狂祭は誰にも止めれない
「皇室が諸悪の根源であるということを!」
僕の言葉が響き渡ると同時に周囲が再び騒然とし始めたのだ。
「僕はただ力ある者として、それ相応の責任と義務を負っているだけです! 僕は秩序と『正義』の名の下に、絶対的な存在でいなければならない。僕はこの国に蔓延る『悪』を倒すために動いているだけなのです」
僕はこうして『賢者』と『聖女』を味方につけたのだ。
『正義』という言葉の妖によって。
人間は正義という言葉が大好きだ。そして僕も大好きな言葉だ。
なにせ正義とは勝者が作り出す言葉だ。だから勝者と敗者ならば、誰しもが勝者である方を望むだろう。
正義があるからこそ争いが絶えないし、その陰には必ず犠牲となる者がいる。正義という名の免罪符を手にした者は、どこまでも残酷になれるものだ。
だからこそ、この言葉は非常に都合が良いのだ。
何せ言い訳になるのだから。
何故なら逃げ道になるのだから。
そう──勝者こそが『正義』を語れる、とは言うものの、『真実』が『正義』である、とは言わない。
勝者によって、事実が歪められた『真実』こそが『正義』たり得るのだ。そこには必ず利害関係や思想信条による不純物が混入していることだろう。
そこで敗者は悪であると刷り込まれる。
勝てば官軍負ければ賊軍とはよく言ったものである。結局最後に勝つものが正義なのだ。
だが、もしも『真実』が捻じ曲げられるような事態が起こったとしたら?
絶対正義である皇室によって歪められた証言を鵜呑みにしていた民草たちは、一体何を思うのだろうか。
その結果がどうなるのか──考えただけでも愉快な気分になるだろう。
だから、だから──
「これはエトラ・シュレ・カインズによる仕組まれた冤罪です! 皆様どうか騙されないでください」
教国側による絶対的な『審議』の力をもって、この僕を『否定』する瞬間を──。
「ロイシュレイン殿下が仰ったことは紛れもない事実です。エトラ・シュレ・カインズは『悪意』のある発言だけを『切り抜いている』のです」
──ずっと待っていたのだ。
「その発言に責任が持てますか?」
「責任ですか? 所詮はあなたも一介の民であるというのに、自惚れないでいただきたい。それよりもあなたは神聖なる法廷をどこまで穢せば気が済むのですか? 聖女様も皇帝陛下も、裁判を傍聴なされている皆さまも、この男に騙されているだけなのです。早く眼を覚ましてくださいませ」
枢機卿や聖女の発言一つ一つで、愚民共の態度もコロコロ変わるものだから、如何に教国が司法の権威を牛耳っているのかが分かるというものだ。
彼らは権威を振りかざすことで己の権力に溺れ、傲慢にも神託などと宣う輩まで現れる始末なのだから笑い話にもならない。
所詮、人は自分の立場を守ることしか考えていないのだ。
他者を蹴落とし、踏み台にし、自分だけは生き残ろうとする醜い種族でしかないというのに……。
本当に滑稽すぎて笑えてくるではないか。
それでも僕は敢えて、みんなが望む『正義』の姿を演じきってみせよう。
──全てはこの世界に『変革』を齎すために。
「話をすげ替えないでいただきたいものですね。枢機卿猊下はこの法廷に入廷したその時から、自らの『発言』に偽りはないと誓えますね?」
「ふん。誓うもなにも私が述べる事実こそが、全て『真実』でしかありませんからな」
僕の挑発的な質問に対して、老獪な聖職者は勝ち誇ったように嘲笑してみせた。その表情からは余裕すら感じられた。
確かに枢機卿の言う通り、法廷の場において、彼を弾劾することは困難を極めるだろう。なにしろ彼に同調して喚き立てる民衆の存在に、多数の聖職者並びに貴族位を持つ権力者までいるのである。
これ以上ない程に『完璧』に根回しが行われているのだ。
本当ならばこの時点で僕に出来ることといえば、精々場を掻き乱すことくらい『だった』──。
この勝ちようのない状況を前に、誰が勝てるというのだ。そもそも最初から敗北は確定していたのだ。
だから、ゆえに────
こうなることを想定していた『悪女』フィオリア・フォン・ラテミチェリーには感謝しよう。
その上で、この僕からの最大の敬意と称賛を込めて、是非とも尋ねたいものだ。
──君は『どこまで』見えている?
彼女のことだ。きっと『全て』を見透かした上で、僕と相対したに違いない。
しかし、君は一つだけ見誤っていることがあるようだ。君が何を企もうと知ったことではないが、僕という存在は決して侮っていい相手ではないことを知らしめてやろう。
あの敗北を前提とした話から推測する限り、きっと先を見通す彼女にも、この裁判ではロイシュレイン側の勝利で幕を閉じるように見えていたに違いない。
実際、この僕ですら『途中までは』そう思っていたくらいだ。
もう一度、誓おう。フィオリア・フォン・ラテミチェリー。
──僕は君を『罪人』にはしない。
君のお陰で『絶対的』な『勝利』を掴むことができるのだから。
この裁判が始まった時点で、僕の勝利は決まっていた。それこそ、既に『詰み』の状態だったのだ。あとはただゆっくりと駒を進めていけばいいだけだったのだから、実に簡単な作業だったと言えるだろう。
だから僕はまた駒を進める。冷静に冷酷に、冷徹に粛々と進めるだけだ。
既に状況は最終局面へと差し掛かっているのだから──
「事実しか述べてないと、そうおっしゃるのですね? ならば交わしましょうではありませんか!! 『マナの誓い』を』
判決が覆った先は、僕がこのアベリアを裁いてやろう。
そのために──
「枢機卿猊下だけではありません。聖女様を除く、教国側の人間にロイシュレイン殿下もですよ? その言葉に責任が持てるのでしょう? 事実なのでしょう? だったら堂々と『誓約』しましょう」
「誓約を交わすだと? ふざけたことを言うものだ。そもそもこちらにメリットはないではないか!」
「ならば僕が間違っていた暁には『カインズ伯爵家』はあなた方の軍門に下りましょう」
「なんだと!?」
その言葉を受けて会場は一斉にどよめき立った。それもそのはずだ。
現在僕は、仮にも『当主』である。
つまり世界最強の一人として名高い父上を差し出すと宣言したに等しいからだ。
だから被告人であるエルヒ兄さんでさえ──
「もうオレのことはいいからそれだけはやめろ。オレを救いたい熱意は充分伝わったから」
顔を青ざめさせながら必死に制止しようとしてきたほどだった。発言に含まれた盛大な『勘違い』は僕からしてみれば滑稽である。
──誰も兄さんを救うためとは言っていないのに。
僕が誰かを救うために動くだと?
笑わせるなよ──
──僕は僕のために動いているだけだ。
この裁判の終幕に全てが分かるだろう。
僕が何を望み、何を成し遂げるかを──
「エトラ・シュレ・カインズ伯爵がそこまで仰るならば、『マナの誓約』を交わしましょう。エルガ卿も申し分ないですね?」
「……あぁ、今回の出来事は全て、エトラに任せている」
父上の返答を聞いて満足したのか、枢機卿はまるで獲物を見つけたかのように目を細めて舌なめずりをして見せたのだった。
「殿下もよろしいですかな?」
「あぁ、むしろ願ってもない申し出だ」
そしてロイシュレインもまた快諾したのである。
すると周囲から再びどよめきが起こるのだが、枢機卿はそれに構うことなく続けたのだ。それはまるで聴衆の反応を楽しんでいるかのようだった。彼はその笑みをさらに深めていくのである。
「では、皆様よろしいですな?」
「もちろんだとも。僕、エトラ・シュレ・カインズは────」
──こうして僕たちは各々誓約を交わしたのだった。
その様子を眺めていた聴衆たちは戸惑いながらも次第に納得していき、未来の勢力図を予想するものまでいた。
「あのカインズが完全にアベリアの奴隷になるというのか?」
「この場合、教国の配下とも捉えられるけど大丈夫なのか?」
「何はともあれ、あの英雄の一族、『カインズ』の本家は滅ぶのだ」
「これは新しい『時代』の始まりかもしれないぞ!」
そんな声があちこちから聞こえてくるようになったのだ。その全てが、まるで皇室の勝利でも確信しているかのようだった。
──あぁ、この僕が『時代』を変えてやろう。
全ての人類にとって、『転換点』となりうる時代に──。
そう、この日を境に新たなる『世界史』が刻まれることになるのだから──
「くっくっくっくっくっ、あっはっはっはっはっはっは、あはははははほははははは、あーははははははは!!」
もう笑いが止められなかった。こんな楽しい時間は久しぶりだったからだ。
自然と溢れ出す笑いを抑えられない。いや、抑えようともしなかったと言った方が正しいのかもしれない。
それほどまでに愉快だったのだ。
「ついに狂っちまったか」
「血濡れ王子に全て任せるからこうなるんだ」
「カインズはこの瞬間で全て終わったな」
そう、この瞬間こそが僕の待ち望んでいた至福の時なのだから──。
「枢機卿猊下。お願いがあります」
「ふん、怖気付きましたか。もう『誓約』を取りやめることはできないのですよ? 今更、懇願しても遅いです」
そう言って、枢機卿は僕を嘲笑った。しかし、そんな表情など痛くも痒くもなかった。彼がどんな表情を浮かべていたところで、僕の思い描く結末は変わらないのだから──。
「違いますよ。ただ最後の証人を請求したいのです」
「……証人ですか? まだ諦めてないのですね。まぁいいでしょう。それくらいならば発言を許しましょう」
僕はニヤリと笑ってみせた。
この笑顔は果たしてどこに向けたものだったのだろうか。
これから起きる『真実』を証言してくれるであろう人物になのか、僕を散々虚仮にしてくれた目の前の連中に向けてだったのか、それとも破滅に向かう未来に向けたものなのか、もはや僕には分からなかった。
しかし、そんなことはどうだってよかった。なぜならこれは僕が望んだ結末に他ならない。
だから僕は高らかに宣言してやった。
「ありがとうございます。それでは始めましょうか。入ってきてください──」
そうして僕は指を鳴らしたのだ。その直後だった。一人の人物がこの広間に入廷した。
夜を浮かぶ黒い髪に、血よりも深い真紅の瞳。整えられた黒い髭も艶やかに光るその人物こそ、僕の待ち望んでいた証言者にして──『絶対的』な証明方法を持つものである。
──さぁ、早くこい。
「──スターチス・カインズ」