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アンチテーゼ/アンライブ  作者: 名無名無
第二章 霧の街のミステリー
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平和を守る者と休暇

「そういえば二人でこうして外で歩くのも久しぶりだなぁ〜」


「そうか......。あの時以来か」


 街の中を大した目的もなしに、気分転換のためにゆったりと歩いて回るアンナとマイルス。


 中心部へと近づくたびに人の流れが勢いを増していく。


 買い物。飲食店。その他全ての娯楽が集結している、経済の中心部とも言えるこの区画は、最近はいつ来てもそれなりに人気(ひとけ)が多い。


 彼らは街に何が起こっているのかを具体的には知らされておらず、具体的な犠牲者が市民の中に出てないこともあって、ギルドが得た情報は選別されたものしか受け取っていない。


 なので彼らの多くは「もういいだろう」という気持ちになって、街を出歩いているということだろう。


 以前のような活気を取り戻すのはもう少しかかるものの、やっと取り戻せそうになりつつある街の平和。


「......守るって、色々と大変だな」


 その平和を守るのは大変。隣を歩くマイルスが、突然立ち止まって街や人々の出歩いている姿を見て、和やかな表情で呟いた。


 守るのは大変。しかし壊すのは簡単。破壊から守りたいものを守るため、だから立ち上がる者が出てくる。


 マイルスはその一人だ。普通に生きているだけの人間には、決して座すことのない平和の守護者としての位置。そこにいるからこそ、この平和が尊いものに見えてくる。


 今、彼の横顔や言動からは、安堵と微かな誇りの色が宿った表情が見て取れる。


「そうだねぇ」


 彼の呟きに関して、特に深くいう訳でもなく、さりげなく小さな声で呟いた。




「......おっ。良い匂いだな。久しぶりに買ってくか」


「良いけど、ちゃんと食べられる範囲に納めときなよ〜」


 しばらく適当に散策していると、マイルスが犬のように鼻を少し前に突き出して、あたりの匂いを詳しく嗅ぎ始めた。


 何かの匂いに釣られたようで、立ち止まっていた足を動かし、匂いの発生源と思われる場所目掛けて駆け足で移動を開始している。


 何かはわからないが、食欲をそそりそうな甘い匂いがほんわりと漂ってくる。


 今の時間帯、ちょうど小腹が空くのだろう。一仕事して魔術も扱ったのもあって、血糖値が足りていないのかもしれない。


 足早に移動する彼の後に続いて、アンナも同じ速度で足を動かし移動する。


 その際、美味しそうな匂いの発生源よりも、前を走るマイルスの純粋に楽しそうな姿。それがアンナの心に強く響いた。


(よかった......)


 特に何もしてやれなかったが、彼のそばにいて様子を見て、そして今のように二人で動くことで、精神的負担が随分と軽くなったように思える。


 マイルスの回復は喜ばしい。彼が元気になっていく様を見て、アンナも自然と心の重荷となっていたモノが薄れていく感じがした。




「ハァ、ハァ......。なるほどなぁ。食うか?」


「えっと......。あまり食えないからね」


 しばらく駆け足で移動した後、辿り着いたのは複雑に入り組んだ道にあった商店街。


 そこにある移動屋台がどうやら匂いの元のようだ。


 売ってある商品について見てみると、とても懐かしい気分になってくる。


「......『かすてら』ねぇ」


 見慣れない文字。つまるところ異世界文字で「かすてら」と書かれた屋台が、買い物客を狙って商売をしていたようだ。


 ちょうど、マイルスたちの前には子連れだったり、大人だったりと歳など関係なく、意外と人が並んでいる。


(なるほど。上手いな)


 こういう移動商売は、自前で用意した屋台を用いて、尚且つ長年親しまれたブランドとして確立されたモノならしっかり安定して収入が入る。と思われる。


 しかし、例えば屋台などのセットは全て借り物だと相当な費用がかかる。


 それに場所取り代、材料費。その他諸々。

 それらの経費の上、さらに移動屋台が長年親しまれたものではなく「一時期」だけの場合。出店する日に相当数売り捌かないと赤字となるほど、厳しい商売となる。......と思われる。


「すごい頑張ってるなぁ」


 遠目に観察しているのだが、狭い厨房の中に若い男と老年の男。その二人がせっせとカステラ焼きをしていた。


 懐かしい光景を遠目に見ながら、思い出せる範囲での昔の思い出に耽っていると、突如としてマイルスに手招きされる。


 適当に買ってくれれば良いのにと思って近寄って「どうした?」と尋ねた。


「なんか二種類あるぞ」


「......ああ。知らないのか。えっとね、こっちのはパーティー用ね。一個だけ辛いやつが入ってる、いわば友人同士でやる駆け引きゲーム。見事辛いのを食べた人が負け。それを食べ物でやるの」


「へぇ......」


 屋台に書いてある二種類のメニュー。そこからさらにサイズが詳しく分けられているのだが、一つは三つのサイズが選べるスタンダードな丸いカステラ。もう一つが「ロシアンルーレット」カステラだった。


(辛いカステラ......。たこ焼きじゃないのか......。『たこ焼き』ってないのかな?)


 普通、ロシアンルーレットはたこ焼きとかだろうという、この場では誰にも共感されなさそうなツッコミを心の中に留めておく。


 どうやらそこそこ人気なのか、列に並びつつ様子を見ていると、一部の客がロシアンルーレットの方を選んでいる姿が目撃できた。


「普通のね」と一応念押ししておくと、こちらを見てニヤリと悪い笑みを浮かべるマイルス。


 あんないたずらっ子のような笑顔を見たのは、ロウがまだ生きていたときくらいだ。


 彼の元気な様を見て安心しつつ、同時に嫌な予感も覚えつつあった。


 とうとうアンナたちの順番。マイルスは興味本位かわからないが、恐らくロシアンの方を選ぶだろう。

 彼に先に言わせまいと「こっちの......」と口を開き伝えようとしたのだが。


「この辛いやつ入りで頼むぜ!」


「......お前ぇ」


「うおっ......。その静かに怒ってる顔やめろよ、普通に怖いぞ」


 興味本位でこんな物を買うなんて正気じゃないと思いつつ、諦めて「ハァ」とため息を吐いて、無言で立ち去ろうとする。


「会計。やっとけよ」


「わかってるさ」


 先に飲み物を買っておくべきだろうか。いやそもそも、自分が敗北する前提で飲み物を買うのはおかしいだろう。

 色々な考えを巡らせつつ、適当な椅子に座るためあたりを見回す。


 そしてちょうど良さそうな、テーブル一つに椅子が複数ある、公園などでよく見るテーブルと椅子のセットを見かけたので、そこへ座ろうと移動を開始。足を踏み出した。


「辛いヤツの注文が入ったぞ。レギュラーサイズ」


「おうよっ!」


 しかしその時。屋台の若い男の声にとても聞き覚えがあり、思わずピタリと立ち止まって、厨房内の様子を確認するため勢いよく振り返った。


「......」


 そして若い男が、マイルスから受け取った銭を換算して、お釣りを返しつつ色々と作業を開始する。


 その様をじっと観察していると、明らかに男がこちらを気にするような素振りを見せるので、あの怪しげな挙動で疑いが確信に変わった。


 さっきの屋台に戻り、出来上がった品を受け取ろうと待っているマイルスの隣に立ち、店内にいる若い男をじっくり見つめる。


「......バイトか?」


「知り合いか?」


 近くでまじまじと見たことで、やっとこさ若い店員の正体に気がついた。


「っ......。すまん、後にしてくれ」


 帽子をしていて、おまけにマスクとコスチュームを身に纏っていたのでわからなかったが、若い男の正体はハンターのロット。

 いつも毎晩、一緒に時間を潰してくれる仲だ。


 後にしてくれと言われたので「一応、あそこで待ってる」とだけ伝える。


 そしてカステラを受け取り、状況がよくわかっていないマイルスの手を引っ張り、先ほど目をつけた場所へと移動を開始した。

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