唯一の家族を亡くした者・亡くなった者
「......亡きロウさんの仇をとるため、いまだに一人で調査を続けていらっしゃいます」
マイルスについて聞かされ、アンナは言葉を失ってしまう。
この事態が予測できなかったからではない。予測していたからこそ、そうであって欲しくはなかったからだ。
(マイルス......)
一刻も早く会って話を聞かなくてはならない。
もしこのままマイルスが仇打ちの相手を見つけたとして、果たしてうまく行くだろうか。
相手は不意打ちに慣れていた。そしてまだ力の一端しか見せていない。
前回の襲撃は昨日のこと。時間もそれほど経っておらず、再度同じ手順で襲われてしまったら命はないだろう。
焦らず、あくまで冷静に彼の居場所を知っていそうな職員さんに伺う。
「マイルスの居場所ってわかりますか?」
元々は彼を尋ねてきたのだ。ギルドにいないのなら居場所を探るしかない。
持っていた地図を開いて職員さんに聞き出してみると、「確かここだったような......」と、あるポイントを指さしてくれた。
「そこは貧民街だ」と後ろから地図を覗き込んで教えてくれるデリバー。
不審な人間が紛れやすい場所。先入観を感じられる調査の仕方だ。まだ大筋の情報を掴めていないのだろう。
「ありがとうございました」と職員さんに礼を言って、デリバーと二人でギルドを出て、早速貧民街へ向かった。
街の栄えているエリア。店が多く並び、人の動きが盛んな場所。街の中心部からやや左側にずれた、色々な意味で街の中心となるエリア。
そこに隣接するように貧民街があり、ゴミや謎の臭いが満ちていた。
異臭に鼻をやられて「うわ、ひでえな」と文句を垂れ流すデリバー。鼻を抑えて苦しそうに呼吸している。
確かに鼻が曲がるような臭いが充満している。こんな場所にずっと過ごしていたら、間違いなく気が狂ってしまうだろう。
しかし、今は臭いなんてどうでも良い。
(ちょっと通ります)
道端に転がるゴミやホームレスと思われる人々を避けて、狭い道を進んでいく。
貧民街は中心部に隣接しているが大きいわけではない。非常に限られたエリアで、貧民街がこの規模に収まっているあたり、まだこの街の経済状況はマシだろう。
「......もう抜けるぞ」
デリバーに言われた通り、貧民街を抜けて荒地に出る。家すら立っていない、空き地の並んだ土地だ。
貧民街から抜けると悪臭も消え失せていた。それに、道には雑草が一つも無い。
人の気配はなく、舗装された道を誰も歩いていない。店も構えられておらず、空き地が広がっているくらいだ。
空き地には多少の雑草はあるものの、どれもこれも手付かずの状態と言うほどではない。
不法滞在するには適している土地で、隣に貧民街があるのだから貧しい人々が占拠していてもおかしくない。
だというのに、そこには不思議と人が住み着いてはいなかった。一応行政に管理されているのだろうか。
ホームレスの人々が居座っていないこと。そして空き地すら手入れされているとなると、管理されていると考えてよろしいだろう。いつか住宅街として設計するつもりなのだろうか。
しかしそんなエリアにただ一人、荒地の片隅にて項垂れて座る男がいた。
住み着いている様子はない。荷物も持たず、上着についているフードを深く被っている背姿が目に映る。
あの衣装や姿には見覚えがある。
急いで駆け寄って、まるまった彼の背中の真後ろに立って「何してんだ?」と聞いた。
アンナの声にピクリと反応し、フードを外してゆっくりとこちらを振り向く男。予想通り、マイルスだった。
しかし以前とは様子がうって変わって、髪は乱れ両目は虚ろである。
口も半開きのままで、まるで危ない薬に身を浸した人間のようだ。
酷い有様になってしまったマイルスを見て胸を痛める。
しかし表情を隠し、彼の目線に合わせてしゃがみ、「大丈夫か?」と声をかけてあげた。
すると鼻で「フッ」と笑い、続いて今の自分をみろと言わんばかりの目で、皮肉まじりに「大丈夫に見えるか?」と言うマイルス。
精神的にもきているようだ。周りくどいやり方で接していては、今の彼には何も響かないだろう。
仕方なしに、包み隠さず直接言いたいことを言った。
「ロウのことか?」
ロウという言葉を聞いた途端目つきが鋭くなるが、再び空な目に戻り、地面を見つめるマイルス。
「ああ、そうだよ......」と、普段の彼とは真逆の、ほそほそとした弱々しい声色だ。
「アンナ。そいつがマイルスか。見たところ、ちょっと......」
マイルスの様子を見て眉を寄せ、腕を組んで何かを言いかけたデリバー。迫ってくる彼に向き直ると、口元に人差し指を当てて黙るように示し、彼の口をつぐませる。
指示を察して「すまん、任せる」と言って、二人から距離をとって、腕を組んで見守ってくれた。
再びマイルスに向き直り、彼の背中に手を伸ばした。見た目は青年で、心身共に健全に成長していた彼が、身内の死を経験して酷く落ち込んでいる。
身内を殺された経験は無いが、アンナにだって家族を失う痛みはわかる。
それになんと言っても、アンナにとって、生前の自分を想ってくれた家族がどんな気持ちなのかは容易に想像できる。
身内の死だけでなく、自分が死ぬという普通の人間なら経験できないことを経験したアンナ。
だから分かる。残された家族の気持ち。死んでしまった当人として、残された遺族に想う気持ち。
それを踏まえた上で、弱々しいマイルスの背中を優しくさすって「ひとりよがりになるな」と言った。
背中をさするアンナの手を振り払い、怒りを感じる目つきで睨むマイルス。
しかしすぐにハッとなって我に戻り、「すまねえ......」と謝ってくる。
「大丈夫。それに、辛いのはマイルスだろ?」
「......」
アンナを見ないでそっぽを向き、目線を合わせようとしない。
そのままでもいい。言葉を聞いてくれるだけでありがたいのだから。
「横に座るよ」
了承を得ず、勝手にマイルスの隣に座り、「一人で何しようとしてたんだ?」と刺激しないように優しい声色で尋ねた。




