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真の嫌者になりたくて!  作者: 箱好鐘
三章 悪人の悪人による悪人のための聖戦
31/54

狂人は血の唄を囀る


 そうして僕は、彼女との邂逅を終えて、その場を後にした──


────現在である。


「ルシウス」


「なんでしょうエトラ様」


「もし教国の人間が全て敵に回っていたとしたら、勝てると思うか?」


「無理でしょう。勝てるわけありませぬ」


「ふむ」


 やはりそうか……。


 教国は世界でも類を見ないほどの巨大な国であり、全世界規模の影響力を持っている。もはや国ではなく宗教と言って差し支えないほどに、その力は大きく強大だ。


 特に何人もの『聖女』を筆頭にした教会勢力の実力は非常に高く、各国の重鎮とも太いパイプで繋がっていると言われている。なにせ全ての国の裁判員は教国の人間から選出されているほどだ。


 その影響力の高さは計り知れないものがあるだろう。



「これは僕の見解だ。フィオリア・フォン・ラテミチェリーは『何か』見えている」


「見えている……と申しますと?」


「彼女は確信を持って『何か』を見ているように感じるよ。それもかなり明確なビジョンでね」


 まるで未来を見てきたかのように、的確にフィオリアは答えていた。確かに彼女の言うことには信憑性があった。


「それだけじゃない。彼女は僕の行動パターンすら予測している節があった」


「エトラ様の行動は単純ですからねぇ」


「何か言ったかい?」


「いえ、何も」


 小馬鹿にしてくるルシウスに対して、僕もにっこりと微笑み返してあげた。そうすると、ルシウスは露骨に顔を背けた。どうやら、この僕の笑顔を直視するのは怖いらしい。


「まあいいさ。次に行くところは決まっている」


「それは一体どこでしょう?」


「もし教国がバックについているならば、少なからずこちらも教国の人間を味方にしておかないとね。そのための仲介人のところにだよ」






──────────────────────





 そこはアベリアアカデミーの寮の一室だった。白を基調とした内装に清潔感があり、窓から差し込む朝日の光で部屋の中が明るく照らされている。その部屋の中央に置かれたテーブルを挟み、二つのソファが向かい合うようにして置かれていた。



「アリア・ルーデンに話を通してほしい」


 ソファに腰掛けた僕は目の前にいる彼にそう言った。しかし彼は眉を顰めて怪訝そうな表情を浮かべている。


「何故僕がそんなことしないといけないんだ? そもそも決闘で勝ったのは僕の方だ。エトラ・シュレ・カインズ」


「どうしてもアマルティアの力が必要なんだよ。僕が直行したら、彼女が逃げる未来しか見えなくてね。君から説得してもらわないといけないんだ。しかも君はアリア・ルーデンからの評価が高いと聞くじゃないか?」


「言いたいのはそれだけか? わざわざ僕の部屋にまで訪ねてきたからには、あの決闘のことを謝りにでも来たのだと期待したが、間違いだったようだね」


 アマルティアはつまらなさそうに溜息を吐いた。そして再びこちらを見やる視線には侮蔑の色が浮かんでいた。


「謝罪? この僕が? 冗談も休み休みにして欲しいものだ」


「なに?」


 怒り心頭と言った様子の彼だったが、僕には彼の反応が理解できなかった。なぜなら僕は自分が悪いとは微塵も思っていないからだ。それどころか、あんな結末を迎えたことが不思議に思えてならなかった。


「逆に感謝を貰いたいくらいだよ」


「なにを言っている? あれは君の反則負けだろう?」


「ああ、確かに僕はアーティファクトを使った。でも使わない方が君には勝てた」


「何を──」


「──そもそもおかしいと思わなかった? マナを超越した身体が世界に飲み込まれることなく、肉体を維持したままいられることを」


「……何が言いたいんだ?」


 僕の言葉が気に障ったのか、アマルティアの顔がどんどん歪んでいった。どうやらまだ冷静になれるだけの余裕はあるらしい。僕はそれを見て少しだけ安心した。これで冷静さを失えばつまらない相手で終わるところだった。


「君を世界のマナから切り離したのはこの僕だ。だから君はこうして無事に話すこともできているのだ。まあその証拠はないんだが、『魔力超越:マナデウス』の状態に入った君なら分かるだろう?」


「…………」


「だんまりかい? ではもっと分かりやすく言おう。君はあの時、僕に負けるくらいなら死ぬつもりだった。だから制御不可である魔法まで使った。そして今でもなぜ生きているのか理解していなかったはずだ。あの時、君の身体はマナと化し、そのまま消滅していたはずなんだ。ところがどうだ? 君自身の予想に反して未だ生きているじゃないか」


「それは……」


 僕は畳みかけるように言った。アマルティアの額からは汗が滲み出ており、呼吸も乱れ始めている。僕は更に続けた。


「それがどういうことかわかるかな? 火のアーティファクトだけで対処していたら、火がマナに呑まれていたはずだ。あのマナに対抗するには、それ以上のマナを持ってして挑まねばならない。つまり──」




「──なぜ……。なぜ本気を出さなかった?」


 絞り出すような声で、アマルティアはそう尋ねてきた。



「あの決闘に力を尽くす価値などない」


「なっ……。マナの誓いまで行ったというのに? 僕が今からでも無茶な命令をしたらどうするんだ?」


「この僕を君たちと同じ尺度で測るなよ? 命令や誓いなどそもそも眼中にない。そんなこと気にするだけ無駄さ」


 僕はとぼけたように返した。アマルティアは信じられないものを見るような目でこちらを見てきたが、事実なのだから仕方がない。



 僕は常々思っているのだ。人というのは所詮、自分の価値観で物事を判断する生き物なのだと。だから僕は自分を信じて突き進むだけだ。それが僕にとっての『最善』なのだから。



「それにだ。僕は別に無茶な事を言うつもりもない。言っておくが、僕は身分や生まれ、その先の実力ですら、差別することもないし、気にする愚者でもない。そんなくだらないことで、いちいち心を動かされるほど暇でもないからね。むしろ、そういうちっぽけなものに拘る輩を哀れんでいるほどだ。何故なら、そのようなものに固執している時点で、自分自身の可能性を潰しているようなものだからね。差別が嫌いな君なら知っているだろう? 今までの僕の行いの中で、一度として人種による区別なんてしたことがないことに」


「それは……」


 絶句するアマルティアを横目に見ながら、僕は足を組み直した。


 そもそも僕には大抵の他人に興味がないのだから、差別以前の話である。


 それからしばらく静寂の時間が続いた後、やがて観念したように、彼が重い口を開いた。



「……君がそこまで言うなら、協力しよう。ただし、僕も一緒に話を聞くことが条件だ」


「ふっ、話が早くて助かるよ。勿論、僕もそれを望んでいたのだからね。今すぐに呼んでくれ。それと廊下に突っ立っている老爺のことは気にするな。あいつは僕の従者だ」


「……はぁ、わかった」



 そう言うと、アマルティアは部屋を出ていき、一人の女性を呼びに行ったようだ。僕はこれから来るであろう人物に対して身構えながら待っていた。



 程なくして、アマルティアに連れられて入ってきた女性──アリア・ルーデンが僕の目の前に座る。


 きめ細かい銀一色の髪は左に纏められていて、月すらも霞むプラチナの瞳はまるで鏡の如く、そのままのモノしか映さない純粋さが見て取れる。端正な顔立ちは眉目良いの一言だが、その表情はどこか硬く、不安気な様子であった。そんな様子を目の当たりにした僕は思わず笑みをこぼしてしまう。


 それを見た彼女はさらに顔を曇らせた。どうやら僕に対する不信感が強いらしい。僕としては当然の態度なので気にしないことにした。



「挨拶をするのは初めましてだね。僕はエトラ・シュレ・カインズだ。アリア・ルーデン、いや聖女様とお呼びした方がよろしいかい?」


「……アリア、でいいです」


 彼女はそう言って少し驚いたような表情を浮かべたものの、すぐに警戒するような視線を送ってきた。その視線を受け流しながら、彼女に語りかける。


「単刀直入に言おう。三日後の裁判で僕を支持してほしい」


「えっ!? それってどういう……?」


 目を大きく見開きながら、アリアは驚きの声を漏らした。どうやら僕の提案があまりにも予想外だったらしい。


「教国からきた人間は全て買収されている。つまり裁判官も結局も『人』だということだよ」


「え、あっ、ありえません!! そのようなこと絶対起こしてはならないし、起きることもないです!」


「それが起きると言っているんだ」


「っ……!!」


 アリアは息を呑み、その小さな身体を震わせた。動揺しているのが目に見えて分かった。


「で、でも、いくらなんでもそんなことはできないはずです! そもそもなんで私が貴方を支持しないといけないのですか? 仮にも極悪人じゃないですか?」


「極悪人とは素晴らしいことを言ってくれるじゃないか……。まぁ、理由はいくつかあるのだが、一番は君がアリア・ルーデンだからだ。簡単な話だ。今この国にいる教国側の人間で、一番発言力のある人間であり、そして最も正義感の強い人間だから。君は紛れもなく聖女だろう?」


「聖女だなんて……。私はただ教国で勉強をしているだけです」


「なるほど、謙虚だな。まあ、いい。どちらにせよ、君が僕の味方につくことは確定している」


「何を言われても私は──」


「──それはどうかな?」


 僕はにやりと笑ってみせた。その態度に違和感を覚えたのか、彼女の眉がピクリと動いた。


「アマルティアもよく聞いておけよ? この国がどこまで腐敗しているのかを」


 壁にもたれかかっていたアマルティアにも聞こえるように、僕は大きな声で言い放った。それに対して二人が僕の方へと視線を向けてくる。その視線を受けながら、僕はある『物』を取り出した。



「「それは──」」


「録音のアーティファクトだ」



 僕が持っているものは一見すると何の変哲もない懐中時計に見えたことだろう。しかしよく目を凝らせば、そこに『何か』が内蔵されていることがわかったはずだ。


 その秘密は裏面に掘られた紋様にあった。これは僕のマナを感知して再生するように設定してあるため、常時起動しているのである。



「さて、前置きが長くなってしまったね。まずはこれを聞いてもらおうか。ポチッとな」



 そして僕は音声データを再生した。そこにはこの国の闇が詰まっていた。まるでこの世の深淵を覗き込んでいるかのような感覚が襲うほどに、深く醜いものだった。果たしてこれを聞いた二人はどのような顔をするのだろうか?



 僕はきっと──────




──笑っていることだろう。

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