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アンチテーゼ/アンライブ  作者: 名無名無
第二章 霧の街のミステリー
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「新たな力と体」の意味

「いっぱい食ったな」


「ウチはちまちまだったけどね。美味しかった」


 二人で食堂を出て味の感想を共有する。飯を食いにくるためだけに利用することもできるようで、この街に滞在する期間が残りわずかになったら、再度訪れたいと思っている。


 そのまま二人は食堂の横にある入浴施設へと赴く。人がいない時期になると一般人向けにも解放されているらしく、意外と多くの客がやってくるらしい。


 しかし街の状況が状況なので、例年よりも利用数が少なく、利用費半額というキャンペーンまで行なって呼び込みを頑張っている。


「ふむふむ。いつもの半額で利用できる。それに利用時間に間違いはなし」


 デリバーが入浴施設の入り口に飾ってある立て看板の内容を読み漁る。

 いつもの値段と思われる数字の上に、赤いテープで斜線を入れられ、小さく別の数字がすぐそばに書かれている。


(めっちゃ安いじゃん)


 この世界の単価を円に直して換算すると、大人七百円だった利用費が大人三百五十円まで割引されている。


 子供の利用額も同様。しかしタオルとかの貸し出し代は変わっていない。


「お金。落としてあげないとね」


「そうだな。時間になったら行くぞ」


 色々と確認したいことを確認し、利用者数が最も少なくなる時間まで待つことに。




 〜〜〜午後十一時。


 日付が変わるまであと一時間という時に、着替えを持って二人は再びやってきた。


 入浴施設。キャンプ場の銭湯はそこそこの大きさで、入ると田舎にある銭湯のように少し広いロビーが待ち構えていた。


 店内を見回すと感じたのは、人が全くいないこと。湯上がりに吹き抜ける匂いというやつが全くせず、つまり最後の利用者さんが来てからだいぶ時間が経っているとわかる。


「ね、眠い......」


「タオル借りてくるね」


 時間潰しの間に行なっていたカードゲームやらの影響で、デリバーは思考力を使い果たしボケっとしている。


 彼の代わりに財布を携えて、タオルと大きなバスタオルを二つずつ借り、眠そうに突っ立っているデリバーの前までやってくる。


「すまんアンナ......。勝手に帰ってるかもしれん......」


「ああ、いいよいいよ。ウチに合わせなくて。パパッと入って、先にテントの中で寝ててね」


 両目を眠そうに擦る彼の背中を優しく押してあげて、男湯のれんのある入り口まで付き添ってあげる。


 仕事モードに入ると、夜中だろうが宿に帰らず依頼に励んでいるというのに、オフになると気が抜けるようだ。


 いつもは平気だろうに、安全な環境にいるせいで体が休まっているのだろう。強烈な眠気に襲われているらしい。

「お風呂で溺れるなよ〜」と別れ際に一言声をかけてやる。


 彼が入って行ったのを確認し、眠そうな管理人さんの前を通って女湯のれんをくぐって入り込む。


 女湯の脱衣所には誰もいない。

 浴場から最も近い場所にあるカゴの中に、持ってきた荷物をぶち込んで、続いて私服を脱いでいく。


「ほいっと」


 私服も下着を全て脱いで、カゴの中にぽいっと放り投げる。


 借りてきたタオルを持って、貸切状態の浴場を区切る扉を開けて、入って行った。



 入って驚いたのは、キャンプ場にあるせいか、なんと室内風呂ではなくて露天風呂ということ。


 もとから露天風呂の銭湯に来たのは初めてなので、少しだけワクワクしている。


「日本の銭湯とそっくりなんだよな......」


 配置されているシャワーや風呂道具。内装の作り。雰囲気。どこの銭湯も似たような感じである。

 いつ見ても、なぜか日本の銭湯スタイルと似ている別世界の銭湯を不思議に思ってしまう。


 もしかすると大昔、この世界にやってきた日本人が銭湯を設計したのだろうか。


「いや、もしかすると......」


 もしかすると古代ローマのお風呂好きがやってきて、設計を企てた可能性だってある。


 時々、日本の銭湯では見かけない装飾が配置されているのも、その可能性があるからだろうか。


 この世界の銭湯の歴史を考察しつつ、いつも通り体を洗って入浴するために、シャワーを浴びるべく移動する。

 鏡の前にあるシャワーと風呂いすに座り、蛇口をひねって水を出す。


「冷たっ」とびっくりし急いでシャワーの温度調節。


 その間、鏡に映る自分の姿を見て「何度目だろ」と変わり果てた自分の体をぼーっと見つめる。


 他の人間の女性と変わらない、胸があって腰が細いという体型をしている。そして左腕が肩から赤く染まっていて、そこだけ違うことにいつも何とも言えない何かを感じる。


「......フゥン」


 お湯に変わったシャワーを浴びて、短くなった影響で洗うのが楽になった髪を綺麗にし、体も石鹸を使って洗っていく。


 パパッと洗い終えて、実は楽しみにしていたお風呂へ片足を突っ込む。

 比較的ぬるいお湯に全身をどっぷりと浸からせ、「うへぇ〜」と普段は発しないふにゃんとした声で鳴く。


 声を発するとともに、体から毒気が抜けていくように体が錯覚する。


 あたりを見回しても誰もいないので、人目を気にすることなく、そして左腕を隠すことなくお風呂に入れて幸せである。


 いつもネイさんと行っていた時は、彼女の魔法だか魔術だかで腕に認識阻害の術をかけてもらっていた。一応、今もデリバーにかけてもらっている。


 認識阻害の魔術は一般人の目を騙せる程度のもので、左腕が赤く染まっていない、普通の腕を幻視させることができる。


 その恩恵があったから、あの街では気兼ねなく銭湯に行けたものの、それでも不安はあった。

 今回はそれがない。


「うんっ〜〜!」


 腕を組んで上へと伸ばす。続いて解いて、肘を湯船の縁に置く。


 視線をいろんな場所に向けて、日本との違いを見つけたり、景色を楽しんだりして思い思いの時間を過ごす。


 元々大都会に住んでいたせいか、こうした自然を見ると勝手に目移りしてしまう癖がついてしまった。

 例え別世界にやってきて旅をしようが、自然はいつ見ても同じ感想を抱かせてくる。


(思いは変わらずとも、されどウチは変わったなぁ)


 そう思い視線を落として、自分の体に目を移してみる。


「......生前はなんでこんなモノに興奮してたんだろ」


 右手で胸を突っついたり、両手で持ち上げたりしてみる。触っても痒いか痛いだけで、戦闘中は重いわ下着をつけないと煩わしいわで、正直大きいだけ邪魔である。


 ネイさんはよく触ってきたが、彼女の趣味だろうか。自分のより他人のが良いということだろうか。

 過去にネイさんに何かあったのかもしれない。


「......」


 しかし自分の胸を揉んでも、ただの脂肪を触っているだけなので虚しいだけである。

 腹の肉と何が違うのか、今となっては全く理解できない。


 こんなものに苦労せず、下着をつけず上半身裸で過ごせた男時代が懐かしい。


「おのれこの世界め......。何でウチをこんな体にしやがった......」


 ボソッと恨めしやと世界に文句を垂れ流す。体もそうだが、左腕を赤く、しかも変な力まで授けたことが本当に憎い。


「......力?」


 どうして生まれ変わったと同時に、女の体とこの力を授けられ、代わりに家族との記憶の一部や彼ら生前とのつながりを奪われてしまったのか。その疑問を抱いた。


 マイルスに「自分の思い」を混じえて語り、そしてデリバーから「魔術の力」について教えてもらったことで、新たな疑問が生まれたのだ。


「何か意味があるのか?」


 デリバーは言っていた。魔術がまるで人間に扱うことを許さない。そんな神の意思のようなものを感じると。


 そしてマイルスとの対談で自分の思いを確認した。転生なんて望んでいなかったこと。なのに死にたくないと、例え自暴自棄になっても、森の中で生き延びようともがいていたこと。


 アンナは妙な施設で目覚めた。そして気づいたら森にいて、そして見知らぬ人たち三人を殺した。


「......神はウチに何をさせたいんだ?」


 アンナの力は、デリバーから教わった一般的な魔術とは違う力だ。

 恐らく唯一無二だろう。もしこれが広く一般的な力なら、デリバーがとっくに教えてくれている。


「......あ〜あ、わっかんない!」


 むしゃくしゃしてきて、お湯の中に首まで浸かる。

 そのまま考えを放棄し、ぼーっと二十分くらい入浴していた。

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