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真の嫌者になりたくて!  作者: 箱好鐘
一章 血濡れ王子
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決闘

 

 向かう先は決闘広場である。真面目なエルヒ兄さんのことだ。一時間後と言いつつも、律儀に待つことだろうし、その間に心を落ち着かせるために必ず剣を振っているはずだと確信していたからである。


 案の定、目的地に着くと、そこには予想通りの光景が広がっていたのだった。木剣を素振りする音が風に乗って聞こえてくる。まだ戦闘前だというのに額には汗が滲んでおり、随分と気合いが入っている様子が窺える。だが僕の顔を見るなり慌てて動きを止めると、途端に顔を歪ませてしまった。


 大方、『嫌な奴が来た』とでも思っているのだろう。その行為自体が僕の糧になるとも知らずに。


「……いつもは遅刻してくる癖に今日はやけに早いじゃないか」


「エルヒ兄さんこそ、馬鹿みたいに早くからきて、剣を振り回して、まるで僕に負けることを恐れているようですね」


 そう言って嘲笑ってやると、エルヒ兄さんの表情がより一層険しくなった気がした。


 おそらく図星なのだろうが、こうもあからさまに表情に出されると思わず吹き出してしまいそうになる。だからあえて気付かぬ振りをすることにするのだが、それでも僕の笑みが消えることはなかった。なぜならもう既に勝負がついていることを知っているからに他ならないからだ。



 誰よりも嫌われ続けた僕に勝てる見込みなど、皆無に等しい状況であることは明白である。


「此度の審判は僭越ながら私がさせて頂きたく存じます」


「頼んだルシウス。エルヒ兄さんもそれでいいでしょう? どうせ審判なんていらないほどにぼこぼこにしてあげますから」


「勝手にしろ! その回る口が二度と利けないようにしてやるからな!!」



 ここにきて使用人の所為で敗北したなどの屁理屈を並べられないように先手を打っておくことは大事だ。審判は別にルシウスが取り仕切る必要などない。場合によれば、今も離れから見守っているエルヒ兄さんの使用人が音頭を取ってもいいのだから。


 しかし、言質は取れた。最早、逃げの一手すらない詰みの状況を作り出した。


「ではこれより、エトラ様とエルヒ様による模擬戦を始めたいと思います」


 僕はそう思いながらエルヒ兄さんが振る木剣の動きを観察していた。


 この訓練場で幾度となく見てきた動きだ。その洗練された無駄のない動きは、まさしくお手本と呼ぶに相応しいものであり、僕のような『嫌者』には一生真似できないものである。


 それだけに、これから行われるのは、エルヒ兄さんが積み上げてきた努力の結晶を完膚なきまでに叩き潰す作業となることだろう。



 あぁ、考えただけでゾクゾクするじゃないか。本当にたまらないなぁ……!



「お前はここにきても剣は握らぬというのか!!」


「僕に剣は必要ないんですよ。兄さんなら知ってるでしょう?」


「ははは、お前ごときのような弱者には扱えなかったな。失礼した」


「僕には僕のやり方がありますからね。嫌者を目指す僕には魔法で充分ですよ」


「賢者を目指そうなど烏滸がましいにも程があるわ!! そんな暇があるなら少しでも己を磨いておけ愚か者がっ!!!」




「僕は気付いたんです。自分を磨くより他人に磨きをかけてもらった方が効率的だと思いませんか?」


 だって自分自身が努力するよりも他人に嫌われる方が僕は強くなるのだから。


「何を言っているのかさっぱりわからんな。これだから気狂いは話ができないというのだ」


 そう吐き捨てるように言いながらも、どこか焦燥感が滲み出ているのが見て取れる。絶対に負けられないとでも思っているのだろう。


「お互い準備は宜しいですかな? それでは……始めッ!」


 開始の合図と共に、エルヒ兄さんは普段通りの構えで、そこから相手の出方を窺うような動きを見せた。どうやらまずは様子見といったところだろう。


「見せてみろ! お前の魔法を!」


 魔法……それはつまるところマナの塊であり、それを具現化したものが攻撃魔法や回復魔法になるわけなのだが、それらを扱うためには様々な条件が必要となる。


 例えば、生まれ持った才能であったり、身体に潜む膨大なマナの量であったり、体内を流れる血脈が特別であったりするわけだが、最も分かりやすいのは、『詠唱』だろう。呪文を唱えることで、己のマナを通じて魔法は完成するのである。しかしながらマナを通じただけで、あるいは詠唱を唱えただけで魔法は完成するのか疑問に思ったことはないだろうか? 


 それは詠唱を破棄する以上にある過程を省略しているのだ。僕の家、つまり伯爵家の図書館にも少年漫画や少女漫画等が置かれているので興味を持ったことがあったが、その中の一つには主人公の少年が物語上で初めて魔法を使うシーンがあった。


 その際に主人公が口にした言葉は一言だけだった。


『──』とただその言葉だけである。


 しかしどうだろう? 


 威力の調節は? 


 距離の調整は? 


 全ての過程を省略して詠う魔法に何の価値があるのだろう。


 そもそも『──』と唱えるだけで魔法が発現するならば、極論を言ってしまえば相手の心臓自体から魔法を発現させればいいだけのことである。


 だからこそ僕は思うのだ。


 果たして『詠唱』というプロセスが必要なのか?


 という根本的な部分に。確かに言葉にすることでイメージが明確化し、それが魔法の形として顕現することは確かである。しかし、それはあくまでも結果であって、その過程で必要なプロセスではないのである。


 それ以上に最も重要なものがある。


 それがマナの領域と言われる『マナテリトリー』だ。


 それは魔法が発現できる領域であり、空気にも微小のマナが含まれている故に、空気を通じる場所全てが対象になるのだが、その領域の広さは個人によって違う。


 つまり極端に言えば、コンクリートで敷き詰められた壁の中から爆発させる魔法はない。触れている、通じている空気の道が全てであるからだ。


 そして現時点での僕のマナテリトリーの大きさはこの伯爵家全体を裕に超えるほどの大きさを持っていた。


 しかしながら盲点も存在するのだ。広く大きいというのは確かに魅力的で一見強く見えることに違いない。場を動かなくとも範囲内ならば、どのような場所でも魔法を発現できるのだから。


 それは正解であり、不正解でもある。それが次の段階に属する魔法の『威力』である。


 マナテリトリーがいくら広くても、マナの密度が無ければマナが通りにくく抵抗を受けてしまうのだ。


 だから己自身のマナの量──マナホール──がいかに大きくとも、マナテリトリーの広さとテリトリー内のマナ密度の『比率』を違えば、魔法の威力は弱くなってしまうものだ。



 つまりマナテリトリーが100とした場合、マナの密度が100%ならば、マナテリトリー内全てにマナが行き渡っていることになり、即座に魔法を放てるというわけだ。


「来ないと言うならば先行は頂きますね。といってもエルヒ兄さんに後攻は来ませんけど」



 僕は自信をもってそう言った。なぜなら僕のマナテリトリーとマナ密度の比率は──


「ッ!! お前……一体どこまで」


──黄金比。つまりマナテリトリーそのものがマナ密度である。


 驚愕に見開かれるエルヒ兄さんの顔を見ていると、なんとも愉快な気持ちになってきた。それもそのはず、極めて密度の高い『もの』が僕の周囲には渦巻いている。それこそが僕の最大の盾でもあり、矛でもあるのだから。それはマナそのものである。


『魔力放出:マナホーツ』


 ただマナを力任せに放つだけ。それだけでエルヒ兄さんは為す術もなく吹き飛ばされていくことだろう。僕を中心として徐々に加速していくマナの嵐は、やがて渦を巻く暴風へと姿を変えていき、エルヒ兄さんの身体を容赦なく飲み込んでいく。その間、僅か一秒にも満たない出来事だった。



「……『Unknown』とかいうよく分からないスキルのせいなのか、それともお前自身が持って生まれた天運の才能か。腐ってもカインズの系譜であることは認めよう。お前は修練の努力もなければ、人の上に立つ知恵もない。もしその両方を手にしていればきっとお前が次の当主だったろう」


「ここに来て説教たらしくどうしました?」


「魔法の才能はお前の方が上だ。でもこの世界では魔法や剣術などは二番煎じに過ぎない。圧倒的な『スキル』の前にはなす術などないからだ」


「それでも兄さんは僕には勝てませんよね」


「今まではな!! でも今日からは違う。なぜお前の魔法の実力は認めているのにもかかわらず、先手を譲ったと思う?」


 なるほど、どうやらエルヒ兄さんは何か奥の手を隠し持っているらしい。ここで僕が先制するのは目に見えていたからこそ、あえて何もしなかったというわけか。全くもって抜け目のない人だ。


「真の実力を見せてやる!! 『スキル:総指揮の詠い手』」


 途端にマナ嵐の中でエルヒ兄さんの身体が淡く光り輝き出したかと思うと、突如周囲の空間が歪み、視界がぐにゃりと歪んだ。

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