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真の嫌者になりたくて!  作者: 箱好鐘
三章 悪人の悪人による悪人のための聖戦
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狂気は満ちた



────上出来だ。




『僕』は目の前で繰り広げられた茶番劇を見て思わず笑ってしまった。何せ僕が望んでいた以上の展開になったのだから。


 エルヒ兄さんの心も救われることだ。



 それもこれも『彼女』がこの場で見せてくれた『誠意』に他ならない。



 本当は世界樹の雫『一滴』だけを贈呈するつもりだったが、わざわざ『罪人』に身を堕とす覚悟まで持ってくれたのだ。ならば相応の礼を尽くさねばならないだろう。



──だから僕も君の『誠意』には応えよう。



 僕は君を『罪人』にはしない。


 

 君ならばきっとこれからも、最高の『共犯者』になってくれるだろうから──。



「どうやらこれで決着がついたようですな。フィオリア嬢は『罪人』として新たな道を歩み始める決意を固めたようで何よりです」



 そう述べた枢機卿は、先程とは打って変わって上機嫌だった。恐らく彼の思惑通りにことが運んでいるからであろう。その証拠に周囲から拍手喝采が湧き起こり始めていたのだ。



 そんな時だった。


 ある『声』が響き渡ったのは──


「──僕は! フィオリア公爵令嬢が嘘を吐いているとは思えません!!」



 傍聴席から突如として立ち上がった人物がいた。何色にも染まりそうな白髪に僕と同じ真紅の瞳を持つ少年だった。




 僕を死の淵へと追い込んでくれた『宿敵』であり、好敵手でもあり、僕のかけがえのない駒でもある、『賢者』の称号を持つアマルティアだった。


 その姿を見た枢機卿は表情を一変させ怒りを露わにすると、彼を怒鳴りつけたのだ。



「貴方が誰であろうと神聖なる裁判において、許可なく発言することは許されませんぞ! たとえ、偉大なスキルを持つ『賢者』だとしても」


「それが不当なる裁判でもですか?」


「いい加減にしてください。ここは貴方の私的な場ではないのですよ?」



 彼の不遜な態度が気に入らなかったのか、枢機卿は更に語気を強めた様子だった。だが、それに臆することなく少年は反論したのである。



「間違っていると分かっていながらも見過ごす方がよほど罪深いではありませんか? それともあなた方にとって『法』とは、権力を行使するための単なる言い訳に過ぎないのですか?」


「なっ!? なんという無礼な!! おい! 誰かあの者をつまみ出せ!!」




 顔を真っ赤に染め上げた枢機卿の命令によって兵士たちが動き出したところで、今度は別の声が響き渡ったのだ。





「お待ちください! 皆様、どうか落ち着いてください!」




 彼女の一声により混乱していた会場内は静寂に包まれたのだった。



 右耳元から流された銀髪は艶のある光沢を放ち、透き通るような白い肌に輝く翡翠の瞳。淡く白いドレスがより一層その美しさを引き立てていた。まるで芸術品のような美しさを兼ね備えている少女である。



「何故、聖女様がここにいらしているのですか!?」


 枢機卿が驚きを隠せない様子で問いかけると、『聖女』アリア・ルーデンは凛とした態度で答えたのだ。



「この度の騒動についてお話があって参りました」


「一体どういうことでしょう?」


「この場にいらっしゃる方々の中には、今回の裁判についての疑念を抱いている方も少なからずお見受けします。そして私もその一人でございます」



 そこまで言うと、アリアは僕の方へ向き直ったのだ。その表情はとても穏やかで慈悲深く見えた。





──変わったね。




 何が彼女を変えたのかは知らない。


 可能性として、『聖女』の内部スキルにはもしかしたら人格を『補正』する『二重人格』とやらがあるのかもしれないし、それこそ『隠しスキル』の『ヒロイン補正』というものが入っているのかもしれない。


 或いは何らかの『試練』を踏破したことで殻が剥けた可能性も否定できない。



 それだけ今の彼女には、他者を惹きつけるだけの魅力があることは確かだ。少なくとも、あのジェイ教授に罵倒された時に比べて圧倒的に違うことは間違いないだろう。



 それ故に彼女が放つ言葉一つひとつに重みを感じるのだ。



「そこで私なりの見解を申し上げたく存じます」


「見解ですと? 聖女様と言えども、たかだか学生風情に一体何が分かるというのですかな?」



 枢機卿は明らかに不機嫌さを隠そうともせずに食ってかかったのだが、彼女は顔色一つ変えることなく答えたのだった。



「私の個人的な意見ではありますが、そもそも今回の騒動の発端はロイシュレイン殿下のお立場に問題があるのではないかと考えております」



 その言葉に再び会場内がざわめき始めた。



「だから私──アリア・ルーデンはエトラ・シュレ・カインズ様のご決断を支持いたします」



 彼女はそう告げると優雅に一礼してみせたのである。その瞬間、会場内は再び水を打ったように静まり返ったのだった。


 要するにそれは、ここで起きた被告側の事象に対する責任の所在を請け負うことでもあるのだ。


 だからこそ誰もが彼女に釘付けになっていたのである。



 そんな中、当事者の一人であるロイシュレインが口を開いた。


「聖女様は『真偽』を持つ者たちよりも、『真実』を見抜くことができると申されるのか? 教国から派遣された人間は、枢機卿猊下だけではないのだよ。まさかとは思うが、ここにいる全員が虚偽を述べていて、この私もその偽りの一部だと仰りたいのかな? それとも大罪人にすらも肩入れするというわけか。あぁ、なんて慈悲深き聖女様なんだ」



 彼は皮肉めいた口調でそう言うと高笑いを始めたのだ。その様子を見ていたアリアの表情はどこか悲しげであった。



「ええ、迷える子羊には救いの手が差し伸べられるべきですから」



 その言葉を聞き終えた瞬間、周囲が再びざわつき始めたのだ。



「一体何が起こってるんだ?」

「あの悪女が言っていたことは事実だと?」



 無理もないだろう。何しろその言葉は、まさに教皇聖下がよく口にされるお言葉だった。





そしてそれを口にだすということは即ち──。




────この裁判で教国側は割れたことを意味していた。




 前代未聞の事態に誰もが動揺を隠し切れないでいたのである。そんな中、最初に声を上げたのは他でもない、この場を取り仕切っていたはずの枢機卿だったのだ。


「聖女様、もう後戻りはできませんぞ? よろしいのですかな?」


 枢機卿の言葉を受けたアリアは静かに頷いた後にこう告げたのだ。




「はい、構いません。私が求めるものは真実のみですから」


 そしてこう続けたのである。


「だからこそ私はこう申しましょう。迷える貴方にも神のお導きが必要なのです。自らの行いを見つめ直し、悔い改め、そして神の御許へ旅立つことを望みます」




 その光景はまるで絵画のように美しくもあり幻想的でもあったのだが、それと同時に周囲の空気が一気に張り詰めていくのが分かった。


 いくら枢機卿が教皇聖下に次ぐ権力者だからといって、聖女の発言を無碍にするわけにはいかなかった。


 何しろ、枢機卿は『替え』が利く人材であるのだ。


 そして聖女は複数人いるものの、替わりになる者は誰一人として存在しない。



 つまり、今現在アリア・ルーデンはこの世界で最も発言力を有する一人と言っても過言ではない。だからこそ誰も彼女の言葉に異を唱えることができない。


 しかしそれは同時に枢機卿にとって不都合極まりないことだったのだろう。彼は舌打ちをすると声を荒げて言ったのだ。


「えぇい! これだから平民上がりの小娘は権力を持つと碌なことにならないのだ!」


 その言葉を聞いて即座に反応したのはアマルティアだった。


「教国の神官が権威を笠に着て、平民を蔑むなど言語道断ではないでしょうか?」


 アマルティアの口調からは静かな怒りが滲み出ており、彼がいかに憤慨しているのかが窺えた。しかしながら当の枢機卿は反省の色を見せるどころか悪びれる様子すらなかった。それどころか、更なる暴言を吐き散らしたのである。


「貴様こそ身分も弁えず、神聖なる法廷に口を挟むとは何事だ! 全く嘆かわしい、これがアベリアの未来を担う賢者だとは世も末だ」


 そう言ってわざとらしく頭を抱えると周囲を見渡してから、アマルティアを睨みつけたのだ。その視線は侮蔑と軽蔑に満ちていたことだろう。



 そんな視線を真っ向から受け止めた彼だったが、それでも引くことはなく、もはやお互いが感情剥き出しといった様子だった。






────さて、そろそろ頃合いかな。




 ここまで綺麗に分裂してしまうとは、僕にとってこれほど好都合なことはない。



 僕は内心ほくそ笑みながら徐に立ち上がると、周囲を見渡してからこう告げたのだ。



「これ以上、慎みのない発言はお控えになった方がよろしいかと」



 僕の言葉に反論する者はいなかったものの、全員の視線がこちらへ向いたのを確認すると続けてこう言った。



「これはまだ『序章』にしか過ぎませんから」



 その言葉を聞いた一同は、僕の言葉の意味を理解しかねたのだろう。皆が皆、怪訝そうな表情を浮かべていたのだが、その中でも最も顕著だったのが──やはりアリア・ルーデンだった。



 僕が何を言わんとしているのかを理解しているからこその反応だろう。その証拠に彼女はとても悲しそうな表情を見せていたのだから。





 なぜアマルティアとアリアは僕の味方をするのか、その答えは至ってシンプルだ。



 彼ら二人は僕に『騙されている』からである。



 そうでなければこのような状況に発展することはなかっただろう。彼らは僕のことを思って行動してくれているに違いない。



 ならば僕はその思いに応えるべく、全てを『利用』させてもらおうではないか。



 その為にまずは──。



「それではここからは、僕、エトラ・シュレ・カインズが皆様にお話をいたしましょう」



 僕はそう前置きをした。


 

 今から語る内容の『真実』は僕とロイシュレインしか知らないことであると同時に──。



──僕にとって、大逆転の足掛かりになる最高の『布石』なのだから。



「原告人であり、騒動の首謀者であるロイシュレイン・バン=ブラム・アベリア殿下が、どれほど恥知らずで救いようがない行いに手を染めてきたのかを。どれほど残虐非道な所業を犯すつもりなのかを。どれほど残忍で罪深い『人間』なのかを──この場で証言させていただきます」



 その言葉に聴衆が一斉に沸き立ち始めるが、当のロイシュレインは涼しい顔でこちらを見つめていた。


 勝利を確信している彼の余裕綽々な態度も、あと少しで歪めることができると思うと自然と口角が上がってしまうものだ。


 一方、アリアも複雑そうな表情をしていたのだ。それも当然だろう。




 ここから僕はあくまでも『真実』であって、『真実』でもない内容を語り始めようとしているのだから──。



「その前にこの『録音』をお聞きください」



 そう言って懐から取り出した小さな水晶玉のアーティファクトを見せびらかした。その瞬間、ロイシュレインの表情が一変したのだが、すぐに取り繕ったような笑みを浮かべてみせたのだった。




──果たして傍聴席に居座る愚民共は、これを耳にして平然でいられるかな?



『賢者』であるアマルティアも、『聖女』であるアリアも、執事であるルシウスすらも欺いたこの悪魔の『録音』を聞いて──。



「──ぽちっとな」



 全てを壊滅させてやろう。




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