悪役令嬢の反抗記
それからというものの、私は本心を口にせず、常に悪役らしく振る舞った結果、みんなに恐れられる悪女として君臨した。
普通は転生先が乙女ゲームだとか、恋愛小説ならば、ヒロインポジを颯爽と奪い去って『ざまぁ』のごとく返り討ちにして成り上がることがセオリーであったはずだ。
しかし私は目立てば目立つほど、みんなから怖がられ距離を置かれる一方である。ではなぜ私がそんな選択をしたのかと言えば、これにはれっきとした理由があるのだ。
せめて素敵な恋愛を諦める変わりに自由な人生を歩みたい。その歩んだ先が道のない破滅であったとしても、誰かに縛られて生きるくらいなら私は自ら悪女となって生きてやると思ったのだ。
どうせ、前世の私は天寿を真っ当したのだろうし。今世はもうやりたい放題してやるわ。
そういえばエトラ・シュレ・カインズはよくこう言ってたわね。
──覇道を突き進むって。
そっくりそのまま言ってやる。私は真の悪女になってやる。
そうして三年が過ぎ去った頃には、すっかり悪女の様相も板についてきたもので。
「フィ、フィオリア様。今日のランチは──」
「今日はランチの気分じゃないわ」
そういう日もあれば。
「フィ、フィオリア様。このお召し物を──」
「……」
かわいい。是非きてみたいものねと、思っていても。
「ひ、ひい! このドレスは即座に捨てます。新しいものを用意してきます!!」
「あ、待って……」
悪女ゆえの勘違いもあれば。
「フィ、フィオリア様! 今日のお勉強は──」
「なに? 私を馬鹿にしないでくれる?」
「ひ、ひぃ! すみませぬ! 家庭教師は下がらせますうぅぅ」
反抗する日もあって。
「フィ、フィオリア様! 現在のお湯の温度は──」
「ぅーさい──」こうだわ……。
「──失礼しました!」
うるさいとでも言われると思ったのかしらね、なんて日もあって。
この全てを一言で表すと……。
──なんて最高なの??
富もあって、実力もあって、知恵もある。そして家ではこの体たらく。
やーっばい! 悪女最高! 一生この生活がしたい! と、中身はコミュ障を宿した小心者なのは相変わらずだけど、気付けばあの日がやってきたわけで……。
「お父様、これは?」
豪華な家具が置かれた部屋の中央には大きな机が置かれている。その上には大量の書物が積まれており、本棚には難しそうなタイトルの背表紙が並んでいる。部屋の隅にある棚には高価そうなカップが飾られており、部屋の奥の壁にはどこかの風景画が掛けられていた。机の上には羽根ペンとインク壺。ここはまさに知識人たちが集まる場所といった雰囲気だった。
そして今まさに仕事の一環とでも言うように、私は一つ書類を受け取っていた。
「アカデミーの入学手続き書だ」
絶望に堕ちるのは一瞬だった。
こんな居心地の良い場所から一歩でも外に出てしまえば、きっと地獄の番犬ケルベロスの唸り声が聞こえてくるに違いない。そんな嘆きを隠しながら、表面上だけはにこやかに対応する。
「嫌ですわ。お父さま。私、お父様と離れたくありませんの」
よくアカデミーとは魔法を学ぶとか、剣を知るだとか、勉学に励むとか、沢山の建前を見栄えよく並べているだけで、本質は『貴族社会の縮図』であり、決して私のようなチワワは一人で過ごしていい場所ではないのだ。
もちろん中には社交性皆無の異端児もいるので、一人を貫く者も少なからず存在することも理解している。
しかし私には無理だ。
「お前の大好きな皇子もいるようだが?」
「それでも、です!」
だいたい私は主要キャラに関わりたくない。なのになんでわざわざ危険なところに身を投じなければいけないのよ。
「はぁ、また我儘か」
淡く輝くブロンドの髪を持つイケメンフェイスの顔も今では溜め息混じりのしかめ面に変わる。私の前だといつもこの顔だ。
「お前はラテミチェリー家の娘だ。そしてアベリア魔法大国を背負う責務を生まれたときから負っている。そのためにも、アカデミーで学ぶことは沢山ある」
凍てつく黄金色の双眸が私を捉えていた。その鋭い眼光には逆らえないと思わせる力があり、私は黙って俯いてしまう。その様子に彼は呆れたように言葉を続けた。
「それにフィオリアよ、これはお前のために言っているのだぞ」
「アカデミーがそこまで大事ですか?」
私は父のその言葉に思わずカッとなり、顔を上げる。そして父を睨みつけた。
「……はあ、アカデミーはさほど重要ではない」
「ではなぜ──」
「──今までのお前の生活を見直してみろ!!」
ドン! と、両手を机に叩き付けて怒鳴り声を上げた父に私はビクッと体を震わせる。
今までに見たこともない怒り方だった。
「フィオリア、お前を甘やかして育てたことを、私は酷く後悔している」
「……」
そんな言い方されたら何も言えないじゃない。だって全部事実なんだから……。
私が今日まで好き勝手してきたことへの罰というなら受け入れるしかないじゃない。
「フィオリアよ、貴族の世界で生きるとは何かをアカデミーで学んできなさい。これが最後のチャンスだ。これ以上私を失望させるならばこの家に入る資格すらないと思え」
その言葉に思わず、奥歯を噛み潰して、グッと堪えてしまう。そうよね、所詮、私は悪役令嬢なのだから。誰にも好かれることなんてないし、うまくいくこともない。ここはもう二次元の世界ではない。
「分かりました。失礼します」
そう言ってお辞儀をすると、父の部屋から退出する。ある部屋に行く途中、廊下でばったり侍女長と出会った。侍女長はいつも通りの無表情でこちらを見つめてくるが、心なしかその瞳がいつもより冷たく感じた。
「どこへ行かれるのですか?」
「お前はいつから主君の動向に口を挟む愚か者に成り下がったの? どうやら死にたいようね」
侍女長は表情を変えず、じっとこちらを見ていた。まるで死の覚悟を決めたかのように堂々としている。
「はい、わたくしめの愚考により今日が最後の日となるならば甘んじてそれを受け入れましょう。ならばもう少し気合いを入れませんとね」
ふふっ、と笑う彼女を見て私は驚いた。
彼女の笑顔なんて初めてだったから。それと同時に胸が締め付けられるのを感じた。
いくら『悪役』を演じていようとも……少しだけ彼女に申し訳なくなった。
「わたくしはただ最期まで忠実に職務を全うしようと努めているだけでございます。だから今一度、フィオリア・フォン・ラテミチェリーお嬢様に侍女長として最後の言葉をお贈りしましょう」
彼女は深々と一礼をするとゆっくりと顔を上げ、いつもの凛々しい表情に戻っていた。でもそこには寂しさの色が滲んでいるように見えた気がした。
「楽しいですか?」