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真の嫌者になりたくて!  作者: 箱好鐘
二章 悪役令嬢
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悪役令嬢の慟哭記


「楽しいですか?」


 私はその言葉を聞いた後、淑女あるまじき駆け足で『母』の部屋へ飛び込んでいった。


 部屋の中はまるでお花畑のように様々な色の花が散りばめられてあって、部屋全体が明るい色彩に満ちている。中央には大きく立派なベッドが置かれており、そこで横になっているのは優しい笑みを浮かべる『母親』カルミア・フォン・ラテミチェリーの姿がある。


 透き通るような桜色の髪は綺麗に手入れされており、整った瞼は伏したままである。その姿はどこか儚げで触れたら壊れてしまいそうな、とても美しい女性だ。


「お母様!」


 母は瞼を閉じたまま反応しない。そっと頬に触れるとほんのりと冷たかった。まだ生きていたいのに生きられないもどかしさが伝わってくるようだ。


「私はどうすればいいのでしょう」


 もうどうしたらいいのか分からず、涙が零れ落ちていく。これがゲーム通りの結末ならば侍女長は私の所為により今日死ぬ運命で、母親の命も一ヶ月もない。

そう、私は知っていた。侍女長があの言葉を投げかけてくることに。



──何も知らないくせに!


 その言葉しか浮かばない。


 確かに私は世間知らずの悪女だ。


 自分のことしか考えられない最低な女なのだ。


 だから、だから────


──だから何だって言うのかしら??


 確かに私は『楽しかった』。


 でもそう答えるとなんだか惨めな気がして逃げ出したのだ。


 そうして行き着いた先が何も『話せない』母親のところだというのが本当に滑稽な話で……。


 きっと侍女長にはお見通しだったのだと思う。それなのに私を責めもせずに見守ってくれていたんだ。


 ほんとどうしようもない人間だ、私は。自分自身が恥ずかしくて仕方がなく、消えてなくなってしまいたいと心の底から思った。


 そんな私に母はゆっくりと手を伸ばす。その手は私の頬を撫でるように優しく添えられた。


「……フィオちゃん」


 それは母の優しい声だった。記憶はないけれど、体は覚えている。ずっと幼い頃に聞いていて、安心できて、落ち着く声だ。


 そんな声で私の名前を呼んだのだ。そして私の目から零れ落ちる涙を拭いながら言葉を紡ぐ。


「フィオちゃんはどんなフィオちゃんでもいいの」


 私の涙は止まることを知らないようにどんどん溢れ出す。


「あなたが私の子であることに変わりないわ」


 私がどうなろうと関係なく、母は私を愛してくれるという強い意思があった。


 知ってる知ってるよ。


 これが『幻想』だってことくらい。


 これが『イベント』だってことくらい。


 これが『生命力』を代償として扱う『精霊術』だってことくらい。


 母はこの『力』を使ってしまったせいで残りの寿命が一か月になってしまったことくらい。


 全部知ってる。


 だから余計に涙が止まらない。


 なんでこんなにも優しくて暖かい人がこんな目に遭わなければならないのだろうって。


 どうしてこんなにも残酷なんだろうって!! 


 悔しくて、悲しくてしょうがない!! 


 もうこのまま消えてしまいたい!  


 そう思ったとき─────不意に温かい体温に包まれたのだ。母が優しく抱き締めてくれたのである。それがあまりに心地よくて、私はさらに涙を流してしまった。


 もう自分が何をしているのか分からないほどぐちゃぐちゃで感情が爆発しそうになるくらいに心が荒れていた。


「フィオちゃんのその綺麗な髪、私は大好きよ」


「お母様ぁぁぁあ」


 そう言って何度も頭を撫でてくれる手は慈愛に満ちていて、温かくて優しかった。その優しさが苦しくて辛くて、また泣いてしまうのだった。


 恋するように焦がれるように。


 永遠にこのままでいたいと思うように。


 愛の手には、愛の涙で重ねるように。


 瞼を焼くような熱い涙は生きている証拠なんだって、私はただ駄々っ子のように辺りかまわずぼろぼろ泣いた。


「私、決めました」


 ひとしきり泣いたあと、私は決意した。このままでは終われないと、私は私の心に従うことにしたのだ。


 この道を進んだ先に何があるのか、正直分からないし怖い。でも進むしかないと心に決めた。私がこの道を選んだのだから、せめて最後まで足掻こうと誓ったのだ。


「お母様を絶対に死なせない」


 そう言うと私は泣き腫らした顔を引き締め、真っ直ぐに前を見据えた。



『ルナティックモード』に挑むために、私は──。



「真の『悪女』になります」



 そう、ここに改めて誓った。そして──。



「エトラ・シュレ・カインズ。絶対に貴方を攻略してみせる」



──私の物語は始まったのだ。



 この『災悪』の『ロマンス』に終止符を打つために!




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