ロットの質問・真意
「おいしかったね。お腹膨れた?」
「膨れた。大きな借りができたな」
「いや良いって。ロットが教えてくれた情報のおかげで、調査に進展が合ったんだから。お互い様ってヤツ!」
店を出てしばらく、街を目的もなく歩き回る。
ロットとデリバーの間には、自然と距離ができたまま。その間を埋めるように、アンナが話の中心となっていた。
今はとりあえず、店の評価やお腹が膨れたかどうかなど、適当な感想を求めていた。
すると帰ってきたのは、とてもシンプルな返事。ただ、彼はこれを「大きな借り」と呼ぶまでには思っているらしい。
きっと気に入ったのだろう。
隣を歩き少しだけ申し訳なさそうに言うロットに対し、こちらも図に乗って、グッと右手の親指を立ててスマイルで返事する。
「うわ......。キモイ笑顔やめろ。お前がやると寒気が走る」
「キモッ......」
痛烈に作り笑いの出来を貶されて、心に言葉の矢がぐさっと刺さり、「まだダメか......」と首をガクッと落として落ち込む。
なぜコミュニケーションに大切な、作り笑いがこうも上手くいかなくなったのか。
もしかするとこの肉体は表情筋が死んでいるのだろうか。
友人との会話。社会に出てからのコミュニケーション。いずれのどの時も、愛想笑いや場を盛り上げるための笑顔は欠かせない。
だが、それが今も上手くいかない。もはや治療するレベルだろう。
魔術より先にこっちを治すべきなのでは。どうでもいい考えが頭をよぎる中、適当に街の中を歩いていると、気づけば商店街に入っていた。
「ああ。そういえば商店街に来るのは初だな。寄ってくか?」
親指で商店街を指さし、尋ねてくるデリバー。
「ウチはいいけど」と言って、隣にいるロットをチラッと見て様子を伺う。
すると意図を察したようで「俺はここで別れよう。昼飯は感謝する。また夜にな」と言って、我先にと足早にどこかへ去って行った。
「行ったか。なんか奇妙な奴だったな」
「まあまあ。人間多種多様。色々いるって。ね?」
「いや、それだけじゃ......ないような......」
「? ......あっ」
何かを言いたそうな様子のデリバーだったが、それよりも商店街に並ぶ未知の物たちがアンナの気を引く。
見たことない道具。何に使うのかという知的好奇心。
全て見て回りたいという厄介な探究心が、今のアンナを突き動かしていた。
「見てきても良い?」
「いいぞ。買うなら俺に相談してくれ。ちゃんと使えるやつだけ買おう」
こうして別世界でも独特の賑わいを見せる商店街を、二人で歩き回って行った。
〜〜〜そしてその日の夜。
デリバーと何気なく適当な会話をしながら、二人で飲み歩いて、気づけば寝る時間になっていた。
健康体で”普通の人間”である彼は、とっくに宿のベッドで眠っている。
アンナはこの後人と会う用事があるので、酒はあまり飲まず、寝ようと思えば眠れるが起きようと思えば起きられる。そのギリギリを攻めた量を飲んできた。
仮にロットが来なかった場合。アンナは眠るつもりである。
酔いが完全に覚めるまでの間だけ、寝るか起きるかの選択が可能なのだ。
「だいぶ、この体のお酒の許容量もわかってきたな」
外に出るため簡単な上着を着て、デリバーを起こさないようゆっくりと扉を閉めて、宿の玄関口に立つ。
そう言えば待ち合わせとかしてなかったなと思って、どうしようかと悩んでいると、場所を教えていないはずなのにロットの方から出迎えてくれた。
「どうして場所が......」
「ああ。昼間と同じだ。お前を付けて、そして居場所を特定した」
「お、おおう......(ストーカーじみてるな......)」
さすがは動物を狩る専門職であるハンターだ。
他人相手に気配を隠すなんぞ朝飯前。ストーカー行為も楽勝だ。
という色々思ったことについて、もちろん口には出さず、何も突っ込まず彼のやりたいことに付き添うことに。
「どこか行くの? 飯でもいく?」
「別に腹は減ってない。散歩だ。ついて来い」
「わかった」
何も文句はないので反論せず、彼の後ろをついて回りながら、若干人声が聞き取れるような場所に行って夜の街を歩く。
道中移動しつつ「それにしてもいいのか? 眠る時間だぞ」と、夜中に呼び出したことについて一応悪いと思っているのか、前を向いて歩いたまま様子を伺うように聞いてくる。
それに対し、「ああ、大丈夫だよ」と気軽に答えるアンナ。
何が大丈夫なのか怪訝に思っているようなので、アンナの体質やら何やらを教えたあげることに。
「ウチはちょっと特殊な体質でね。夜中はお酒を飲まないと眠れないんだ」
「まさか......アルコール中毒者——」
「ちっがうわ! ああ、えっと......。ごほん。生まれつきです」
夜中なのに思わず大声で叫んでしまい、キョロキョロとあたりを見回して迷惑になってないか目で確認しつつ、咳払いし足早に歩いて訂正する。
「そういう病気だと思って。だから悪びれなくてもいい。眠れないから、夜中暇でねぇ。それで話って?」
「ああ、そうだったな......」
今まで忘れていたのか、思い出したような表情でこちらを見てくる。
その表情も、徐々にゆっくりと。気まずそうなものになっていった。
何を考えているのか、彼の心情を探りつつ。
そのまま夜の街を散歩しながら、彼の語る言葉に耳を傾けた。
「......その。俺が教えた情報のせいで、仲間が死んだ。そのことについてどう思っているのか気になってな」
「......気になった?」
てっきり謝るのかと思えば、妙な質問をしてくる。
質問する際に微妙な表情を浮かべてこちらを見てきたが、すぐさま前を向き直り、立ち止まって返答を待つロット。
先ほどとは打って変わって、今度は真剣な顔をしている。
奇妙な質問だが、真面目な話のようだ。
解答を間違えるのを避けるため、しばし考えて。そして、正直な胸の内を吐露した。
「仲間が死んだのはウチらの責任だ。君に罪はない。怒るとしたら、不甲斐ない自分だね」
「そうか」
するとロットに淡々と返事されて、何に納得したのかも分からずそのまま歩き始めてしまう。
「ちょ、まだ歩くの?」と、もうそろそろ自分の足で帰るには自信がないほど遠い場所まで来てしまい、思わず再び歩き始めたロットの裾を強く引っ張った。
「これ以上は帰れなくなりそうで怖い」
「確かにそうかもな。適当な散歩も終わり。とりあえずそこに座ってくれ」
そう言って指さすのは、歩道に面した小さな公園の中にあるベンチ。
(なんか都会の中にある小さな公園っていう......。あんな感じのやつ、結構見かけるな)
見るたびに故郷のことを思い出すような、小さな公園。
そこにある指定された場所に行き、古臭いベンチの上に座る。
「あれ。一緒に座らないの?」
「俺は地べたでいい」
なぜかはわからないが、ロットはアンナと向き合うように、しかも地べたに抵抗なく座る。
「さっき質問したな。続きだ。始めるぞ」
こうしてまた質問をしようとするロット。
まるで職質。もしくは、取り調べのようだ。
(なんか......。本当にこれが用事なのか?)
わざわざアンナを待ち伏せし、しかも宿の場所を特定した割には、果たしたいという用事の内容が小さすぎる。
何か真意を隠しているのではないか。若干疑いつつも、素直に彼の質問を丁寧に答えることにした。




