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真の嫌者になりたくて!  作者: 箱好鐘
三章 悪人の悪人による悪人のための聖戦
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嫌われ上等主義者は嘲笑う


「──私に勝てたらの話よ。剣闘国ハシュラの掟にそって、弱者に組することなどありえない。勝者こそが、強者だけが認められる国だということを、知らないとは言わせないわ」


 その言葉を聞いた僕は思わず笑い声をあげてしまった。それは心の底からこみ上げてくるような愉快さからだ。


「ははっ、つまり僕が君に勝てて、やっと取引の状態に持っていけるというわけか」


「卑怯だと言うつもり? そもそもの話、お願いしているのはあんたの方よ。別に私はこのままでも構わないけれども?」


 そう言いながら不敵な笑みを浮かべたローレルに対して、僕は肩を竦めてみせたあと答えた。


「いやいや、逆に僕の方が有難いくらいだよ」


「……なによ?」


「だって僕の方がどう見ても有利じゃないか? 仮にも『分家』である君が、『本家』の僕に勝てると本気で思っているのかい?」


 僕の挑発めいた言葉に、ローレルの顔がみるみるうちに真っ赤になっていくのがわかった。もはや冷静でいられるような状態ではないだろう。そんな状態の彼女に追い打ちをかけるようにして言葉を重ねた。


「もう一度言うが、君は『分家』なんだ? 分家風情が本家の人間に歯向かうなんて、身を滅ぼすようなものさ。僕は優しい人間だから、ここで君を殺してしまうようなことはしないけど、場合によってはそうなるかもしれないということを理解しておいて欲しい」



 僕はそう言い残すと踵を返すと歩き始めた。背後からローレルの怒声が聞こえてくるも気にすることはない。




 そうして僕たちが向かった先は屋外に設置された闘技場のような場所だ。周囲には観客席が設けられており、中央には闘技台が設置されている。高い塀に囲まれた場所で、中に入るとかなり広々としていることが分かった。地面には砂が敷かれており、周囲は頑丈な石造りの壁に囲まれていた。敷地内には多くの戦士達が訓練を積んでいた。彼らは武器を手に取り互いに稽古に励み、壁際には木製の的のようなものが設置されていた。周囲を見まわすと弓の練習をしている者や剣を振っている者、瞑想している者もいた。彼らは皆それぞれの訓練に没頭しているようだった。


 そこで一人の老人が武術の稽古をしているのが見えた。彼は一心不乱に拳や蹴りを放っていたが、その動きは非常に洗練されたものであり、まるで流れるような動きであった。それを見て思わず感嘆の声を漏らしてしまうほどだった。



(ふむ、なかなかの使い手だな)



 僕はそう思いながら、その人物を観察した。白髪交じりの頭を掻きむしりながら、汗を流して鍛錬を行っている姿はまさに古老の男性といった風貌で、その佇まいには歴戦の猛者の風格を感じさせられるものがある。元の髪色と同じ黒い瞳からは強い意志を感じられ、顔に刻まれた皺がまた渋さを演出しているようだった。


 しばらく見ていると、その視線に気づいたのか彼はこちらを見てきて視線が合うことになったのだが──



「なんじゃ? お主もワシの修行風景を見に来たんじゃな! いや~それほどまでにこのワシの魅力に惹かれてしまうのじゃな? 分かるぞぉ! なんたってわしはナイスガイじゃからな! カッカッカー!」



 僕を見た途端、その老人は大きな声で笑いながら話しかけてきた。どうやら相当な変わり者のようであるようだと思いながらも僕は返事を返した。


「貴様、この僕に舐めた口を──」


「──あんたはその口を塞ぎなさい。師匠はどこかに行っててください。私はこの人を懲らしめてやりますので」


 突如、僕の言葉を遮ってローレルが話に割り込んできたかと思うとそんなことを言ってきたので呆れ果てたようにため息をついてしまった。


 この僕が穏便に済ませようとしていた気持ちを台無しにしたばかりか、僕の気分を害してくるとは……



「やれやれ、師匠というあたり、貴様が騎士王か。所詮は僕の父上には及ばない雑魚の一人だろう?」


「エトラ・シュレ・カインズ!!!! 師匠に向かってなんて口を!!」


 その言葉に反応したのは、ローレルだった。彼女は顔を真っ赤に染め上げると血管を浮き上がらせながら大声を上げたのである。


「カッカッカッ。威勢はよいようじゃのう! 伊達に『血濡れ』とは呼ばれていないというわけだな」


 ローレルとは対照的に老人は楽しそうに笑っているだけだった。これでも好感度がマイナス値にならないというわけか。僕の『嫌者の瞳』で見えるステータス値は、僕を嫌っている者だけが対象になってくるため、ここまで懐が深い人物に出会ったのは初めての経験であった。


 裏を返せば、僕を好いていることを意味する。僕は感心しつつも、ローレルへと視線を向けた。


 そこには憎悪に満ちた目でこちらを睨みつける彼の姿があったが──


「まあ落ち着きたまえよ、ローレル・カインズ」


 僕は穏やかな口調で話しかけた。だがそれでも彼女の苛立ちは収まらないようで歯をむき出しにして怒りの形相を向けてきたのだった。そして次の瞬間、怒号とも取れるような声で叫んだのだ。


「私の尊敬する師匠を侮辱したことは絶対に許さない!!」


 その言葉を聞いた瞬間、僕は堪えきれずに吹き出してしまった。なぜならばあまりにも滑稽だったからだ。


「何がおかしいのよ!」


「いや失礼……しかし君は本当に面白いね。たかだか師匠如きにそこまで入れ込む理由が僕には理解できないんだよ」


「なんだって!!」


 ローレルは険しい表情を浮かべると、僕に向けて剣を突き付けてきた。その刃先には殺意が込められていることがよくわかるほどであったが僕は涼しい顔で言った。


「やめなさい、ローレル」


 そんな僕たちの間に割って入ってきたのは例の老人だった。場の空気が凍りついたように張り詰めたものに変わったことを感じ取ることができた。さすがは騎士王といったところだろうか、その存在感は圧倒的であり周囲の者たちの動きが一斉に止まるほどの威圧感があった。


「剣で語りなさい」


 そう言うと、騎士王は背中を向けた状態で歩き出したかと思えば、ゆっくりと振り返った。その表情には笑みが浮かんでおり楽しげな様子で語りかけてくる。


「君の噂は予々聞いておる。決闘にアーティファクトを使ったそうじゃないか」


「……ああ、それがどうしたって言うんだい?」


「邪道だとは思わないかね? わざわざそんな小細工に頼らず、自らの実力だけで勝利を勝ち取ればよかろう」


「ふっ、それこそ愚問だよ。僕は正攻法よりも邪道の戦法を用いる方が得意でね。そちらの方が性に合っているんだ」


「ほう、そうかね。では一つ賭けをしてみないか?」


 騎士王のその言葉を聞いた僕は思わず首を傾げてしまった。彼が何を言いたいのか、いまいち理解できずにいると、さらに話を続けていく。


「君がローレルに勝てば、一つだけワシにできる願い事を聞こう。その代わり私が勝ったらワシの頼みを聞いてくれんかのぅ?」


「師匠! なぜ勝手に決めてるのですか!?」


 黙って話を聞いていたローレルだったがさすがに看過できなかったようで抗議の声をあげたものの、即座に一蹴されてしまうのだった。


「お主が勝てばいい話じゃろ? それとも自信がないのかね? その年の『主席』を勝ち取ったというのに情けない……」


「はっ! 私が負けるなんて、それこそありえないでしょう。やってやりますよ」


 騎士王に言いくるめられた形となったローレルは渋々ながら承諾することとなった。


「では『血濡れ』の小僧。そういうことでいいかな?」


 僕に向けられた視線は真剣そのものであった。その瞳には一切の妥協を許さないと言わんばかりの力強さを感じたが、僕は気にすることなく頷いた。


「ああ、問題ない」


 僕はそう答えた後で小さく笑うと言った。


「──むしろ貴様の方が大丈夫なのか? ローレル如きが僕に勝つことができると本気で思っているのなら、身の程知らずもいいところだ」


「カッカッカッ、言うではないか。まだまだ青いな。仮にもあいつはあの年の学園『主席』で、わしの弟子でもある。そう簡単に敗北などありえんわい。そもそもカインズは古来より、『剣』で戦いを勝ち抜いてきたというのに、『魔』に堕ちたカインズなど取るに足らないものよ」



 そう言いながら楽しげに笑うと、騎士王は踵を返して歩き始めた。その後ろ姿を見つめながら僕は心の中で思うのだった。


──果たしてどうかな?


 先ほどのやりとりからして明らかに僕のことを舐めているようだ。おそらく自分の弟子であれば簡単に勝てるとでも思っているのだろう。だとすれば随分とおめでたい頭をしている。



 そうして時間が過ぎ、お互い配置に付いたところで。


「わしが審判を務めよう。これは木剣だ。互いに受け取れ」


 そう言って渡されたのは使い込まれた木刀だった。それを受け取った僕は軽く素振りをしてみた。手に馴染む感触から、それなりに品質の良いものであることが分かる。そして正面に視線を向けると、ローレルもまた同じものを受け取っているところであった。元から持っていた真剣と交換する形で受け取り終えた彼女はこちらに向かってくると吐き捨てるように言い放った。



「その余裕ぶった態度も今のうちよ? あなたは必ず私の手でぶちのめしてあげるから」


 なんとも短絡的な思考である。これは相当頭に血が上っているなと感じた僕は彼女を嘲笑うかのように言ってやった。



「おやおや、そんな物騒なことを言ってしまっていいのかい? 勝負が終わった後で後悔しても遅いよ?」



 僕が煽るような言葉をかけると彼女は苛立った表情を見せながらも「チッ」と舌打ちをするとそれ以上は何も言ってこなかった。そのやりとりを見ていた騎士王が咳払いをしたことで、僕たちは再び向き直った。



「ルールは一本先取した方の勝ちとする。どちらかが負けを認めた時点で試合は終了とする。準備はいいな?」


 その問いかけに僕とローレルは黙って頷くと、剣を構えた。いつの間にか武の鍛錬に励んでいた者たちは皆手を止めて、こちらの様子をじっと見据えているようであった。中にはどちらが勝つのか、賭けをしている者もちらほらいるようだ。



「始めぇえええ!!」

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