納得のいかない結果・仕組まれた予感
「......終わった」
銃弾を打ち込んでも殴っても死なない化け物が、謎の黒いエネルギーによって消え去った。
あまりに呆気ない結末に、今まで苦労して戦っていたアンナとマイルスは呆けてしまっている。
「......オレたち必要ねえな」
「いや、これも修行だと思ってさ? 己を磨くため、経験は必要! なんて........はは」
しかし結局のところ、戦いによって発生していた体の緊張が解け、一気に気が緩んでいった。
「ふぅ」と一息ついて全身から脱力し、手を組んで体を上へと伸ばす。
そして堂々と歩いて帰ってくるデリバーに「お疲れさま」と言って、化け物退治の完遂に対してのご苦労の言葉を送った。
「おう。特に複雑なことはしてないけどな。さて、帰るぞ」
特に嬉しがる様子もなく適当に返事をして、そのままギルドに直行しようとするデリバー。
一応、ギルドの緊急依頼としてここにやってきた身だ。報告を済ませなければならない。
「......帰ろっか」
「お、おう」
色々とあったが、すっかり毒気が抜けてしまったマイルスを連れて、皆でギルドに帰って行った。
ギルドに帰っても、アンナたち以外の者どもが帰ってくるには、まだ時間がかかるとのことだった。
とはいえ、参加するかしないかの選択を迫られたギルドの緊急依頼。それに参加したということは、かなりの実力者なのは確からしい。
「もうすぐしたら終わるだろうな。だが、おそらく怪我人だっている。俺たちは邪魔にならないよう、あの角っこで待つことにしよう」
ギルドに帰って報告を済ませるなり、アンナたちはいつものようにギルド内のカフェ。そこの隅っこの席に座って待つことにした。
幸いカフェは営業していたようで、「こんな大変な状況だというのに、毎度ご利用ありがとうございます」とすっかり顔を覚えられてしまったらしく、店員さんに猛烈に感謝されてしまった。
(......相当経営がやばいんだろうな)
街に蔓延る奇妙な事件によって、人の往来が減ってしまった。このカフェにしてみれば、そんなのお構いなしにお金を落としてくれるアンナたちは最高のお客様なのだ。
見えすいた意思を汲み取って、「いえいえ」と軽く返事をするアンナ。
流石にお腹に何か入れるつもりはなく、各々が適当に個人に合わせて注文した。
〜〜〜カフェの中で適当に時間を潰していると、別の箇所へ調査に行っていた一行が帰ってきた。
しかし一人は頭を強打したのか、応急処置として巻かれた感じの包帯が頭を覆っていた。
肩を担がれて、ギルド内の医務室へと運ばれていく。
本当にデリバーの読み通り、怪我を負って帰ってくる人もいるようだ。
「......何してんだ?」
ふと、怪我人たちの様子を伺いながら「ほえぇ......」とデリバーの読み通りの事態に感心していると、アンナの手元をみてマイルスが疑問を口にした。
「何って......。服の修繕」
何と言われても、今やっていることを見せつつ答える。
自分が不甲斐ないせいで、戦闘のたびに服の手直しが要求される。
なので同じ色の布と、簡易的な裁縫道具を持ち歩いているのだ。
新米とはいえ旅人。旅先での事故に備えて、色々と持ち歩くようにしている。
「律儀なこったなぁ。買えばいいじゃねえか」「お金かかるでしょ」と言い合いしていると。
「しかしあの様子だと、一応完遂したらしいな。あとは最後か......。さて、どうなることやら」
デリバーが向こうを見て呟いた。頭を怪我した冒険者だかを引き連れていた一向の様子を見て、無事に緊急依頼は達成できたと察しているようだ。
帰ってきた冒険者たちは仲間の怪我を心配しつつも、表情に大きな翳りがない。アンナたちと同じく、調査に成功したと一眼見てわかった。
あとは時間を潰しつつ、最後のグループが帰ってくるのを待つだけとなった。
〜〜〜そうしてさらに時間が経過。
暇なので、裁縫の練習がてら帽子に星形の布を縫い合わせて時間を潰していた。
「......」
「......じっと見つめられると、手先が狂うんですけど」
「なんだよ。見ちゃダメか?」
別に珍しいものでもないのに、裁縫する過程を延々と観察してくるマイルス。
彼の顔、手前で手のひらを「シッシ」と振って、見せるつもりはないとの意思を送る。
「ちっ......。わぁったよ! たくっ......」
不貞腐れたようにそっぽを向き、やっと目を逸らしてくれたマイルス。
そんなやりとりを終えたばかりの頃、ちょうどギルドの扉が開けられ、最後のグループが帰ってきた。
「あいつらも上手くいったみたいだな」
「そうだね。......デリバー?」
最後のグループも、出発前はちゃんと整っていたであろう服が、ボロボロになっていたり、目立った怪我はないが疲弊しきっておぶられたりしている人もいる。
そんな彼らを見て、デリバーは何を感じ取ったのか。目をじっと細めて、何か観察するように彼らの様子を伺っていた。
「全員無事か......」
「いいことでしょ?」
「そうだが......。あとで話すか」
相変わらず彼にしか見えない何かが掴めたのかもしれない。怪訝な表情で何か考え続けている。
「......みなさんお疲れさまでした。此度の緊急依頼。その内容は観測された三つの異変の調査。ですが、こうして終えた今、新たな問題も発生しておりません」
とここで、ギルドからの伝達が始まった。
黙って耳を貸し、裁縫の手を止める。
怪我人以外の、この場にいる全員が職員さんの方を見る。
「依然目的はわかりませんが、ひとまず警戒は解かれたと考えて良いでしょう。皆さん、お疲れさまでした!」
伝えられることを全て伝え終えた職員さんは、深々と一礼したあと、どこかへと消えていった。
まるで全てが片付いたかのいい口だったが、アンナたちは奇妙な化け物が出てきたから戦っただけ。
「結局、今までと何も変わらないか......」と心の声を口にした。
今度こそ進展があると考えていたのだが、結局今まで通り。
ロウ殺しの犯人の足取りすら掴めず、マイルスの目的は振り出しに戻った。
「警戒は解かれただと? 冗談じゃねえ......」
静かな怒りを宿した表情で、恨言のように小さく呟く。
自分の身内の仇は結局現れなかった。恐らく、その敵が用意しただけの化け物と戦わされただけ。
「くそっ!」
腹いせに机を叩くマイルス。その表情には怒り、そして悔しさが滲み出ている。
そして机に伏せたまま「オレは何も......」と弱々しく呟いた。
確かに、今回の立役者はデリバーだ。
アンナとマイルスは少し戦っただけで、結局化け物の討伐に大きく貢献したのはデリバーである。
自分が弱いこと。それが悔しくてたまらない。さっきの表情はそういう意味だろう。
そして今、机に伏したのも、悔しさに耐えきれずやったからだ。
自分は何もできなかった。見ていただけ。そんなのアンナも同じだ。
「アンナ。俺は少し考えがある。そこの小僧と二人で出かけてこい」
すると今までずっと腕を組み、マイルスの様子を気にもとめず、何か思案するようにカフェオレの入ったカップを見つめていたデリバーが口を開いた。
アンナとマイルス。二人で外に行ってこいと促している。
「気分転換ってところだ。一度落ち着いて、今の自分に必要な物を探す時間ってわけな。さあ、ずっとくよくよしてるくらいならとっとと行ってこい!」
「うおっ!」「うわっつ!!」
マイルスとアンナ。右腕でマイルスを、左腕でアンナの腰に手を回し、大きな丸太を運ぶようにして外へと連れ出そうとする。
そしてギルドの扉を蹴破って、二人を怪我しないようにポンっと地面に置くように降ろした。
「そらっ! 楽しめよ!」
「えぇ〜......」
「あとお前の財布。ほらよ」
「いつの間に......」
別れ際に貴重品を手投げで渡してくるデリバー。笑顔で小さく手を振って、そのままギルドの扉を閉めてしまった。
あの馬鹿力にも驚かされるが、急に外に出ろと言われても何をすればいいのかわからない。
いきなり連れ出されたマイルスも困惑した様子で、アンナの顔をじっと呆けたまま見つめてくる。
「......とりあえず。買い物でもする?」
「か、買い物か......」
買い物といっても、買う物の検討もついていないが、ギルドの扉の前でたむろしてても何も始まらない。
二人で立ち上がって、足や尻の汚れを払い落とし、とりあえず街の盛んな場所を目的地に歩くことにした。




