親の愛
「ふぅ、大丈夫かの、二人とも」
「え、ええ。なんとか」
「アンナ、どいてくれ......」
ロウの魔術がもたらした破壊力は凄まじく、その威力を甘く見積もっていたアンナは、耐えきれずマイルスにぶつかる形で吹っ飛んだ。
飛ばされる寸前にマイルスにしがみついたのでなんとか無事だったが、代償に彼の腹の上にうつ伏せで乗っかってしまった。
「ごめん」と一言謝って、マイルスの上からどいて彼に手を貸し起こしてあげる。
「は、吐くかと思った......」
「ごめん......重かった?」
「いや、急にグッとこられたせいで......」
「あー......」
涙を浮かべて食道辺りをさするマイルスの背中をさすってあげる。
するとその光景を見ていたロウが「完全に討伐完了じゃ。二人とも、お疲れさん」と、微笑ましく笑い、二人の頭を撫でようと手を伸ばしてきた。
自分の親のような存在であるロウに褒められ、照れくさいのか「やめろよジジイ」と手を払ってソッポをむくマイルス。
頭を撫でさせてもらえない分、アンナの頭を撫でる手が少し激しくなり、わしゃわしゃと撫でられる。
「わわ......(なんか優しく撫でられてるなぁ)」
頭越しに撫でる力が弱く、なぜか優しめに素早く撫でられると感じた。
力を弱めて撫でているのではない。なんというか、これが全力という感じがするのだ。
少し怪訝に思い眉を寄せて、ロウをじっと見つめる。
しかし彼は特になんともない様子で、マイルスに手を弾かれたことを悲しく思っているのかしょんぼりしていた。
「親離れの時期かのぉ......」
「なんだよジジイ、冷たくしたらすぐに浮気か?」
マイルスにからかわれ、「こやつめぇ......」と少し引きつった笑みを浮かべて憎らしく呟くロウ。
アンナの頭から手を離し、変形していた銃を回収しようと岩場に手を伸ばす。
彼が手を伸ばすと、光を放って変形していた銃が元の形に戻っていった。
「おぉ......」
仕組みはよくわからないが、勝手に変形し、そして勝手に戻っていく「銃の魔術」を目の当たりにし、声を漏らして感心する。
そして役目を果たした銃を、銃を携帯しているホルダーに戻し、ロウは地面に座り「はぁ〜」と深く息を吐いた。
「もう限界なのか? 杖はいるか、ジジイよ」
「老人をからかうとロクな大人にならんぞ」
「ジジイ以外にやらねえよ」
座りこむロウの背中に自身の背中を預けて、ゆ〜らゆらと揺れ始めるマイルス。
「全く......」
ロウも困惑しつつ、結局はマイルスになされるがままにされている。
あの二人は孫と祖父。もしくは弟子と師匠とお互い自負していたが、この姿を見ると「仲の良い親子」のようにも思える。
(......懐かしい感じがする)
実際には血のつながりは無いのに、まるで本物の家族のような愛情や絆を、二人を見ていると感じる。
自分が記憶していた範囲だと、アンナはちゃんと両親から生まれ、血の繋がった家族を持っていた。
なので孤独から家族を得た、ある意味では偽物の関係である、血のつながりのない家族を持つ人たちの気持ちはわからないのだが。
「......偽物とか本物とか、そんなの関係ないか」
個人的には養子の子供と里親とは、よくある物語のように「本当の親じゃないくせに!」と揉めることが多いと、勝手に思い込んでいた。
実際には違うだろうなと分かっていても、実物をみたことがないのでなんとも言い難いものだったのだが。
(生みの親より育ての親......。まさにその通りか)
目の前の二人を見て、色々と考えが改められた。
「二人とも。ギルドの報告も兼ねて帰りたいのだけど、動ける?」
地面に座りながら休んでいる二人に聞いてみる。
どうやら二人とも限界のようで「動けるけど、ちょっと先に行っててくれ」とマイルスに言われる。
仕方ないので彼らを置いて、ギルドに帰ることに。
立ち上がって服を叩いて汚れを落とし、「それじゃあまた」と言って二人のもとを離れた。
「......あの小娘。底なしの体力でも持ってるのかのぉ」
「俺たちが魔術使ったせいだって。アンナ......あいつ、見たところ魔術なんて持ってなかったろ」
ゆったりとした足取りで去っていくアンナを見つめる二人。
数分休めば足に力が戻り、歩けるほどまでは回復するのだが。
「あぁ、疲れたぁ〜!」
マイルスが地面の上で寝そべる。こうした方が楽だと思ったからだ。
「......体力がここまで落ちてるとなると、本格的に魔術が使えなくなる前に継承を済ませた方がいいのぉ」
一方、まだ少し動けるマイルスと違って、ロウは大技を放った影響で、まともに力が入らないほど弱っている。
あと一回魔術を行使すれば、本当に死んでしまう一歩手前だと自覚し、歳を感じている。
「まだいけるだろ、ジジイ。そんな老人みたいなこと言うなって」
仰向けで寝そべるマイルス。どこか、彼の今の発言は確かに冗談だったが、ロウの心情を読めない彼ではない。
ロウの発言が嘘ではなく本当だと心で感じている。そして、つまりロウとマイルスが共に戦う日はもうすぐ終わりが来ると言うことで、そのことを感じたせいか口は笑っているのに目元は寂しげで少し朧げだ。
愛してやまない孫であり息子のような存在の男だ。息子同然の彼の、感情が微妙に混ざった表情を見て、その心情をすぐに察した。
「わっ、なんだよジジイ!?」
今度こそ彼の頭に手を伸ばし、優しく撫でる。
強く撫でてやりたいところだが、今は力が入らない。そのことが少しだけ悔しくて、そして歳を感じる一因でもあり、自然と自分を嘲笑してしまう。
それがマイルスを悲しませる要因となったのか、「ジジイぃ......」と唇を震わせて涙目になり、まるで昔の頃の泣き虫を連想させる。
「なぁに泣いてるんじゃ! 死ぬわけじゃあないぞ!」
「ご、ごめん......。なんか自然と......」
さっきは親離れしていたと感じていたが、どうやらまだまだ先のようだ。
ならば、この老ぼれたジジイもまだまだ溶けきるわけにはいかない。
「もう十分休んだのぉ。行くぞ」
「おう!」
なんとかボロボロの体に力を込めて立ち上がった。
そして両足で踏ん張って大地を蹴り、ギルドに帰る。
その為に、その強がっている足を前へ突き動かした。
世の中には「後悔」にまつわることわざがいくつかある。
例えば「後悔先に立たず」。後から悔やんでもどうにもならぬこと。
後にこの話を聞いた時、アンナはその言葉を思い出し、その日の日記に忘れられない記憶として綴った。
——どうしてかって? もし日記を盗み見た人間がいたら、なぜだろうと思うだろう。なぜ、この執筆者は後悔したのかと。
「こ、これはっ!? (まさか、奴のっ!?)」
「うわっ、なんだこれ!?」
ロウとマイルス。二人は突然、真っ暗な世界に飲み込まれた。
奈落の底に落ちているのかと錯覚するような、光明の一筋すら感じられない空間である。
「地面が......。オレたち浮いてるのか!?」
「違うぞ、これは......。ぬうぅ!?」
パシャ。液体が地面に飛び散る音を聞き、マイルスが「なんだ!?」と真っ暗の世界を見渡す。
「ジジイ、一体——」
「マ、マイルス......」
何事か。全く理解が追いつかないマイルス。
こういうピンチの時、いつもジジイが助けてくれる。
だから今回も、マイルスは自然とロウに尋ねたのだ。
「一体、何がどうなっているのか」と。
しかしロウの方を見て、その問いを投げる意味は無くなった。
「ジ、ジジイ?」
「......ぐふっ」
ロウが地面に両膝をついて、そのままうつ伏せに倒れ込む。
黒い大地の上だというのにわかる。
ロウを中心に、真っ赤な液体が流れ出しているのだ。
瞳が飛び出る勢いで目を見開き、頭の中が混乱していくマイルス。
「ジジイ!!」
わけがわからずロウを助けようと、携帯してある所持品から包帯を取り出してしゃがんだその時。
「ぐあ!!」
彼の左腕を、鋭い何かが切り裂いた。




