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真の嫌者になりたくて!  作者: 箱好鐘
一章 血濡れ王子
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隠しスキル


「うるさいですよエルヒ兄さん」


「きっ、貴様ァ……!! このオレに向かって何という口の利き方を……!!」


「そもそもおかしいとは思いませんか? なぜ先天スキルが不明である僕が、次代の英雄とも謳われるエルヒ兄さんよりも強いのかということを」


「ッ!? そ、それは……」


「まぁ、要するにそういうことなんですよ。兄上」


「くっ……!!」


 悔しそうな表情を浮かべる兄を見て、僕は満足感に浸っていた。


 やはり兄のこういう表情を見るのが一番楽しい。


 もっと虐めたいと思ってしまう。


 それこそが兄の言う『憎悪』なのだろうが、そんなことはどうでもよかった。


 僕はただ、兄の苦しむ姿を見ているだけで幸せなのだ。



 だって、こんなに素晴らしいものが目の前にあるというのに、手を伸ばさないなんてどうかしているとは思わないだろうか?


 

 だから僕は手を伸ばす。


 兄を苦しめるために、兄を手に入れるために、兄を屈服させるために、兄の心を破壊するためだけに、兄の肉体に刻み込むかのように触れていく。


「やめろ!  触るなッ!」


「そんなこと言わないでくださいよ兄様。僕たちは兄弟じゃないですか?」


「ふざけるのもいい加減にしろ! お前なんかと血が繋がっていると思うだけで反吐が出るわ!」


 その刹那、僕は衝撃を受けた。


「えっ……?」


 一瞬、思考が停止する。


「ふん、どうした? まさかオレがお前に傷をつけたとでも思っているのか?」


 兄が嘲笑っているのが見える。だが僕にはそんなことどうでも良かった。僕を突き放した突拍子のない兄の暴力よりも、気になることがあったから。


 それは僕だけが見えている『情報』に新たな項目が追加されたということ。つまり『嫌者の瞳』がまた一段と成長したわけである。その瞳でエルヒ兄さんを視ると、そこには僕に対する憎悪の念が強く込められていた。



ステータスオープン

名前:エルヒ・シュレ・カインズ

好感度:ー1000

種族:人間族

性別:男

年齢:20歳

状態:憎悪

先天スキル:総指揮者

後天スキル:なし



 これが今まで『嫌者の瞳』が僕に見せてくれたものだ。好感度は相手から見た僕への印象である。マイナス値、つまりエルヒ兄さんは僕のことが凄く嫌いだと言うことだ。そして、ここに新たに追加されたものがある。


 それがこれだ。


『隠しスキル:王の器』



 対象の人物の隠しステータスを表示するもの。ただし、対象者が王の資格を持たない場合は、この限りではない。王たる所以の資格を持つ時、真の能力が解放される。



『隠しスキル』とは、その名の通り、普通ならば他人には知られず、本人すらも気づかないままに生を終えるものである。この隠しスキルを知るためには教会の頂点に立つ教皇様にだけ与えられると言われる聖具を使用する必要があるのだが、生憎とその聖具は七日に一度しか使用することができない。加えて莫大な費用もかかることから、僕も実際に見るのは初めてのことだった。なにせあの特異スキル『鑑定』でさえ、その存在が掴めないほどである。


 そう、本来『隠しスキル』とはそういうものなのだ。決してこんな風に第三者に見せるものではない。それなのに、僕の『嫌者の瞳』はこんな効果を発揮したのだ。しかもこの『王の器』というスキル。これは一体どういうことなのだろうか?


「さて、そろそろ時間なので僕はこれで失礼しますね」


「おい待て! 話はまだ終わってないぞ!!」


「話すことなど何もありませんよ兄様。それではご機嫌よう」


「貴様ァァァアアア!!」


 背後から怒鳴り声が聞こえてくるが、気にせず図書室を後にすることにした。きっと今の兄の顔を見ればさらに愉しめることだろう。だけどまだ駄目だ。もう少しだけ我慢しなければ……。


 今はこの高揚する気持ちを抑えつけなければ。とりあえず今は自室に戻ることにしよう。そう思った僕は、急ぎ足で部屋へ戻ることにした。


「ふぅ……」


 部屋に戻って扉を閉めた瞬間、僕は大きく息を吐き出すのだった。それから椅子に腰掛けてゆっくりと目を閉じていく。


(それにしてもさっきのアレは何だったんだ……?)


 僕は先ほどの光景を思い出していた。どうして突然、あんなことになったのだろうか? 



 全くもって分からない。何か特別なことをした覚えもないし、いつも通りの日常だったはずだ。だけど確かに先ほど、兄は僕に手を上げた。それも明確な意思を持って。もしかすれば、嫌悪からくる怒りの感情に任せて思わず手を出してしまったのかもしれない。それが『嫌者の瞳』を成長させる原因となったと考えれば納得もできるだろう。



 実際、暴力を振るわれたのは生まれてこの方初めてだからだ。エルヒ兄さんは普段は温厚な性格で争い事を好まない性格をしているだけに尚更驚きである。


 それに僕の『嫌者の瞳』は他者からの評価によって相手の悪意を読み取る能力があるわけだが、どうやら兄の僕に対する評価というのも千と大台に乗ったこともあって相当悪いようだ。


 もしかしたらそれが関係しているのかもしれないし、暴力が関係しているのかもしれない。


 なんにせよ、僕の心が高ぶって仕方がないのは事実だ。何せあの兄が初めて僕に危害を加えたのだと思うと興奮が止まらないのだから。


 また嫌われる楽しみができてしまったのだ。


 そう思うと自然と笑みが溢れてしまう。あぁ、これからどうやって兄を陥れようかと考えるだけでも楽しくてたまらない。



 そんなことを考えていた時だった。コンコンと誰かが僕の部屋の扉を叩く音が聞こえてきたのだ。おそらく執事の一人だろうと思い、入室の許可を出すことにする。


「入れ」


 すると扉が開き、予想通りの人物が入ってくるのが見えた。その人物とは、白い髪を短く切り揃え、白と黒のモノトーンを基調とした使用人服を身に纏った、切れ長の目が特徴的な老爺であった。名をルシウスと言う彼は、僕専属の執事として幼い頃からずっと面倒を見てくれている人物である。


 

 僕にとって家族を除けば最も信頼のおける人物と言っても過言ではないだろう。



 つまり裏を返せば、僕を最も『嫌っている』人物の一人である。


 僕から信用を得たければ、僕を嫌いになること。


 『信用』と『嫌悪』は紙一重なのだ。



ステータスオープン

名前:ルシウス

好感度:ー800

種族:人間族

性別:男

年齢:78歳

状態:嫌悪

先天スキル:究極の執事人

後天スキル:なし

隠しスキル:切れ者



 やはりと言うべきなのか。隠しスキルの項目が完全に増えていた。『切れ者』か。なるほど、まさに狡賢いルシウスのためにあるようなスキルじゃないか。逆に置き換えると、このスキルがあるからこそ賢いのかも知れないが。それほどまでにルシウスの頭の回転は素早い。


 だから僕は彼を敵に回したくないが、そもそも土台無理な話で彼が僕に好意を抱いていないことなど百も承知である。だからこそ僕は彼に全幅の信頼を寄せているし、僕の命令には絶対に従うのだ。


 しかしその一方で僕は思う。これほどまでに僕に従順な彼だからこそ、いつか反旗を翻す日が来るのではないかと。


 もしその時が来てしまったらどうなるのだろう?


 そんな考えが頭を過る度に、僕はゾクゾクとした感覚に襲われるのである。


 きっと彼の裏切りという甘美なる誘惑を前に、僕は抗えないだろう。


 それが僕が彼をそばに置いている理由の一つでもあるのだから。


「それよりもどうしたんだい?」


「それは──」


「エルヒ兄さんの差し金かい?」


「──ッ!?」


 驚いた様子のルシウスだったが、すぐにいつもの冷静さを取り戻していった。


「その慧眼、感服致しましたぞ。エトラ様」


 流石なのはルシウスの方だ。君は今、自分が何をすべきなのか瞬時に理解し、最善の行動を取った。


 その取り繕う表情一つ一つが『見せかけ』であるということを分かっていながらも、感心せずにはいられないよ。


 まぁ、これも僕が君を高く評価しているからこそ言えることだけどね。だってそうだろ?


  自分の主人を裏切ろうと考えている部下に対して褒め言葉をかけるだなんて正気の沙汰じゃない。普通は有り得ない話だ。


「別に褒められることじゃないよ。それより兄さんからの伝言とやらを聞かせてもらおうか」


「はい。実は──」


 そこで言葉を区切ると、ルシウスは真剣な表情でこう言い放ったのだ。


「そっくりそのままお伝えいたしますね。一時間後、決闘広場で待っているとのことでございます」


「……へぇ、面白いことをしてくれるんだね」


「どうしますか?」


 そう尋ねるルシウスの顔からは何の感情も読み取れない。しかし、その表情とは裏腹に、瞳の奥にある仄暗い何かがこちらを覗いているように思えてならなかった。まるで何かを期待するかの如く……。


 いや違うな。これは紛れもなく確信犯だろう。


 エルヒ兄さんが態々ここまでする理由が見当たらない以上、恐らくはこいつが意図的に誘導して兄を焚きつけたに違いない。そうでなければこんなに都合良くことが運ぶはずがないのだから。


「もちろん、その申し出を受けようじゃないか」


 そして僕はこう続けた。


「……だって、その方が面白そうだからね」


「承知いたしました」


 ルシウスは恭しくお辞儀をすると、すぐさま部屋から出ていく。そんな彼を見送りながら、僕は『嫌者の瞳』で自分自身の能力値を視ていくことにした。自らの瞳に映っていく文字列を注視していると……。



ステータスオープン

名前:エトラ・シュレ・カインズ

好感度:0

種族:人間族

性別:男

年齢:15歳

状態:良好

先天スキル:嫌者の瞳

後天スキル:なし



 その瞬間、脳内に電流が走ったかのような衝撃に襲われたかと思うと、次々と新たな情報が書き加えられていくのが分かった。それと同時に、先ほどまで知らなかった事柄が次々と脳裏に浮かんでくるではないか。それこそが『嫌者の瞳』の成長に伴って出現した新しい『隠しスキル』だった。そこにはこのような文章が記されている。



『嫌者の心得』:嫌者である限り、あらゆる能力値が上昇。あらゆる呪いを無効化。あらゆる嫌力を持つ。



 つまり、嫌われれば嫌われるほどにあらゆる分野の能力値が上昇するというわけか……。

 

 『嫌力』とは一体なにかと思ったりしたものだが、素晴らしいことに違いはない。なんともふざけた能力だと思う反面、僕自身がエルヒ兄さんよりも優れた理由がここにあった。この事実を知った瞬間、自然と笑いが込み上げてくるのを止められないでいた。こんなにも可笑しくて堪らないというのに涙が出そうになるなんて、生まれて初めての経験だ。だから僕は笑った。


 腹の底から、心の底から、ただただ笑うことしか出来なかったのだ。



 なにせエルヒ兄さんがいくら努力をしたところで、『嫌者の心得』を持つ僕を超えることが出来ないということが確定したからだ。剣術の修練をしようが、魔法の研鑽に没頭しようが、嫌われることにおいて何十倍の努力をしている僕に敵うわけがない。つまりエルヒ兄さんは最初から勝ち目のない戦いを強いられていたということだから。


「くふふ、あっはっはっはっは!」



 今までの人生で一番と言えるほど気分が高揚していくのが分かる。そしてこの昂ぶりを抑えられそうにないと思った僕は、早速行動に移すことにした。

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