『エルヒ視点』決闘
俺は愚図な弟エトラとの決闘が始まる前からある一つの仮説を立てていた。それはエトラが持つ『先天スキル:Unknown』のことについてだ。
実際にそれが何であるかも分からないし、その不気味なスキルのおかげでみんなから見放されているのも周知の事実だ。
勿論それだけではなく、エトラの行動理念は常軌を逸していることもあるだろうが……。
話を元に戻そう。
エトラが持つ『Unknown』はきっと破格の能力を持っているに違いないと踏んでいた。というのもエトラの魔法の腕前はその歳にしては遥か高みにあったからだ。そんな人間が何の努力もせずに今のような状態を維持しているとは思えない。恐らくは何らかの理由でその力を隠しているのだと推測していた。
そしてそれは今日、確信に変わった。
「ッ!! お前……一体どこまで」
繰り広げられるマナの嵐を見て、決して才能がないとは言い切れまい。
寧ろ天才と評されても差し支えないだろう。それもきっと『Unknown』のスキルのおかげだろうが、それを持ってしても俺のスキルだけは防ぐことはできない。
「────圧倒的な『スキル』の前にはなす術などないからだ」
俺が持つ唯一にして絶対の力──それがこのスキルだ!
『スキル:総指揮の詠い手』
次の瞬間、俺を包み込むように展開していた巨大なマナの竜巻の主導権をエトラから奪ってやったのだ。そしてそのマナを俺自身の身体に昇華させる。
『身体強化:エンハンス』
すると不思議なことに視界に映る世界が一変したのだ。まるで自分を中心に世界が広がっているような錯覚に陥るほどの全能感。
今なら何だって出来そうな気がする。このスキルがあれば、いや、『この力』さえあれば、誰も俺には敵わない。例え、相手が血の繋がった兄弟であってもだ。
「これは想像以上ですね。まさか僕の瞳の情報を超えた代物があるとは……ふむ。『総指揮者』から派生されるスキルは情報として残らないということか。どんな状況であろうと全ての指揮者になり得る可能性があると。もしも人も操れるならそれはそれで一種の『呪い』のようなものですね。これはまた知識が一つ増えました」
エトラが何やらブツブツと呟いているが、そんなことは知ったことではない。
「それにしても随分と余裕なものだ。得意分野である魔法を封じられた今、お前には一体何が残っているというのだ?」
「僕のような粗末な者でも剣術『如き』は扱えますとも。だから必死に剣を振って、剣術の方では負けないようにしていたのでしょう?」
「その希望も途絶えたではないか。今の俺には勝てない。俺はお前と違って身体にあるマナホールが小さいだけでマナの扱いは長けてる方なんだ。これでも英雄の一族と云われるカインズの系譜だからな」
結局、いくら優秀なスキルを持っていたとしても扱う器がなければ意味がないのだ。その点においては俺とエトラの差はそれほど大きいものではないのかもしれない。
「剣を取れ」
そう促せばエトラは渋々といった表情で腰に差した木剣を手にした。しかし構えはしない。どうやら俺に勝つことを諦めたようだ。当然だろう、マナは俺に利用されて、魔法よりも不得意であろう剣で勝負を決めるのだから。
「行くぞッ!!」
地面を蹴ると共に一気に間合いを詰め、下段からの逆袈裟斬りを見舞ったが、それは軽く躱されてしまった。続けて上段、中段、下段、あらゆる角度からの攻撃を繰り返すが、そのどれもが掠りもしない。それどころか受け流されてしまっている始末である。
「クソっ! なんで!」
剣術において圧倒的に有利であるはずなのに、どうしてこうも歯が立たないのか。その答えに辿り着くまでにさほど時間は要さなかった。何故ならばエトラの動きには一切無駄がないのだ。俺の動きを先読みして、尚且つそれに対応する形で攻撃を繰り出しているからである。
『身体強化』を併用しているのにもかかわらず、押されているのは間違いなく俺の方であった。これでは魔法なしの真剣勝負と変わらないじゃないか。
「……所詮、エルヒ兄さんもその程度ですか。これが『能力値』の差なんですよ。『経験値』だとか『才能』だとか関係ないんです」
「──黙れェ!!!」
頭に血が上っているせいもあり、冷静ではいられなかったのだろう。思わず振り上げた一撃は、見事に空を切り、隙だらけになった胴に鈍い痛みが走った。
「ぐぅう……ゲホッ、ゴホォッ!」
痛みに顔を歪め、口から吐き出された血液がポタポタと地面に垂れ落ちていく。
「僕がいつ、剣を取れないと言いました? あれれ? おかしいな? エルヒ兄さんが勝てる要素なんてどこにもなかったじゃないですか。なのにどうして僕に挑んできたんですか?」
そう語るエトラの双眸が鋭く光ったような気がした。脇腹を抑えてうずくまる俺を見下ろしながら、エトラは俺の心をかき乱すように嘲笑ってきた。
その顔には愉悦の色が浮かんでいて、まるで悪魔のようだった。本当に同じ血が流れているのかと疑いたくなるほどに。
「まだだ……」
しかし俺は諦めなかった。
確かにエトラの言う通り、魔法においても剣術においても身体能力においても劣っているのは認めよう。
だが一つだけ、たった一つだけ勝算があるとすれば、それは『スキル』だ。『スキル』を使えればもしかしたら俺にもチャンスはあるかもしれない。そう思うと、少しだけ身体の痛みが和らいだ気がした。
「はぁ、僕はもう疲れましたよ。これ以上やっても時間の無駄だと思いませんか?」
「……本当は人理に反する行為であり、黒魔法と捉えられてもおかしくないことを今から俺はするだろう。神よ、どうかお赦しください」
「またまたぁ~エルヒ兄さんったら、そんな御託を並べる精神だけは立派ですよねぇ~」
「これを人間に使うのはお前が初めてだ!!!」
─────ドクン 鼓動が激しく脈打ち、血潮が騒ぐ感覚に襲われた。それと同時に身体中に膨大な量のマナが循環していくのを感じることができた。それはまさに俺が待ち望んでいた瞬間だった。
『スキル:総指揮者の操り人形」
エトラのマナホールを利用し、俺から強制的に流れ出すマナによって強引にマナを捻じ曲げて、エトラのマナを掌握する。それは一種の洗脳の『呪い』であり、禁忌に触れる行いなのだろう。
実際、これまで生きてきた中で人間には一度たりとも発動させたことがなかったのだから、その恐ろしさたるや計り知れないものがある。ただそれでも躊躇はなかった。それほどまでに俺は勝ちたかったのだ。
あの人格破綻者の弟に!!
その決意とは裏腹に俺の脳内では凄まじい速さで情報処理が行われているようで、情報が津波のように押し寄せてくるような感覚に陥っていた。それらを解析し理解するまでには数秒ほどの時間を要したものの、結果から言うとエトラを制御することに成功したのである。
「な……なんですかこれ!? あぐっ!!」
途端に苦しみ始めたかと思えば、エトラは膝から崩れ落ちるようにして倒れてしまった。それを見て勝利を確信したのだ。
「……どうやら成功したようだな。ふぅー」
大きく息を吐き出したところで俺もようやく肩の荷が下りた気分になり、疲労感がどっと襲ってきたのでその場で大の字になって寝転んだ。俺を見下ろしてくる赤い双眸が気にいらないが……。
「何が成功したんですか? 兄さぁん」
「なっ、なぜお前!」
そこには五体満足のエトラがいた。どういうことだ? 俺は確かにこいつを『支配』したはずだぞ? それなのになんで……。
「僕は最初から正気でしたよ。何かかっこよく言葉を口にしていながらも、何もなかったので演じてあげましたよ。どうです? リアリティがあって上手かったでしょう? エルヒ兄さんの方がよっぽど変だったんじゃないですか? もしかして頭おかしくなりました? ねぇ??」
そう言って嘲るように笑う顔は、まさしく俺が知るいつものエトラの顔そのものだったのだ。その事実に愕然としながらも、なんとか平静を保つことに神経を注いだ。
「どうやって己を律したのだ? あれは簡単に逃れられるものじゃないはずだが」
「僕は呪いを受け付けない体質でして」
そう平然と言ってのけるエトラに対して、最早何も言葉が出なかった。言えることはただ一つ──
「……化け物め」
その呟きは虚空へと吸い込まれていったのだった。
「だから俺はお前が『大嫌い』なんだ。何の努力もせずに力を手にしている。その上に怠惰で、愚図で、阿呆で、馬鹿で、無能で、何も出来ないくせに、いつも俺の邪魔をする」
吐き捨てるような言葉を投げかけると、エトラはあからさまに愉悦の色を見せた。それが余計に癪に障るのだ。
「いやぁ、嬉しいなぁ~。だって僕のことをそんな風に思ってくれているんでしょ? なんだか告白されてるみたいですよね?」
相変わらず減らず口を叩く奴だ。今すぐそのうるさい口を塞いでやりたいくらいだが、生憎その手段は持ち合わせていない。
「俺は本気だ。お前なんかいなければよかったと何度思ったことか……」
「それはそれは。じゃあ、僕から一つ助言を授けましょう」
「助言?」
「はい、助言です」
自信満々に言い張るエトラの笑顔が、何故だか不気味に見えた。
「王を目指してください。エルヒ兄さんには王の器があるみたいなので」
「……何を言ってるんだ?」
「では、僕はこれにて。ルシウス!」
そう高らかに叫び、こちらに手を振るエトラの姿は次第に遠ざかっていく。『勝者、エトラ様』という声とともに、その背を呆然と見送りながら、俺はその言葉の真意を考えていた。
(俺が王に……?)
ありえない話ではあるが、何故か否定することはできなかった。むしろ納得すらしてしまう自分がいることに驚くしかなかった。それにさっきの奴の表情も気になる。まるで全てを悟っているかのような笑みは、俺を惑わすには十分すぎたのだ。
「そういえば奴ももうすぐアカデミーか……。うちの伯爵家にとっては邪魔者がいなくなるようで嬉しいことではあるがきっと荒れるに違いない」
そんな独り言を零しつつ、俺は意識を手放した。