悪役令嬢の決闘記
そうしてニ日後の今日、この場で、これまでの、全ての決着がつく闘技場──マナシアムで、私は観客の一人としてこの『イベント』を見ていた。
マナシアム。
それはマナの結界が貼られたコロシアム闘技場の名称で、このマナシアムを使う場合、アカデミーの教授に申し出をいれないと使用できないルールになっていて、無断で使用する場合は重罪となるらしいが真偽は不明だ。このマナシアムを使用する利点は戦闘終了後、全ての時を試合前に戻すという効果だ。その為、命を落としたとしても、重症を負ったとしても、このマナシアム内で起こった出来事はある時間まで戻る。
そのある時間とは、このマナシアム内のマナ密度を百%で満たした時。
つまりマナシアムが『人』で、マナ結界が『マナテリトリー』とした時、そのマナ密度を百%にしたその時間帯。
だから第三者にマナ補充要因として頼まないといけないため、アカデミーの教授に話を通す必要が出てくるのだ。生徒同士や教師たちの演習試合でよく使用されているらしいが、今回は特別に貸し切りにされている。
周囲を円形に取り囲むように観客席が設置された大きな建物で、内部はまるで古代のコロッセオのようにすり鉢状になっていて、観客席には大勢の生徒や教師の姿があった。
皆、この試合を見に来ていたようで、高尚組や卒業組もちらほらと見える。
あの英雄カインズ家の血筋であるエトラの試合なので興味を持っているようね。
それか『賢者』のスキルを持つアマルティアの方か。
後は肝心の主役の二人だけど──。
「よくこの僕から逃げなかったな。アマルティア」
「僕はいつだって逃げません。どんな状況でも立ち向かいます!」
二人が向かい合った瞬間、空気が振動するほどの大きな歓声が上がった。さすがの盛り上がり方ね。それほどまでに彼らが期待されているということだ。会場は割れんばかりの声に包まれたが、誰も止めようとはしなかった。
「それでは開始といきたいところではありますが、今回は異例のケースである『マナの誓い』の下、試合を執り行いたいと思います」
そんな中、開始の合図を任されたのは入学手続きでの揉め事の際、一番初めに介入した『光』の魔法を扱う教授だった。
「その誓いは勝者が敗者に対し、『一度』のみ、絶対命令権を得られるとのことです。お二人ともマナの下に誓いますか? 『魔力誓約:マナオルコー』」
「この僕、エトラ・シュレ・カインズは誓おう」
「僕、アマルティアもマナの盟約の下に誓います」
その言葉に反応した二人は互いに向き合い、同じ赤い視線を交錯させた後、それぞれ腕を胸のあたりに置いてお辞儀をした。その光景は、魔法使いの国でありながら、まさしく騎士を彷彿させるような所作である。
それは、これから行われるであろう激しい戦いを予感させ、さらに熱狂へと繋がる呼び水となった。それはまさに一つのエンターテイメントの始まりとも言えるだろう。
「誓約は成されました。ではこれより、エトラ・シュレ・カインズ様とアマルティア様の試合を開催いたします」
審判がそう言うと二人はゆっくりと腰を低く落としながらお互いに視線を合わせている。その二人を見ている観客の何人もがアマルティアの圧勝と見ているだろう。
私は聴力も視力もいい方だ。これも悪役令嬢である『隠しスキル』の能力値上昇のおかげ様であるのだけれど、その耳で風の便りを聞いていると──
「あのアマルティアとかいう平民、賢者持ちらしいな」
「幻のスキル、賢者がどこまで強いのか気になるな」
「カインズの次男も可哀想なこった。裏口入学らしいしな」
「まあこの試合で全て分かることよ」
ここにいる大半が『賢者』を持つアマルティアの方を見ていた。
『先天スキル』はアカデミーに入る際に提出は必須で、そもそも五歳の時の『先天の儀』では世界に公開されるものだ。
だからこそみんな知っている。
私が『女帝』を持っていることも。
エトラが『Unknown』だってことも。
そういえば『プレイヤー』間でも、エトラのスキル欄だけがなぜ『Unknown』になるかは不明だった。ただ恐らくとしてエトラが『操作不可能』キャラだったため、何らかのエラーが生じて『Unknown』となってしまった説が強かった。
それかもう一つの説では『先天の儀』がエトラには受け付けない『呪い』であったかだ。
なんにせよ、観客達はエトラの『Unknown』の存在を知らない上に、アマルティアを『賢者』と見ている。これでは見ている方も面白味に欠けるというものだ。一見した限りでは、圧倒的なまでの差があるからだ。
しかし、今この場においてエトラ・シュレ・カインズの実力を知っている人が私以外にも『もう一人』だけいる。
これがシナリオ通りなら、エトラが視覚化できる魔法陣の上でマナテリトリーを広げた時、テリトリーの端にいた人物がいるのだ。
ジェイ教授はマナテリトリーの端が見えないとは言っていたけれども、それは端にいなかったら致し方ない。
それでも噂が立たない辺り、一人しか見られていないという展開はご都合主義なのだなと、私は改めて思った。だから私にはそれが誰か分かるし、私の視界にその人は収まっている。
まあ、それよりも試合に集中しよう。この試合は大きな意味でここにいる『全員』が裏切られることになるのだから。
なにせ『プレイヤー』ですら騙されたのだから。
この乙女ゲーは『プレイヤー』だった人間なら分かることだけれども、初見殺しかってくらいには、『先』が絶対に読めないようになっている。
まるでゲームの開発者の意図を完全に無視したかのような構成をしているのだ。特にシナリオを熟知していないと全く理解できないくらいの難易度でもあるからタチが悪い。
それを差し引いても膨大な量の選択肢があるし、一つ一つのシーンでの展開の選び方はそれこそ無限にあると言ってもいい。
そんなんだからルナティックモードをクリアできたプレイヤーがいないのよ。まあ大方、このゲームの真髄はゲームシステムにあるのではなく、いかに登場人物たちが成長していくかが売りになっているってところだと思うんだけどね。
まぁ、今は置いておいて、私は視線を下に向けた。
「試合開始!!」