気弱な公爵夫人様、ある日発狂する〜使用人達から虐待された結果邸内を破壊しまくると、何故か公爵に甘やかされる〜
シャルロット・クレマン。公爵家に嫁いだ彼女は、しかし夫から相手にされていなかった。
彼女の夫はレオ・クレマン。狂犬卿と呼ばれる、王家の暗部の人間だ。
そんな彼は、妻となったシャルロットに興味を示さず初夜さえ相手をすることは無かった。
「私の…何が悪いと言うの…」
言ってしまえば、シャルロットに落ち度はない。狂犬卿が控えめに言って頭がおかしいだけである。彼は暴力や暗殺、拷問の方が女よりも好きなのだ。
「もう…こんな生活嫌…!」
せめて、彼女が公爵夫人として何不自由なく暮らせていればよかった。しかし、彼女は屋敷の主人に初夜さえ相手にされず使用人たちからとても舐められていた。
味方のない場所で、孤立した彼女。気弱なのも手伝って、どんどん虐待されるようになる。しかし生粋の貴族の娘である彼女は自分で自分の身の回りの世話をすることさえ叶わない。逃げ出すことすら出来なかった。
そしてある日。彼女の糸がプツリと切れた。
「あははははっ!」
彼女は発狂した。邸内を手に持ったハンマーで破壊しまくる。使用人たちは恐れおののき逃げ惑う。そんな彼女を止められるものはここには居ない。
使用人たちは急いで主人であるレオに連絡した。レオは屋敷の悲惨な姿を見て、未だに暴れ回る彼女を見て、笑った。
「案外やるじゃん!」
レオの嬉しそうな様子に使用人たちはぽかんとする。
「シャルロット。俺の可愛いシャルロット」
レオは恐れもせずにシャルロットに近づいて、その腕を掴んで止めた。
「…旦那様?」
呆然とするシャルロットに、彼はこう言った。
「今まで無下に扱ってごめんな。使用人たちの所業も知ってたんだ。俺を恨むか?」
「え、あ…」
「でも、な?俺、そんな君を愛おしく思うんだ」
「え」
「これからは俺の大切な妻として扱う。許してくれなくていい。そばにいてくれないか。俺には君のような妻こそ必要なんだ」
シャルロットはその言葉に涙を流す。
「旦那様…旦那様っ!」
「可愛いシャルロット。俺だけのシャルロット」
抱きついてきたシャルロットを、レオは優しく抱きしめて離さない。
いきなりの展開に困惑する使用人たちに、レオは言った。
「それと、お前たち今日今ここでクビ。シャルロットをいじめるような奴はもうこの屋敷に要らない。紹介状も書いてやらない」
「え!?」
「そんな!?」
使用人たちは騒ぐが、レオが最大火力の攻撃魔法を使用人たちの横に放つと黙った。
「次は当てる。嫌なら消えろ」
使用人たちは黙って貴重品だけを持って逃げた。
「…旦那様、こんなことしてごめんなさい」
「こんなことをするシャルロットだから可愛いんだよ。それに俺の魔法を使えば…ほらっ!」
屋敷は元の状態に一瞬で戻った。
「え…?」
「な、問題ないだろ?」
「でも、使用人は…」
「ああ、王家の連中に無理矢理雇わされていた連中だから要らないよ。本来なら俺の作るホムンクルスで十分さ。ほら」
レオが指を鳴らすと、ホムンクルスが次々と錬成されて使用人としては十分な人数が集まった。
「え…でも、でも王家から直々に派遣されていたなら…」
「そんな連中が俺の妻を、俺の不在時に虐待していたんだ。解雇に十分な理由になるだろ?」
シャルロットにウィンクをするレオ。
「では、旦那様の今までの態度は全てこのために…?私は手のひらの上で転がされていたのですか?」
「ごめんな、シャルロット。でも実に良い働きだった。それにな、もし初夜あいつらがいる状況で抱いていたら、どんな風に抱かれたとか王家の連中に知られてたんだぞ?シャルロットだって嫌だろ?」
「…嫌ですね」
「今晩からは毎晩、可愛がってやる。毎日ちゃんと帰ってくるようにするし、寂しい思いはさせない。本当に、愛してるんだ。嘘じゃない。あの日、任務帰りで血まみれになった俺を心配してハンカチをくれただろ?その時から、本当に愛しているんだ」
シャルロットは、あっと呟いて思い出した。そういえばレオとの婚約が決まる数日前、そんなことがあった。その後急に婚約が決まったのだ。暗くて相手の顔など覚えていなかったが、レオだったらしい。
「たくさん嫌な思いはさせたけど、その分これからは大切にする。許してくれなくて良いし信じてくれなくて良い。ただ、最後の最後に俺の妻で良かったと思ってもらえるよう努力するから」
そのレオの言葉に、憎しみも愛おしさも込み上げてくるシャルロット。ああ、結局自分も狂犬卿の妻に相応しい、狂犬なのだと思い知った。