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真の嫌者になりたくて!  作者: 箱好鐘
三章 悪人の悪人による悪人のための聖戦
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悪女が舞った先に待っているものは──


「私、フィオリア・フォン・ラテミチェリーはこの事件の真実を知る一人として、その全てを皆様の前でお話させて頂きます」


 その瞬間、会場内は静寂に包まれたのだ。


 誰もが私の発言に注目していた。それこそ異様なまでの緊張感に包まれていたのだが、不思議と嫌な感じはしなかった。むしろ心地よくすらあったのだ。


 だから私は背筋を伸ばしたまま胸を張って堂々と言い放ったのだ。



「事件当時、私はスターチス・カインズ子爵と行動を共にしていたのは、周知の事実でありましょう。そこで私は彼とある『取引』をしました。これをご覧ください」


 そう言いながら、私は懐にある袋から中身を取り出した。


 複数の葉がからなる先には黄色の花穂を持つ小さな花が連なっていたのだ。


 それを見た人々は一斉に息を呑んだのが分かった。当然の反応だとは思う。


 何せ、これは第三皇子暗殺未遂事件に使われた粉末の原料である『マナフラワー』だからだ。驚くのも無理はないはずだ。


 しかし私は構わず続けることにした。このまま黙っていても埒が明かないからだ。



「まず前提として皆さんにお伝えしなければならないことがあります。ここにあります『マナフラワー』は正真正銘、私がスターチス・カインズから受け取ったものです」



 それを聞くや否や、周囲の反応が目に見えて変わったのが分かった。


 理由は分かっている。


『対抗魔力物質:アンチマナテリアル』を個人間の取り引きで売買すること自体が違法とされているからだ。しかも、これは合法的に購入できるものではなく、非合法な手段によって手に入れたものであるため、余計に問題があるという訳だ。



 言うなれば『麻薬』のような扱いである。



 つまりこれをこうして持っているということは『法律違反』を公然としていることになるのだ。だからこそ、この花を所有することは大それたことなのである。


 しかし、そんなことは知ったことではない。今更そんなことを気にしてなどいられないのだ。だから私は敢えて口にしたのだ。



「これが一体何を意味するのか……皆さまお分かりですね? あの日、あの会場のワイングラスに『対抗魔力物質:アンチマナテリアル』の粉末の混入を企んだのは、決してエルヒ・シュレ・カインズではなかったのです。かといって、この『対抗魔力物質:アンチマナテリアル』の原材料となった植物──マナフラワーを持っていたスターチス・カインズでもなかった」



 その言葉を聞いた人々が一様にざわつき始めたのだが、まだこれだけでは終われないと思った私は更に続ける。



「何故なら、スターチス・カインズには私と接触を図る必要があったからです。殿下の初めての盃を交わす人物は、婚約者である私以外にあり得なかった。それを阻止するためにスターチス・カインズを私の元へ誘導した人物がいたからなのです」



 そこまで言うと辺りは再び静まり返ったのだ。皆が固唾を呑んで見守っていたからであろう。誰も口を開こうとはしない様子を確認してから私は先を続けた。



「ねえ、愛しい『婚約者』様? 賢い貴方ならご理解しているのではありませんか?」



 私が視線を送った先にいたのは、ただ一人──ロイシュレイン・バン=ブラム・アベリアだった。



 彼は冷酷に、そして優雅に笑みを湛えていた。



 その瞳からは感情というものが全くと言っていいほど感じられなかったのだが、それでも私が言いたいことを理解した様子で、ゆっくりと立ち上がった。



「エトラ・シュレ・カインズに続き、今度もまた何を言い出すのかと思えば、随分と面白い捏造をなさるものだね、我が婚約者殿は……」



 嘲笑うように言葉を吐き捨てる姿はまさしく悪役のそれに他ならなかったが、これこそが私が待ち望んでいた瞬間でもあったのだ。


 ようやくここまで来たのだと感慨深い気持ちになったが、ここからが正念場なのだと自分を鼓舞する。



「元を正せば、エルヒ・シュレ・カインズがどのようにして会場全体のワイングラスに『対抗魔力物質:アンチマナテリアル』を仕込もうとしたのか……そこを追求すべきではありませんか?」


「それについては皇室憲兵団が証言していたではないか。エルヒ卿は『主導的立場』であったと。だからあの日にワイングラスを手配した使用人も、それを運び込んだ仲介人までも全員が捕らえられたのではないか」


「そう──冤罪でね? でもロイシュレイン殿下にとってはとても都合が良いことでしょう。後ろめたい人間を合法的に消すことができるのですから──」


「それはどういう意味かな?」


 ロイシュレインは私の言葉を遮るように問い質してきたが、私は怯むことなく言い返した。


「今回捕えられた人物は何かしらの前科がある人ばかり。恐らくそういった人物を選別したのでしょう。ロイシュレイン殿下は人が良すぎますから。それが完全な無実であれば罰することを躊躇ってしまう。ならばいっそ捕らえてしまっても問題ない人を選定してしまえばいいという考えに至った訳です。そうすれば、余計な被害が出なくて済むと考えたのではないですか?」


「逆に罪人であるからこそ、また罪を犯した、とも考えられるが?」



 確かにその通りだ。実際、今回捕えられた人間の中には、裏社会に繋がりを持つ人間もいたのだから仕方ないとはいえ────



「あくまでもこれはロイシュレイン殿下がお開きになられた生誕祭です。わざわざ罪人を選定したというのですか?」


「それについては私の未熟さが招いた不手際だったと認めよう」



 そう言うと、ロイシュレイン殿下は素直に頭を下げたのだ。その光景を見て、周囲がどよめいている中、あまりにも都合が良すぎる展開に思わず笑ってしまったのだ。



「ならば教えて頂けませんか? 何故、初めてのお酒を酌み交わす人物が、婚約者である私を差し置いて、エルヒ卿を優先なさったのか。私にはこう見えます。エルヒ・シュレ・カインズを犯人に仕立てあげることで、カインズ『本家』の掌握を狙ったのではないですか?」


「はぁ、また絵空事を述べ──」


「──私は始めに言いましたよね。スターチス・カインズ子爵と『取引』したと」



 ロイシュレイン殿下の反論を遮り、話を続けることにした私は彼の青い瞳をジッと見つめて逸らさなかった。




「その『内容』こそが、あの場で起きた事件を『黙認』する報酬として、『マナフラワー』を要求したのです。つまり私は全て知っていたのです。ロイシュレイン殿下とスターチス・カインズがカインズ『本家』を潰すために水面下で『取引』していたことを。だからスターチス・カインズは私を牽制し、エルヒ・シュレ・カインズを嵌めた。招待客による咄嗟のマナ事故が起きないよう迅速に。かつ自然にマナを扱える算段を整えた上で。元を紐解けば、ワイングラスにマナフラワーの粉末を仕込むのも殿下ならば容易いことですよね。御身自らがお開きになられたパーティーですもの。それにスターチス・カインズが殿下の御意志の元で、容疑者から除外されていることもおかしな話ではありませんか? たとえ『真偽』の審判にかけられたとしても無罪放免となるよう手回しされていたはずです。そうでしょう? 枢機卿殿」




 私は最後に枢機卿へ問いかける形で締め括った。枢機卿は一瞬、表情を曇らせたように見えたが、すぐさま取り繕うような笑みを浮かべてから口を開いた。



「ところでフィオリア嬢は、裁判が始まるつい先日にエトラ・シュレ・カインズと密会をしていたようですが、何か──申し開きはないのでしょうか?」



「申し開きですって?」



「はい。そこで禁忌とされているマナフラワーの取り引きをなされたのでしょう? とても重厚な作り話でしたが、流石に罪を逃れるために噓を並べ立てるなど許されませんぞ」



 枢機卿は嫌味たっぷりな口調でそう言った後、口角を上げて笑みを浮かべたのだった。


 その瞬間、私は笑いが込み上げてきたのだ。



 こうして平気で他者を欺き、罪を擦りつける姿はとても『教国』の人間とは思えないからだ。


 だからこそ私も同じように返すことにしたのだ。



「あら、ご存知ないのかしら? どの道、私はスターチス・カインズとのやり取りで罪を犯しているのだけれども? 私にとってそれが、エトラ・シュレ・カインズであろうと無かろうと関係ないわ。そもそも私はこの事件が起こる前から全容を知っているのですもの。それをわざわざ見て見ぬ振りをしたと言っているわけではありませんか? 不法行為にお力を添えさせていただくことが、唯一、婚約者の私にできる、ロイシュレイン・バン=ブラム・アベリア殿下への『プレゼント』だと思いましたから」


 

 私は堂々と胸を張って答えてみせたのだ。すると枢機卿は小さく息を吐いてから答えたのだった。



「証明ができない以上、貴女の主張を認めるわけにはいきますまい。それに、誠に遺憾ではありますが、フィオリア嬢の主張は詭弁であり、妄言であることをここに宣言いたします。私の『瞳』は欺けませんよ?」



 そう言い放つ枢機卿の顔は自信に満ち溢れている様子だった。




「あら『真偽』頼りの審判とは矛盾なさっているのではなくて? それでは公正なる裁判とは言えませんわよ?」



「証明できる人間がいない以上、『盟約』に基づいて最後の判定は裁判長に委ねられることになっています。そもそも私が虚偽を述べているならば、傍聴席で見張る教国の人間から異議が入ることでしょう」



「つまり枢機卿殿が正しいということですか。この私が虚偽を提唱する利点はどこにあるというのでしょう?」



 

 私はわざとらしく小首を傾げてみせた。そんな私を見た枢機卿は鼻で笑った後に言い放ったのだ。




「これはこれは……いくらラテミチェリー家の公女様とはいえ、その名の威光を借りて好き勝手するにも程がありますな。流石は『悪女』と揶揄されるだけはありますね」



 その言葉が引き金となったのだろうか、周囲のざわめきが大きくなっていったのが分かった。



「そうだ! あの女は悪女だ!」

「なんて最低な女なんだ!!」



 まるで洪水のように罵詈雑言が飛び交っていたのだ。


 しかし、それらはもはや聞き慣れた雑音でしかないため、最早気にすら留めていなかった。


 そんな中、ロイシュレイン殿下だけが黙ってこちらを見つめていたのだ。その表情はまるで仮面を被っているかのように無機質で感情が一切感じられなかった。


 その顔を目にした瞬間、私は──ゾクリとした感覚を覚えた。



 だからこそ、私も彼を見つめ返したのである。



 互いに視線を外さずに沈黙を貫いていると、その様子を見ていたらしい人々が更に騒ぎ始めたので、このままでは収拾がつかないと判断したのか枢機卿が咳払いした後に告げたのだ。



「静粛に!」



 その言葉と共に辺りが静まり返ると、彼はこちらを見据えながら話し始めた。



「既に罪を犯した者が『虚実』を語れる道理はありません。よってこれ以上、議論の余地はなく──」



「──もう一度言いますが、私が『婚約者』を裏切ってまで、得られる利がどこにあるというのでしょう。ただただ気になるのです」



 私が枢機卿の言葉を遮ってまで発言したことで周囲が再びざわつき始めたのだが、そんなことはどうでもよかった。


 

 今はただこの胸中に渦巻く想いを吐き出してしまいたかったのだ。



「フィオリア、お前という奴はどこまでも……」



 お父様までもが呆れたと言わんばかりに小言を吐いていた。



 そして────



「──『婚約者』ね。『利害関係』も『義理人情』もなく、『愛情』さえもなかった。あるのは『損得勘定』だけの『婚約』に果たして何の意味があったというのか」



 ロイシュレイン殿下がぽつりと呟いたことで会場内が静まり返った。


 それは誰しもが思っていながらも決して口にできなかった言葉だったに違いない。誰もが思っているはずなのに誰も言い出せなかった言葉を彼が代弁してくれたお陰で私はとてもスッキリしたのだ。



 そしてこの後に続く言葉も知っている。



「君が望むようだし、婚約はこの場で破棄してあげよう。幼い頃はあれだけ僕を好いていたというのに、フィオリア嬢も変わられたものだ。シュラウド卿もそうは思いませんか?」




 ロイシュレイン殿下の問いかけに反応したお父様はゆっくりと頷くと私の方を向いてきたのだ。その顔は何とも言えない複雑そうな表情をしており、言葉にこそしないものの、言いたいことはよく分かった気がした。





 だから私はこう答えた。




「お父様は娘の私よりも殿下を優先なさるのですね」




 今だけは────




──弁えのない侮辱も甘んじて。



──礼儀すら忘れた蔑視も呑み込んで。



──心無い誹謗だって構わない。



──思慮が欠けた失望さえ迎えよう。



──今だけは全ての罪を被ってもいい。




 今だけは、今だけは────




「ああ、そうだ。フィオリア、お前は今日よりラテミチェリーの名を捨てなさい。『罪人』にその名を名乗る資格はない」




──この瞬間だけは全てを受け入れる。




 どうせ『今まで』の私に味方なんていないから。


『今まで』はずっと孤独に生きてきたのだから。



 過去なんて振り返っても仕方がない。


 ならばいっそのこと全てを投げ出してしまおう。


 所詮『これまで』と何も変わらないのだから。




「……ええ、構いませんわ。今までありがとうございました。シュラウド・フォン・ラテミチェリー公爵閣下」



──これは決別の言葉だ。



 こうして私は貴族令嬢としての肩書きを失い、ただの『罪人』へと成り下がる。



 しかしそれでも構わなかった。


 

 何故なら今の私は『悪人』なのだから。



 そう思った時、自然と笑みが溢れてしまったのだ。だっておかしいもの。



 漫画やアニメでよく見る『正義』の味方なんて何処にもいないのに。



 たった一人の『悪』の味方がこんなにも心強いだなんて知らなかったのだから────。





 だから、だから──────






────あとは頼んだわよ。











──エトラ・シュレ・カインズ。




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