嫌者は嫌な奴を貫き通す
僕は剣を静かに上段に構え、ローレルは剣を水平に構えて突撃のタイミングを窺っているようだった。その緊張感が極限まで高まったその時、ついに僕は動いた。
地面を蹴り上げて、ローレルの間合いに入り込むと木剣を振り抜いた。剣先が弧を描いて、ローレルに向かって一直線に飛んでいくように見えただろうが、実際は違う。
僕は木剣の刀身で空気を裂いたのだ。それによって生じた真空波はまるで弾丸のように前方へと撃ち出されたのである。その速度たるや目で追うことなどできるはずもなく、気づいた時には既に着弾しているといった具合である。
そんな僕の斬撃に対してローレルは目を見開きながらも反応してみせたのは流石といったところか。沸る『オーラ』を纏い、剣を盾にして防御姿勢を取りながら駆け抜けたのである。
結果として、僕はローレルの剣に受け止められる形となったのだが、それは想定内の出来事であった。
しかし僕が狙っていたのはあくまでローレルの足を少しでも止めることにあったのだ。
──次の瞬間、彼女の足元から眩いばかりの閃光が走ったかと思うと激しい爆発音が響き渡った。
僕の木剣が赤黒く光った理由は火のマナを宿していたからだ。
つまり木剣から放たれた剣気には『火:フランマ』の存在があり、爆発したのは『火炎爆発:フラルゴ』によるものであることは明白であった。
僕の攻撃をまともに受けてしまったローレルは吹き飛ばされ、地面に転がった。そして剣を手放してしまい、完全に無防備となったところに僕がトドメを刺すべく近づいていった。
「これで終わりだ」
僕はローレルに向かって剣を振りかぶると、そのまま勢いよく振り下ろした──はずだった。
「──なに?」
僕は思わず声を上げていた。なぜなら僕の手に剣はなかったからである。それはまるで幻のように跡形もなく消えてしまっていたのである。
「木剣が僕の力に耐えられなかったか……」
僕はそう呟くと周囲を見渡してみたが、剣の姿はどこにも見当たらなかった。僕は仕方なく『素手』で戦うことを決意した。
「ロ、ローレル!!」
「お嬢様ぁぁああ!!!」
観客席にいた騎士たちや、審判を務める騎士王含め、慌てふためいている様子が目に映ったが、もう遅いとしか言いようがなかった。僕は野蛮人のごとく腕を前に突き出すと、思い切り掌打を放った。
「ぶべらっ!?」
僕から放たれた拳を受けたローレルはそのまま吹き飛んでいき、壁に激突して意識を失ったのか、その場に崩れ落ちた。
彼女が纏う『オーラ』はすでに消え失せており、その命の灯火も風前の灯となっていることだろう──そう思っていたのだが。
不意にローレルの視線が僕に向けられたかと思えば、その赤い瞳にはまだ戦意が残っていたことに驚かされることとなった。
「……エトラ・シュレ・カインズ。たった三人しか見ることができない秘伝書の中身をその目に通しておいて、よく取引に持ち出そうと思ったわね」
「何がいいたい? 負け惜しみならもっと惜しむことだね」
「あんたのその技。『マナ』と『オーラ』を両方に扱う『剣技』はカインズ流剣術でしかありえないのよ。マナとオーラにはどちらにも『領域』と『密度』の関係性があり、例えるなら水と油のようなもの。それを同時に使いこなすにはその書物を見なければならないの。未だにその謎が解明されていないために、研究者たちですらこぞって欲しがる代物よ」
「つまり君はこう言いたいわけだね? その秘伝書を僕が覗き見たと」
そう口にしてみると途端に笑いが込み上げてきた。あまりに愚かで滑稽な話だったからだ。僕は大げさに両手を広げてみせると呆れたように言い放ったのだった。
「まさか本気でそんなことを思っているのか?」
「あんたが今見せた技は『カインズ流剣術』の初歩の剣、『焔』よ。秘伝書を覗き見た以外に何があるっていうのよ」
「いいか、ローレル・カインズ。君の言う『カインズ流剣術』とはなんだい?」
「……え?」
唐突に投げかけられた質問に、ローレルは思わず呆けたような声をあげたのだった。その様子を見た僕は畳みかけるように言葉を続けた。
「確かに君の読み通り、あの書物の中にこの技が記されているかもしれない。これを『書いた』人はきっとカインズの先祖だろう。だけどその先祖はどこでこの剣を学んだ?」
「そ、それは……」
「そもそもカインズの『血』はいつから尊くなったのだ? 何事にも始まりがあるんだよ。それこそ世界の始まりだって、起源こそあれど、その起源とはどこから発生したのかなんて誰にもわからない」
「……」
言葉を失っている様子のローレルを見て僕は続けた。
「カインズ家の先祖はマナとオーラを扱う術を『知って』いた。その開祖から脈々と受け継がせてきたのがこの『カインズ流剣術』という訳だ。つまりは、カインズの始祖はマナとオーラを扱う術を『知らなかった』はずだ。つまりその技を最初に会得した者がいたはずだよね。その人物こそが真のカインズ流の創始者であり、秘伝書を書き記した人物だよ」
「……まどろっこしいのは好きじゃないの。簡潔に言ってくれないかしら?」
「だから言ってるじゃないか。その『書き記した』人物がいる時点で、その書物を見なくても会得できるというわけだ。カインズ流剣術を編み出した開祖と僕は一緒なんだよ」
「あ、ありえないわ。あんたが書物を見ないでその技を使えるなんて現実的にありえないの。決闘にアーティファクトを持ち込む蛮族のくせに!」
その言葉を聞いた瞬間、僕の胸中に熱いものが込み上げてくるのを感じた──もはや限界だった。
こんなくだらない茶番劇などさっさと終わらせるべきなのだと思い知らされた瞬間でもあったのだ。
「──もういいや、飽きたし、黙れよクソ女。この僕がこんなにも丁寧に説明してあげてるのに、君は聞く耳を持たないばかりか、そんなことを抜かすのか。ああ、そうか、君の脳みそでは理解できなかったんだね。まったく哀れな頭だよ。いや、もしかして……脳みそが詰まってないのかな? そもそもカインズ流剣術の秘伝書を見たくらいで君のような一般人なら初歩の技を会得するのに一年はかかるんじゃない? その技を使ってる時点で僕にもある程度の力があるということを理解できない猿なのかな? そもそも僕は剣に『火:フランマ』をのせて振ったら、たまたま『オーラ』もくっついただけだというのに。僕は生を受けてから、意識して『オーラ』なんて纏ったことすらないんだし。はぁ、バカに時間を割くだけ無駄だな」
僕は彼女のほうへ向き直ると、挑発的な笑みを浮かべながらそう言った。彼女は目を大きく見開き、魚のように口をパクパクさせていた。
どうやら言い返せないらしい。次第に悔しげに唇を噛み締めている様子から見て、相当イラついているようだ。
まぁ、僕には関係のないことだけど。
「コロス。絶対にあんただけはコロス」
突然、彼女がボソッと何かを呟いたと思った次の瞬間──突如として、空気が変わった気がした。