↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンチテーゼ/アンライブ  作者: 名無名無
第一章 旅の幕開け
PR
8/427

「アンナ」という新しい自分と名前

「そういえばお前、名前はなんていうんだっけ?」


「あっ......」


 森を出発してからしばらくして。談話しつつ歩いていたのだが、その時ふと聞かれたこの質問。

 冷や汗が止まらなくなり、デリバーから視線を徐々にずらしていく。


(ど、どうしよう。なんて言おう......)


 そういえばこの男には、自分の前世について語ったことはない。ああいった込み入った事情は話すと拗れる可能性があり、修正が面倒なので説明していなかったというのもあるが。


 もっとも大きな問題は別にあった。


(ウチの名前、なんていうんだっけ......)


 精神的に追い詰められ、そして徐々にすり減らしながら生きていた一ヶ月間。それが記憶にまで影響したのか、それとも転生したときに記憶が一部飛んでしまったのか。


 原因は分からないが、前世の記憶が所々ぶっ飛んでおり、覚えていることと覚えていないことに極端な差があるのだ。


 そして覚えていないことの中に、自分の名前が含まれてしまっている。


(苗字も思い出せない......。でも犬を飼っていたことは覚えてる.......。なんでこう、ウチの頭はぁああ!)


 ポンコツな頭がさらにポンコツになり、再び自分という存在に嫌悪を感じ、気分が落ち込んでしまった。


「......はぁ」


「ん? どした? なんか嫌なことでも思い出したか?」


 目に見えてわかる落ち込みぶりに、デリバーが眉を寄せて「んんん〜」と唸る。

 そして閃いたのか、ニヤリと笑い、いかにも名案が浮かびましたとばかりの様子だ。無言で視線を向ける。


「なら、こういうのはどうだ? 思い出したくないことがあるんなら、今までの『自分』を捨てて、新しい名前を背負って生きていくってのは」


「おぉ......」


 これは確かに名案だ。誇らしげになるのもわかる。

 でも名前なんてすぐには思いつかない。

 そんな考えもお見通しなのか、デリバーが「任せとけ」と胸を張った。


(でっかい胸板.......)


「そうだなぁ......。よし、五秒で考えてぱっと浮かんだ名前にするぜ!」


「適当めぇ.......」


 まあ名前に思い入れはあろうがなかろうがどっちでも良い。適当に考えてくれた方が助かるってもんだ。


 そうしてしばらく無言で歩いた後。明らかに五秒以上経っているが、突然デリバーが沈黙を破った。



「ウチの家で飼ってた『アンナ』ってメスの狼にそっくりだし、アンナでいいだろ」



「お、狼......。ウチはケモノか何か?」


「出会った時に喉唸らしてたじゃねえか。こう......」


 デリバーが両手にくわっと力を入れ、クマが襲いかかる時のポーズで「グルルぅ......ってな!」と演技する。


「......ふふ」


「あ、笑った!! アンナがそんなに気に入ったか!」


「いや、ちげえよ」


 別に笑いのツボはそこじゃなかったが、妙にツボった笑いが漏れ出し、変に誤解されてしまった。

 ペット扱いされたのは思うところがあるが、気に入らないわけじゃないのでよしとする。


 これからは「ウチ」は「アンナ」だ。


「......アンナ。ウチはアンナだ。よろしく」


「ああ、こちらこそな」


 お互いニッと笑って、ここで初めてまともに握手を交わす。

 アンナ。これが新しい自分だ。




「そんでアンナ。......おーい、アンナちゃぁん? ......アンナさ〜ん?」


「あ、ごめん。まだ慣れてなくて」


 デリバーが「こりゃ時間が必要だな」と呟き、仕方ないと肩をすくめる。


 次の目標となる場所までまる二日はかかるらしい。


 そのため、今晩は野営となり、今はこうして二人で焚き火を囲うように座っている。


 デリバーはアンナよりも焚き火を起こすのが上手く、流石は先輩冒険家と感心した。


「それで話が逸れたが、お前両親とかいんの?」


「ピクッ」とこれまた耳が反応する。さっきと同じで、なんと答えれば良いのかわからないのだ。


 だが先程の会話から学んだ。名前はともかく、両親のことは覚えているので適当に答えれば良いのだ。


「ウチの両親は共働きだ。適当な職について、そんでウチら兄弟を養ってくれてた」


 あんまり話すぎると色々と不可解な点を見抜かれ、面倒な質問をされかねない。

 なので、あえて話す情報は制限しておいた。


 手短な説明を聞いたデリバーは「なるほどなるほど」と真面目なのか適当なのか、相槌を打ちながら温かいスープをよそってくれた。


「ほれ。乾燥した昆布と魚の出汁だ。具材はそこらの適当なやつだが、まあ意外といけるぞ」


「......いただきます」


 未知の緑色スープを恐る恐る、ずずぅと一口いただく。


「......苦くない?」


「そりゃそうだ。栄養重視だからな」


 正直、お店でこんなの出したら「栄養重視です」という言い訳なんて関係なく殴られるレベルだ。


 だが栄養重視なのはデリバー自身の体はもちろん、アンナの体を思ってのことなのだろう。

 先ほどから妙にハラハラした様子で、落ち着きのない視線を送りつけてくるものだからすぐに察した。


「ありがと。気持ちは十分だよ」


「お、おお......。見抜かれてましたかぁ......」


 照れ臭そうに笑い、デリバーも器にスープをよそう。そして一口飲んで「うっへぇ、この味久しぶりだぁ!!」とうっすら涙を流しながら言った。


 そしてお互い飲み干してからしばらくして。デリバーが不安げに尋ねてくる。


「まだ作ろうと思えばいけるが、どうする?」


「......」


 今度の提案の(みなもと)は、アンナの体が痩せ細っていることに対する気遣いと不安だろう。


 好意はありがたいが、実はこの体になってからというもの、一回で食べれる飯の量が極端に小さくなってしまった。


 お昼の時は食べようと思えば食べられるが、朝と夜は大体コロッケ一つくらい食べるとすぐに満腹感を感じる。これもおそらく「生物兵器」として設計されたがゆえだろう。製作者の意図が目に見えてわかる。


(少ないエネルギーで長時間の活動。ま、どの人工物にも当てはまるよな)


「おーい、アンナー」


「あ、ごめんごめん。いらないよ。さっきのでお腹いっぱい」


「そうか」


 それでもまだ不安なのか、何かを言いかけてグッと言葉を飲み込むデリバー。

 あくまで尊重するのはアンナの意思ということだろう。気遣いの回る大人だ。


「そんじゃ、お前は寝てていいぞ。明日は早い。()()寝る子は育つ! ってわけで、見張りは慣れている俺がやる」


 布団を敷いて「ここに寝ろ」と勧めてくる。ありがたいのは確かだが、ここで一つ問題が。それを正直に伝える。


「ウチ、眠れないんだ。たまに眠くなるけど、一時間か三十分くらい寝たらすぐに起きちゃう。最近は——」


「マジか......」となんとも言えない困った様子のデリバー。アンナの言葉が嘘ではないと分かっているからだろう。


「逆にそっちが寝てていいよ。()()()()()なんだからね」


 無意識に自分を化け物と認識したままのこの言葉に、デリバーが一瞬ピクリと眉を動かす。気に食わない言い方だったかもしれない。


 しかしアンナに何か言おうにも、アンナの言葉は嘘ではない。合理的に考えて、デリバーが明日に備えて眠るのが最善の策だ。


 だがデリバーは意外なことに、フッと笑うと「馬鹿にすんなよ?」とお調子良く吠えた。


「お前より俺の方が先輩だ。連れを寂しい思いさせるわけにいくかってんだ」


 つまり、なんとしても眠らないつもりだろう。単なる意地っ張りな部分が見えを張っているのが明らかだ。

 それならとアンナも挑発する。


「ウチについて来れるの?」


「舐めんなよおチビちゃん」


「チビ......」


 変な勝負が始まってしまったが、まあ悪い感じはしないのでこのままにしておく。

 どうせ眠るのはデリバーが先だ。彼が寝落ちするまで会話に付き合ってやるまで。


「ふん。それじゃっ、先に寝た方は好きなこと一つ叶える権利ね」


「とんでもない自信だなぁ! 俺が勝っても知らんぞぉ?」


 こうしてお互い、正直デリバーが圧倒的に不利な戦いが始まり——。



 〜〜〜翌朝。


「やっぱりねぇ」


 アンナの横でぐっすりと眠るデリバーを、「ふふん」と勝ち誇った笑みで見下した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。