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真の嫌者になりたくて!  作者: 箱好鐘
三章 悪人の悪人による悪人のための聖戦
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悪人による先陣は誰の手に



──これが本物の裁き……なのね。



 その光景を目にしながら、私は同情の念を禁じ得なかった。


 彼の気持ちは痛いほどよく分かるからだ。私も冤罪で捕まったら同じような行動を取るだろうと思うと尚更だった。


 そして何より、私も同じ状況下に置かれたとしたら、どうなってしまうのだろうかと考えずにはいられなかった。


 そう考えると恐怖に身体が震えてしまうほどだった。



──未来の私、フィオリア・フォン・ラテミチェリーも、こんな感じになるのかしらね。



 ふと視線をあげると、そこには泣き崩れるエルヒの姿があり、それが余計に自分の未来の姿を想起させるようで心が痛んだ。



 だが、それ以上に私の心をざわつかせたのは、エトラの存在だった。



「兄さぁん。往生際が悪いですよ。諦めたらどうですか〜?」


「お、お前はどちらの味方なのだ」


 誰一人として手を差し伸べようとする者はいない中、それどころか更に自分の兄を追い詰めていく弁護人がそこにいた。


 嘘をついたら舌を抜くと言われる閻魔大王ですら、これにはドン引きするに違いない。



「僕が誰の味方であるか、この裁判の終幕に分かることでしょう」



 そう言って微笑むエトラの顔はとても美しかった。しかし、どこか歪んでいるようにも感じられた。



 その違和感に一瞬ではあるが背筋がゾッとしたのだ。



「そ、そうだ! 殿下なら……ロイシュレイン殿下なら、分かってくださいますよね? 決して『マナの祝福』を唱えさせるように『誘導』なんてしないはずです!」



 エルヒは懇願するような目つきでエトラの反対側に座るロイシュレイン殿下を見つめていた。その姿からは藁にもすがる思いであることが容易に見て取れた。



 しかし──


「申し訳ないが、私には何も言えまい。私の立場上、貴方にかけられた容疑を否定することは出来ない。やはり我が婚約者であるフィオリア嬢をさしおいて、真っ先に貴方と懇意にしていたという事実は変えられないのだから、そのような『邪』な企みを用意していたとしても不思議ではないと考えるのが妥当だろう」


「……なんで、そんな……」


 その言葉には悲痛な思いが込められており、絶望に満ちた表情で呻くエルヒの姿に、思わず目を背けてしまった。


 ここまでくると流石に気の毒でならないと感じざるを得なかったのだ。



「罪を認めぬ姿勢には辟易させられるばかりだ。自らの過ちを認めることすら出来んらしい」



 アレイスタ陛下のその言葉を皮切りに、会場中から非難の声が沸き起こった。最早、誰が何を言っているのか分からないほどに喧騒が広がっていた。


「いい加減に認めて謝罪したらどうなんだ!」

「そうだそうだ。何が次代の『英雄』だ!」

「そもそも、『英雄』の名を騙るなどおこがましいとは思わないのか?」

「『英雄』の名を貶めるつもりか!」


 その言葉の数々は容赦なくエルヒに浴びせられたものだった。それらの罵声は聞くに耐えないものだったが、それを言う彼らの気持ちもよく理解できた。



 彼らにとっては、これは単なる余興でしかないのだろうから。



 それもそのはずで、彼らの中には、求めているものが『面白いもの』であって、『本当の意味での判決』など、どうでもいいという人もいる。



 マスメディアを構成する記者のように、面白おかしく書き立てるのが、役目とでも言わんばかりに、彼らは嬉々としていた。



 エルヒがどんな人物かも知らないくせに、自分たちにとって都合の良い『物語』を求めているのだ。



 『真実』を知ろうともせず、ただ、その『虚飾』だけを読み取ろうとする、実にくだらない行為だ。



──あぁ、嫌になる。


 結局、私がどれだけ足掻こうと、この流れは変わらないのだろうなと、悟ってしまった。


 所詮、私はただの『悪女』であり、それ以外の何者でもない。だから、どんなに声を張り上げようとも、『言葉』は『言葉』に過ぎない。


 人々の心には響かない。



 そう思わせる程の『悪意』がこの空間を支配していた。



 そんな中、枢機卿が口を開いた。


「皆様方、静粛に! いくら『罪人』に向けた発言と言えど、これ以上は看過できません」


 その言葉に、周囲は静まり返った。そして、先程までの喧噪が嘘のように静寂が支配したのだ。



 その様子を確認した枢機卿が『エトラ』に向き直ると、彼は静かに語り始めた。


「さて、これより弁護人の発言を許可しましょう。立証をどうぞ」



「慈悲深き枢機卿猊下に感謝致します」



 そう言うと、エトラは静かに立ち上がった。



「僕、エトラ・シュレ・カインズは、カインズ家の臨時当主として、今回の裁判で、被告人エルヒ・シュレ・カインズへの疑いについて反論させていただきます」


 エトラはそう言って深々と頭を下げると、一呼吸置き、言葉を続けた。それはまるで演説のようだった──いや、実際にその通りなのかもしれない。



 聴衆の視線は全てエトラに向けられており、彼の言葉に耳を傾けているのだから。それはある種の緊張感を伴いながらも、どこか神秘的な雰囲気さえ漂わせていた。



──少しも動じていないのね。


 外野にいる私でさえ吐きそうなのだから、きっと本人はそれ以上の重圧を感じているのかもしれないのに……。


 私は改めて目の前の少年に対する尊敬の念を抱いたのだった。



「まず始めに真相究明にご協力いただいた関係者各位へ感謝の意を述べさせていただきたいと思います。ありがとうございました」



 その真摯な言葉に、傍聴席からは感嘆の声があがった。あの『狂人』がここまで礼儀正しいとなると返って不安が襲ってくるものだ。


「つきましてはその内容があまりにも皇室寄りに傾いていると言わざるを得ず、本来あるべき公平性が欠落しているため訂正を求めます」



 エトラはそう告げると軽く頭を下げたのだ。それを聞いた枢機卿は少し驚いた表情をしたかと思うと、小さく笑みをこぼしたのだった。


「それはどういう意味ですかな?」


 枢機卿の問いに、エトラは答えた。


「枢機卿殿がそう仰るのであれば僕はこう答えましょう」



 エトラは一息つくと、再び口を開き、はっきりと告げたのだ。



「この裁判において、『公正』さは欠片も存在しない。『いくら』もらいましたか?」



 その言葉は会場中の空気を一変させた。まるで小銭を示すかのような手の仕草とともに発せられた言葉は、まさに衝撃的であったのだ。


 そのせいか場内は水を打ったように静まり返り、皆一様に目を見開いていた。その言葉は余りにも衝撃的だったのだ。


 『教皇聖下』に次ぐ『権力者』である枢機卿に向けて、『不敬』とも取られかねない発言をするだけでなく、その発言の真意を尋ねるというのは明らかに常軌を逸していた。



「……ほう、続けなさい」


「単刀直入に申し上げれば、この裁判は虚構によって成立している『茶番』であり、『虚偽』と『偽証』にまみれた裁判なのです」


 その言葉を聞いた人々は驚きを隠せない様子だった。


「何を言い出すかと思えば、世迷言を」

「なんと罰当たりな」

「狂人の戯言か」


  

 様々な声が周囲から上がったが、その言葉はどれも『否定的なもの』ばかりだった。


「今回の事件は事前に全て準備されていたものであり、兄さんに濡れ衣を着せるために『偽りの情報』で民衆を煽り立てたのは他ならぬ貴方ではありませんか──ねぇ、ロイシュレイン殿下。なぜ貴方は原告側の席に座っていらっしゃるのですか?」



 その場にいた全員が一斉に声の矛先へと視線を向けた。その視線を一身に浴びながら、ロイシュレイン殿下は微笑を浮かべた。


「何を言うかと黙って聞いていれば、これはまた大きく出たものだ。むしろ私は被害者側なのだが? そもそも、貴殿の弟を陥れたというならば、私が被告側に立っているはずだ」


 ロイシュレイン殿下の正論とも言える意見に対して、エトラは顔色一つ変えずに言葉を返した。


「だからおかしいと言っているではありませんか。本来ならそこに座っているのは兄さんであり、被告人の立場は殿下であるべきだと言いたいのです」


「それこそ、何の根拠もない妄言ではないではないか。知っているかい? 起きて無いことを証明することは『悪魔の証明』に他ならない。それと同じく、無実の者を犯罪者として証明しろと言われても無理な話だよ。それとも、何か明確な言い掛かりでもあるのかい?」


 ロイシュレイン殿下はそう言って、エトラの顔を覗き見る。その表情は余裕に満ち溢れたものであった。それに対して、エトラも不敵な笑みを浮かべる。


「いいえ、言い掛かりなどではありません。それを人は『証拠』と呼ぶのです。そのための『証人』がここに集まっているのですから。僕の言葉をお忘れですか?」





 エトラはゆっくり息を吸うと、静かな口調で、しかし力強く宣言したのだ。




────「これは『悪人』による『聖戦』だと」




 揺るぎない信念を感じさせる、自信に満ちた表情だった。



 この大観衆の前で、その堂々とした立ち振る舞いは、もはや恐怖すら感じるほどで────




──純粋に『怖い』と思った。



 そんなことを考えつつ、会話に耳を傾けていると不意にエトラと目が合った気がした。


 その視線からは強い意志のようなものを感じ取ることが出来たのだが、何故か嫌な予感を感じたのだった。


 その予感に突き動かされるように私は慌てて視線を逸らしたが、その悪い予感というものはすぐに現実になってしまうものだ。




「今回起きた事件の裏に隠された陰謀──その全貌を明らかにするために、ロイシュレイン・バン=ブラム・アベリア殿下の婚約者であられるフィオリア・フォン・ラテミチェリー公爵令嬢を証人として請求致します」



 その発言に、法廷内はざわついた。誰もが予期せぬ展開に驚愕し、慌てふためく中で全ての視線が私へと向けられていた。


 そしてそれは私も例外ではなかった。



 いや、分かっていた。


 こうなることは知っていた。


 先陣を切るのはこの私だと覚悟していたのだから……。


 しかしそれでも実際に突きつけられると動揺してしまうものなのだ。


 とりあえず落ち着こうと深呼吸をしてみたものの心臓の音がうるさいくらいに響いていて全く効果がなかった。思わず生唾を飲み込んでしまうほどに……。



──あぁ、まじ無理まじ病むリスカしたい。



 などと、心の中で呟きながら、どうにか気を紛らわせようと必死に思考を巡らせるが、もう逃げ場はなかった。

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