落とされ子
「あれは......。なんだ?」
銃を右手に持ちつつ、片膝を地面についたまま大穴を観察するマイルスが、怪訝な表情を浮かべて困惑していた。
「さあ。ろくでもないのは確かかもね」
対するアンナは、数多の奇妙な見た目をしたヤツを相手にした影響か。最近は何を見てもあまり腰を抜かすことはなくなった。
黒い渦。どれほどの大きさか、遠目では判断しづらいが、その穴から不気味なものが排出されていた。
大穴から出てくるヌメヌメした真っ白の、しかも二メートルはある人間の脚のような物。
あの形状からして、人型の化け物と言ったところだろう。
「フン。同類でも、あんなのにはなりたくないね」
「同類?」
どんどんと真っ白の化け物が排出されていき、全体像が明らかになってくる。
身の丈は十数メートル。両手両足が異常に長く、顔は目と鼻の造形はあるものの、両目がくり抜かれたようにぽっかりと空いている。口は見当たらない。
そして体つきはお腹がぽっこり出ているだけで、それ以外は痩せ細っているため、アンバランスな見た目となっている。
出てくる様といい、真っ白の肌といい、謎のヌメヌメといい明らかにグロテスクな見た目に、同じ化け物の身として自身と比較して思ったことを言うアンナ。
それを聞いて意味がわからないと困惑する様子のマイルス。
変な詮索をさせないためにも、さらりとその話題を受け流すことにする。
「ああ、今の独り言は気にしないでよ。......おお、やっと生まれたな」
「概ね予測できていたが、まさかあんな化け物飼ってるとはな。何かわからん以上、あまり迂闊に触れるなよ」
ついに化け物が大穴から生み落とされ、化け物が地上に這いつくばると同時に穴も消え去った。
「空間魔術の反応がなくなったか。敵の目的はわからんが、俺たちを殺すか、もしくは戦力を削ぎたいように思えるな」
確かにデリバーの言うように、こんな化け物を使役してくるとなると、殺すか削ぐかと単純な目的くらいなら想像できるが。
(でも、急にやり方が大胆になったな......)
「どっちにしろ同じだろ。さっさと片付ける!」
殺すなら一人ずつ、ロウの時のように不意打ちを狙って殺せばいいはず。
なのになぜ、今更になってアンナたち敵に対して時間を与え、対策を練るように行動させているのか。どうしてデリバーに見つけられるような、今までとは違う方向性の攻撃の仕方をしてきたのか。
色々な違和感が拭えず、頭の内でごちゃ混ぜになって混乱していくが、マイルスの言うように今はさっさと片付けるのが先だ。
立ち上がって銃を構えるマイルスの隣に立ち「さて、どう攻める?」と横に並ぶ二人に尋ねる。
「俺が先陣を切る。俺なら奴に触れず攻撃を......」
「それならオレにもできる! ついてこい!」
触れずに何発か当てて、敵の出方や奇妙なトリックがないか確かめる。
そのつもりで行くようだったが、冒頭を聞くと待ちきれず先にマイルスが飛び出していった。
確かに彼なら銃撃で、触れずに殴り続けることが可能だ。
「おい待て、急ぐと危ないぞ!」と先を走るマイルスに手を伸ばすも、すぐさま諦めるデリバー。
口早に「お前はあいつの補助だ。危ないときに助けてやれ」と指示し、デリバーも戦闘に参加していった。
「......二人ともやる気だなぁ」
やる気がみなぎっている二人の後に続くため、アンナは指示に従って行動することにした。
こうして大した作戦もなしに、まずは様子見を徹底することにしたのだが。
「いくら撃ち込んでも反応なしか......」
銃を撃っては退散。それの繰り返しをしていたが、白い化け物はゆっくりとこちらに歩き続けるだけで、銃弾を浴びても灰色の液体をブチ撒くだけだ。
飛び散った液体はもちろん、体から滑り落ちる透明のジェルのようなヌメヌメすら、あたりに生えている草木に触れているが、特になんともないらしい。
「ただ単に気持ち悪いだけか?」
「油断するなアンナ。お前らには分からんかもしれないが、俺の目にははっきり見えている」
化け物に投擲武器を使って何度か攻撃を試みていたデリバーが、突如としてアンナの元に戻ってくる。
いまだに銃撃を続けるマイルスをちゃんと見守りながら、隣にやってきたデリバーに「どういうこと?」と意味を聞きだした。
「身体中に激しく魔力が巡っている。身体強化の魔術で目を強化すると、魔力の流れすら見えるんでな。あっ、真似するなよ。失敗すると目が吹っ飛ぶぞ」
「りょ、了解......」
しかしデリバーのいったことが本当なら、もうそろそろ何かしらの行動をするはず。
応戦し続けて注意を引いているマイルスに向かって「戻ってこ〜い!」と叫び、彼を呼び戻す。
「どうした? なんだ?」
「今に見てろ」
三人で十分に距離をとった場所から、白い化け物を観察する。
すると間もなく、化け物が小刻みに震え出し、うつ伏せになって地に伏した。
死んだのかと思いきや、なんと突如身体中から無数の小さな手足を生やし始める。
「き、気持ち悪いっ!!」と悲鳴をあげ全身をさする。流石に予想外過ぎた異形化を目の当たりにして、全身に鳥肌が浮き上がるアンナ。
前言撤回。やはり気持ち悪いものはいくら見ても克服できない。今回はオーソドックスな人型の化け物かと油断していたが、あれはもはやなんといっていいのか分からない存在だ。
「おお見ろ、頭まで手足まみれだぞ」
「よく笑っていられるねぇ......」
何が面白いのか分からないが、グロテスクなモノを見慣れているのか、デリバーは小さく笑っている。
マイルスは口を大きく開けて、流石に驚きを隠せない様子だ。
各々が独自の反応を示す中、突然化け物が豪速の足踏みで、地に伏したまま駆け寄ってきた。
「くっ......。オレの銃撃も無理だっ! 引こう!!」
「ええっ!? で、デリバー!」
頼みの綱だったマイルスがいち早く撤退し始める。力量を判断して撤退するのは、戦況を冷静に見る能力の一部として大変素晴らしいものだ。
しかし今回に限って言えば、マイルスが逃げたらどうやって攻撃すればいいのか分からない。
身体強化の魔術を使おうにも、まだ扱いきれていないにも関わらず、こうも切羽詰まった状況で一か八かの魔術を使うのは危険だ。
なので、残された道は一つ。とっても強い相棒を信じて、全てを託すのみ。
「頼むっ!!」
「ああ、任せとけ!」
馬が駆け寄ってくるのに引けを取らない速度で、アンナたちの方へと向かってくる化け物。
そいつに対して、真正面から立ち会うデリバー。
「無茶だ! 死ぬぞ、おっさん!」と後ろの様子が気になったのか、一番最初に逃げ出していたマイルスが足を止めて振り返り叫んだ。
おっさん呼ばわりされたのが気に入らなかったのか、デリバーは「おっさんじゃねえ、お兄さんだ」と大声で叫んでどうでも良い訂正をしつつ、大きく息を吸い込んだ。
何をしてくれるのか。必ず打開してくれるだろう。そういった期待と希望を胸に、相棒を信じてアンナはデリバーの背中をしっかりと見つめる。
豪速で駆け寄ってくる化け物とデリバーの距離。すでに五メートルほど。
その一瞬の間に、何をしたのか分からないが、デリバーの姿が突然消えた。
「うあっ!」
消えたと同時にとんでもない風が吹き荒れ、風に乗って大きな音が鳴り響く。
両手で顔をガードしつつ、前方を確認する。
「......えっ」
するとあまりの光景に、言葉を失ってしまった。
なんと巨人の如く大きな巨体を持つあの化け物が、軽々しくふわりと空中に浮いていたのだった。
「......う、浮いてるぞ!?」
ありのまま、マイルスは今起こったことを口にした。顔を見ずとも、その声色からかなり動揺しているのは目に見えている。
そしてそれはアンナも同じだった。




