ないのに、強者は平然と弱者を盾にするものだ。




 これでも私は子爵として領民達の思いには応えてきたつもりだ。時には危険を冒してでも領地の発展のために粉骨砕身してきたつもりだった。



 それでも……本家の連中はその努力を嘲笑うかのように私たちを盾にする。



 だから私は殿下から唆されたとき、迷うことなく承諾した。



 全ては本家の連中を陥れるために。



 そしてもう一つが『カインズ流剣術の秘伝書』を手に入れて、娘のローレルに渡すため。心技体全てが高みにある自慢の娘だ。きっと彼女なら秘伝書を読み解き、本家の人間以上に強くなることだろう……。



 そうすればもう私は……必要ない。



 そう思ってた筈なのに──



 なのにどうして────



──お前が私を助けるのだ!!



──エルガ・シュレ・カインズ!!




「何か言ったらどうだい? アレイスタ皇帝陛下」




 その声は冷たく鋭く、それでいてどこまでも遠く響いていくような不思議な声だった。




「ふむ。ロイシュレイン、お前は一体何を企んでいる? この私にも話せない内容なのか?」




 アレイスタ・バン=ブラム・アベリア皇帝陛下は落ち着いた声でエルガの問いに応えるようにして、周囲を窺った。そして小さく溜息をつくと言葉を続けたのである。



「私はお前の事を信頼しているのだが……」



 そう言って、寂しそうに微笑む陛下はどこか哀愁を漂わせているようだった。



「違います陛下。私は何一つ企ててなどいません。私はただ国を想うために仕方なく、この行動に出たのです」


「というと?」




「はい、その理由は──」



 そうしてまた、切り返しを図る殿下は謀に長けていた。だから私はもう、殿下の好きにさせないために、その言葉を遮るようにして口を挟んだのである。





「──それは私からお話し致しましょう」



 その瞬間、誰もが驚いた表情を浮かべた。それは恐らく殿下ですら例外ではなかったことだろう。






 殿下は確かに口がうまい。



 しかしそれ以上に凶悪な口を持つ人間を私は知っている。いや、知ってしまったというべきか……。




──ああ、認めよう。エトラ・シュレ・カインズ。




 血濡れだの狂人だの散々と世間を騒がせてきた人物ではあるが、人を陥れる手腕だけは紛うこと無き天災である。




 そもそもここまで豪華な面子が揃っているというのに、私がわざわざ法廷へと赴く意図すらも理解し得なかった。しかしエトラ・シュレ・カインズは教国が殿下に付くと踏んで、私をこの場に呼び出したことを理解した。




──ああ、なんて恐ろしいやつだ。




 教国を敵に回しながらも完全なる勝利を収める手腕に感服するほかない。



 それだけでない。争ったばかりの不仲であろう賢者を懐柔し、滅多なことでも靡かない聖女さえも味方に引き込んでいるのだ。



 挙句の果てには、その名はハシュラにすら轟いている孤高の悪女、フィオリア・フォン・ラテミチェリーでさえ、彼の手中に収まっているとは夢にも思わなかった。彼女の性格上、協力することはしないだろうと考えていたのだが、どうやら間違いだったようだ。



 正直な話、あの事件が起きたパーティー会場でフィオリア嬢と話を交えた印象は、敵には回したくない女性だというイメージしかなかった。もし敵に回れば、ロイシュレイン殿下にとっては最大の敵になると踏んでいた。



 しかし違った。



 その彼女ですら『駒』でしかないというのだ。




 戦略という言葉が霞むほどの、緻密な策略で構築された盤上は実に見事であるとしか言いようがない。




 あの鉄の意志を持った本家直属の執事ルシウスも、そしてカインズの絶対的な当主エルガ・シュレ・カインズも、エトラを狂人だと蔑む一方で誰も彼もが奴の手の上で踊らされているという事実を知ればどう思うだろう。




 そしてまだ、それだけじゃないのだ。




 あろうことか、本家を憎む娘のローレルでさえ、私のところに来たのだから驚く他なかった。夢でも見ているのかと思ったくらいにはあり得ることがない現実だった。



 あの日、私は悩んだ。



 どうしてこのような姿を人前に見せなければならないのか。プライドも何もかも捨て去った恥ずべき姿を晒し、尚且つ命まで差し出すような真似をしなければならないのか。




──ああ、もう認めるしかあるまい。




 ローレルを溺愛していた私にとって、娘のためならばどんなことだって厭わない覚悟があったからこそ、娘の言葉は何よりも重かった。





 だから──




──この世界中で誰よりも貴様のことを称賛し、敬意に表する。エトラ・シュレ・カインズ。





 本家を誰よりも憎むこの私をも、動かしたのだから──




 貴様には人を動かす何かがあるようだ。そのカリスマ性とも言える魅力は、天才でさえ手の届かない領域だろう。




 何せ、嫌っている相手のために動くなぞ、笑い話にも程がある。しかも命を賭してまで尽くすとは……。



 

 だが、それができてしまうのだ。それを実現してしまうことが、本当に恐ろしい男である。


 

──あぁ、だから私は決めたのだ。




──そんな嫌な奴に全身全霊で尽くしてやると。




 私の『全て』はもう置いてきた。


 

 

 最後まで不甲斐ない親で申し訳がつかない。




 すまぬ。ローレル。後はよろしく頼む。


 




 私は深く息を吸い込むと、意を決したように声を上げたのだった。







「共に地獄に堕ちましょう──殿下」




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