望みと義務の反復横跳び
「俺に家族はいない。そしてハンターになるしか無かった。その答えが、あの試すような質問の全てだ」
(となると......。結構悲惨な人生だったんだな)
今までにされた質問のうち、とりわけ状況が具体的だった三つの質問。それが彼の生き様だという。
ならば、彼は大切な人を失い、しかもそれは誰かに殺されたわけで、そして復讐を望んでいたのだろうか。
結局犯人は見つからず、今ものうのうと生きていることに怒り、それを許す世界を憎んでいるということだろうか。
(随分とえげつないな。もし、そうなら......)
「お前は強いな。アンナ。俺と違う」
「へっ?」
彼のバックボーンを勝手に想像し、苦しそうに胸を抑える姿を見てアンナも痛みを感じていたのだが、唐突に顔をこちらに上げたと思えば褒めてくるロット。
間抜けな声を漏らしてしまった。彼が他人を認め、しかも強いと褒めるような人種だと思わなかったからだ。
「い、いや......。強くはないよ。強かったら......」
「......だからこそ羨ましいよ」
「? (聞こえなかった......)」
否定しようと首を横に振ると、こちらを見たまま小さくつぶやくロット。
何を言っていたのかよく聞こえなかったが、ハッとしたように慌てて口を閉じて、こちらから目を逸らす。
(なんかいつの間にか、すごい心を開かれてるな......)
当初会った時から考えると、彼の全く知らない一面やら過去やらを知ることができた。
わざわざ夜中に呼び出したかと思えば、あのような質問をしてくるに至る。
突然あのような質問をしてきたのは、アンナがロウを死なせてしまったことへの同情だろうか。
なんとなく彼の過去を知ることはできたが、質問の意図はわからないままだ。
それでも一応「深夜にお話しありがと」と礼を言っておく。同じような経験をした人相手に、対談するだけで気持ちは楽になるからだ。
しかし礼をすると「そんなつもりはない」と即座に、仏頂面で否定するロット。
あんな冷たそうな態度をしておきながら、こうして一人の人間を質問攻めにするくらいには、気に入った他人に興味を持てるのだろう。
(優しいのか、興味があるだけか。不器用なだけか。流石に心の内を完全に読むことはできないけど......)
だが、不器用だが彼なりに他人を気に掛ける。そういった、とりわけ滲み出る妙な優しさが彼の魅力的なポイントだ。
そんな人だからこそ、アンナも彼に対して警戒心なく話せる。
初めて出会ったときから続く奇妙な関係。この街にいる間の僅かな期間だけの付き合いだ。
彼ともっと、何かしらやりとりを続けたい。偶に会うような関係で終わらせるのは、正直もったいない。
「......あっ。そういや、お願いがあるんだけど」
「それを聞くためにこうして残ってる。なんだ、言ってみろ」
律儀な姿勢に感謝しつつ、正直なところ意地悪かも知れないが、アンナのお願いというヤツを聞いてもらうことにした。
「ほらウチってさ、夜中眠れない体質でね。その暇つぶしに、夜の間はこれからも付き合ってくれるかな? この街を出るまでの間だけでいいから」
ワガママなのは承知している。なので小っ恥ずかしい気持ちになるが、なんとか目を合わせて望みを聞かせた。
「......なるほど」
最初は戸惑う様子を見せながらも、相手側も特に問題を感じなかったようで「いいだろう」と承諾してくれた。
なぜだか分からないが、不思議と安堵する。
胸に手を当てて「ふぅ」と息を吐きつつ、再びロットの顔に目を向ける。
「何をするつもりだ?」
「ボードゲームとか何かしながら、二人で会話でもしよう。地味だけど」
「ふむ。そうきたか......」
夜の時間。それを有意義に過ごせるのなら、たった数回でも、寝酒をキメる不健康な暮らしより、他人と話していた方が何倍も楽しいに決まっている。
いつも孤独に過ごす夜の時間、ほんの少しの間でもともにいてくれると考えると、今からでも待ちきれなくなる。
(いっつも孤独だったからなぁ......)
こんなどうしようもない自分に、少しで手を差し伸べてくれる人がいるなんてこと。それ自体が有り難く、自然と嬉しい気持ちが溢れてくる。
「だから、よろしく」
嬉しさ。そして、感謝。その気持ちを感謝の言葉に乗せて、何か考えている様子のロットに言葉を送り伝えてやった。
「!!」
すると考え事をしていた彼がこちらを見た途端、突然顔を逸らし、地面を見つめ始める。そしてなぜか片手が震えている。
何か気に入らないことを言ってしまったのだろうか。
突然様子が変わった原因が自分にあると思いこみ、「ご、ごめん! 大丈夫!? 何か気に入らないこと言った!?」と慌てて彼に近寄って謝る。
「いや......だ、大丈夫だ」
「?」
なぜか声が震えているが、すぐさまいつもの様子に戻るロット。
もしかするとお腹空いているのかと思い、「深夜に営業してるお店に行く?」と聞いてみる。
「この時間にやってる店なんてロクな奴じゃないぞ。やめとけ」
「あはは、スイマセン......」
確かに深夜に営業しているなんて、スナックとか風俗。もしくは酔っ払いしかいない居酒屋くらいだ。しかもぼったくり。
この街にもそういったお店は存在する。今は街の状況が影響して、お店の深夜営業なんてほとんどやっていない。
だからこそ深夜営業のお店を求めて集まるのはろくでなしばかりで、しかも営業する方もろくでなしだ。
「今日は......。これで解散しよっか。早速、明日から集まろうよ」
「だが俺はボードゲームがわからん。やるってならルールを教えてくれ」
「やったことないの?」
「生まれてから一度も無いな......」
「へぇ......」
アンナも人のことは言えないが、この世界にきてデリバーに手ほどきしてもらうまで、こちらのボードゲームには触れてこなかった。
生まれも育ちもこの世界の住人がボードゲームをわからない。そんな人もいるのだろう。
(老人がスマホ触れないのと一緒か?)
そう言った人種がいてもおかしくないと心の中で割り切る。
「ウチもそこまで詳しくないけど......。頑張る」
「そこまで無理するか?」
「プライベートは充実させたいでしょ? 退屈で死んじゃうから」
「まあ、確かに。否定はしない」
正直自信はないが、教えられるだけ教えてやろう。
そうした方が自分もルールを覚えられる。
(明日、書店に行って本でも買うか)
とりあえずやることを一つ増やす。どうせ明日は暇なのでちょうど良い。
「それじゃ、またね」
「ああ。またな」
地べたに座り続ける彼に向かって、小さく手を振って別れを告げる。
立ち上がり、公園を後にする。宿に戻る帰路に着く。
その最中、視界からいなくなるまで、ロットはずっと公園の中にいた。
(......こんな夜中に何してんだろなぁ。獣狩りでもやってんのかな?)
我儘に付き合ってくれるのはなぜか。
なんでロットと夜中に語り合って、そしてこれからも会う約束を結んでしまったのか。どうしてそんな選択をしたのか。
自分でもよくわからず、何やってんだろうかという妙な思いが渦巻く。
「......ふっ」
真っ暗な道を歩いて帰る中、自分のおかしな行動に自分で笑い、小さな歩幅で宿へと帰って行った。
アンナと別れてすぐのこと。
ロットもどこかへ行こうと、彼女が視界から消えたのを確認すると、ゆっくりと立ち上がって公園を出た。
「行ったか」
まだ微かに誰かの背姿が見える。アンナだろうか。
「......お前は強い。羨ましい。だから......」
グッと喉から吐き出してしまいたい言葉を抑えて、頭をブンブンと左右に勢いよく振る。
吐いてしまってはダメだ。弱音を吐けば、今の自分を否定し、完全に認めてしまう。
(『だから』じゃない。求めるな。俺は......)
顔を片手で覆って、ふらふらと怪しい足取りで目的もなく歩き出すロット。
「帰らないと......」
俯いたまま、取り繕っていた表情を崩し、苦痛に耐えるようにして歩き始める。
視界が段々と薄くなっていく。自分がどこを歩いているのかわからなくなる。
「家に......」
帰れば母が待っている。自分が面倒を見なければ、誰が面倒を見れば良いと言うのか。
瞼が重たくなってきて、薄くなった視界が徐々に閉じていく。
このまま眠ってしまえば、道端で朝を迎える。
帰る前に眠ってはいけない。耐えなくては。
「......帰る?」
ピタッと足を止める。自分の矛盾した考えを怪訝に思ったおかげで、視界が急に晴れた。両足もしっかりと地面を歩いていた。
(......何が『母が待っている』だ。何が『家に帰る』だ)
また、過去を思い出してしまった。自分が弱いままであることの証明だ。
歯を食いしばる。両手を強く握りしめて、自分の太ももあたりを強く何度も叩く。
自分は強くならなければならない。今よりももっと。
「明日の夜か」
とりあえず明日の夜。再びアンナと出会い、そしてなぜかボードゲームをする約束をしてしまった。
あの女といるとペースが乱れる。会話の主導権を握っていたと思えば、気づけば自分がペースに乗せられる。
思ってもいないことをペラペラと話してしまう。
それは望んでいないことだ。だが、それでも彼女とコンタクトを取り続けなければならない。
(......とりあえずボードゲームに慣れるか)
決まってしまったことは仕方ない。どのみち結んでしまったあの約束は、自分にとっても好都合だ。
明日の日中。目立たない格好をして、本屋に寄ってボードゲームに慣れるための本を買う。
そして明日の夜。必ず話すのだ。自身の目的のため、恩人に恩を返すために。
段々と人の喧騒が遠くなっていく道を、ロットはゆったりと歩いて行った。




