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真の嫌者になりたくて!  作者: 箱好鐘
二章 悪役令嬢
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悪役令嬢の諦観記

「殿下も成人になられたことですし、一杯いかがですか?」


「そうだね。私の『初めて』となるお酒だから大切に頂こうかな」


 そうしてロイシュレインはエルヒから受け取ったグラスを手に持ち、ゆっくりとワインを口に含むように飲む。そしてその味を堪能するかのように目を瞑った。


「美味しいね。あぁ本当に美味しいよ」


 するとロイシュレインはゆっくり目を見開いて、ワイングラスをまじまじと見つめる。


「そういえば、弟君のことは残念だったな」


「あいつは我が家紋の恥です。本当に情けないことばかりで……」


「私もぜひ、エトラ卿に会いたいものだ。同じ年齢だしね」


「あいつは我が家の宝庫からアーティファクトを盗む輩ですよ。会うことはお勧めしません。今でもこの話題ばかりで本当に頭が痛いものです。特にこの場でも──」


 そう言葉にしたエルヒは会場の中央に視線を移す。その視線に気づいたのか、ロイシュレインも同じようにそちらを見た。


「またあのカインズ家の次男がやらかしたらしいわね」


「決闘にアーティファクトとか信じられるか?」


「流石は『血濡れ』。どうせ裏口入学に決まっている」


 そこにはエトラを中心とした話題が数々上がっていた。例の決闘に対する陰口や嘲笑、中にはエトラに喧嘩を売るような発言まで聞こえる始末だった。


 そんな状況に気が咎めたのか、ロイシュレインとエルヒはお互いに顔を見合わせながら苦笑いを浮かべていた。


「そうだ! 『初めて』飲んだワインのお返しに、私からもマナの祝福を君に授けよう」


「はっ! 光栄の極みであります!」


 一瞬にして流れを変える殿下の話術も大したもので、エルヒはそう言って深々と頭を下げた。


 マナの祝福はただお守りみたいなもので、自分のマナを相手の周辺に散布するだけである。


 マナの巡りが良くなるようにと促すだけで、これといって特に効果はない。


 しかし、相手への好意を示すための一つの手段として使われているのだ。


 それに対して私は会場でただ一人、その光景を冷ややかな目で見つめていた。


 そして心の中で呟くのだった。



───このクソ皇子が……っ!! 人畜無害のエルヒ様になんてことしてくれちゃってんのよっ!


 とまあ、そんな風に思うものの実際は何も出来ずに見守ることしか出来ないんだけどね。


 まるで全ての『罪』をエルヒに仕向けるように、わざわざ『初めて』と強調する辺り、中々の徹底ぶりだ。


『(貴方の)マナに幸運を:マナフォルトゥーナ』


 ロイシュレインが幸運を与えるかのように放った言葉とともに、エルヒの体の周りに虹色の光が漂い始める。


 が、それは即座に霧散した。当然である。


 マナフラワーを少しでも体内に含んでいる以上、『アンチマナテリアル』によって体内のマナは全て打ち消されるのだから。そもそも体内でマナが結晶化して死に至る危険性の方が高い。


 つまり、それが意味することはたった一つしかない。


 すなわち……


「──っ!!」


 ロイシュレインは声にならない悲鳴をあげる。恐らく口の中に含んだ少量のワインでも、口内や喉を痛めているのだろう。


 口から垂れてくる赤い血液を見るまでもなく分かることだ。もはや立っていられることさえ辛いのか、その場にしゃがみ込むと激しく咳き込み始めた。


「殿下!!!!!!」


 途端に周囲は騒然となる。すぐさま駆け寄る従者達だったが、ロイシュレインはそれを制止するように左手を前に突き出した。息苦しそうに呼吸を乱しながらも、その瞳からは強い意志を感じさせるほどの眼光を放っているのがわかる。


「大丈夫……だよ、みんな。ちょっと、『ワイン』に咽せただけだから」


 流石は腐っても第三皇子といったところだろうか。この劇場が『自作自演』とはいえ、自らの身体を犠牲にして、この場を乗り切ろうという覚悟があるのだから。


 おそらく、体内でマナフラワーが結晶化しているのは間違いないだろう。そこまでしてカインズ家を陥れようとする根性だけは評価に値する。


 わざわざ『ワイン』まで主張する辺り本当に腹黒いんだから……。


「エルヒ・シュレ・カインズを捕えろ!!!」


 そんな声がどこからか聞こえてきたかと思うと、いつの間にか会場の中心に立っていた一人の男が叫んだのであった。そしてその言葉に呼応するように周囲を取り囲んでいた騎士達が一斉に動き出し、エルヒの周りを固める。


「お、オレは何もしていない!」


 そう言いながら、必死に抵抗するエルヒであるが身体は小刻みに震えていた。


 それもそうだろう。


 周囲からの視線には殺意に似た感情が込められているのだから、恐怖を感じるのも無理はないだろう。まるで蛇に睨まれた蛙のように怯えた表情を浮かべながらも抵抗しようとする姿は滑稽ですらあるほどだ。


『魔力拘束:マナレストリクシオン』


 騎士たちが小声でそう呟いたその瞬間、光の鎖が四方八方からエルヒの体に巻き付き始め、そのまま全身を覆い尽くしていく。やがて完全に縛り上げられた状態になったところを見計らい、一人の騎士が前に歩み出て、皇子が口にしたワインの中身にマナを通した。


『魔力解析:マナライズ』


 すると、そのワイングラスからは結晶が生えた状態で出てきたのだ。それはまさに体内で蓄積された毒素と等しいものであり──


「『対抗魔法物質:アンチマナテリアル』……、間違いない! マナフラワーだ!!」


 その言葉と共に会場内に衝撃が走る。


 どうやら今回の計画の全貌が明らかになったようだ。


 私は再び柱の裏へと身を隠しつつ、状況を伺うことにした。


「ワインを口にした者は、絶対にマナを展開しないようにお願いします」


 騎士たちがマナを展開できる理由はワインを摂取していないからだ。そして無関係な第三者から見れば、カインズ家の犯行にしか見えないだろう。


「オレは、本当に──」


「黙れ! 皇子暗殺を企てる国賊が!! 連れていけ!!」



 こうしてロイシュレイン殿下の殺害未遂事件は幕を閉じることとなった。


 結局、エルヒはそのまま連行されていき、王城地下にある牢獄へ放り込まれることになったのである。もちろん、その場にいたスターチス・カインズ子爵も連行済みである。


 ロイシュレインは幸いにも命に別状はなく、結晶化による後遺症も残らないため、しばらくの間療養すれば完治するらしい。



 あとはエルヒの処遇だが、あれから『三日』が過ぎた現段階では貴族位剥奪はもちろんのこと、身分を問わず国家反逆罪で斬首刑となる見通しだ。


 カインズ家の噂も今では酷いものばかりで、もう手の施しようがない状態だとか。




──いっそのこと、『目の前』にいる『この男』も死んじゃえばいいのに。


 わざわざ『私の家』にまで押しかけてきちゃって。なーんてね……。


──もしエルヒ・シュレ・カインズに唯一の慈悲があったとするならば、彼が一番嫌っている『この男』が水面下で動いていたことだろう。


 誰よりも『血』を好む『彼』は、何よりもこの状況を楽しんでいる。


「僕はね。エルヒ兄さんを処刑にする『裁判』で全てを覆すつもりなんだ。だから真相究明に力を貸してよ? フィオリア・フォン・ラテミチェリーお嬢様」

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