仕方なかった事
優しい言葉や態度で、泥を被ったような自分に声をかけてくれていた見知らぬ女性。
しかしそんな彼女は目の前で爆散してしまった。
「——ぁ?」
あまりに突然の死。そして至近距離でさっきまで彼女だったモノを浴び、自分も護衛の人たちも呆然としている。
しかも飛び散った肉片などは全て灰となり、空気に散っていった。
「お、お嬢......?」
「あ、あれ......。何が......」
しかし護衛の人たちの方が一歩先だった。
彼らはすぐに目をギラつかせ、持っていた槍を自分に向け突進。見えていたにもかかわらず避けきれなかった。
そして迷いなき殺意のこもった二本の槍が自分の体を貫く。
「がはぁっ!!」
「この、化け物がぁあ!」
「貴様だけは殺すゥ!」
本気の殺意。そして本物の槍に貫かれた痛み。常人じゃ耐えられないレベルで、内臓そのものが外に飛び出してしまったかのような感覚。
まるで悪夢だが、これは現実だ。
そして何もしなければ、再び死ぬ。あの時のように、訳もわからず殺されてしまう。
「い、いやだ......。ゴフッ、ボバァッ!」
口から吐血が止まらない。それにとてつもない痛みだ。貫かれた部位に目をやると、腹部に一本刺さっており、もう一本は胸の中心あたりを貫いている。迷いなき急所への一撃だ。
でも、前に刺された時よりは痛くない。
なぜ生きていられるのか自分でも分からないが、耐えられる。確かに内臓がぶっ飛んだ感覚はあるが、全体的な痛みは思ったより控えめだ。
——この時は考えている余地がなかったが、この経験を振り返って思うのは、生物兵器として何かしら痛みに耐える対策もされているのだろう、という考察だった。
「お、おい。こいつまだ生きてるぞ!」
「抜けっ!!」
「がはぁあ!」
槍を同時に抜かれ、そして再び貫こうと突き出してくる。
しかし、今度は食らわない。まるでこうして殺し合うのに慣れているように体が動き、相手の槍を素早くかわして、無意識に左腕を片方の護衛に向けて伸ばし、首を掴んだ。
それに気づいたもう一人が腕を切ろうとするが、鋭い鉄の反射音がしたかと思うと、左腕が槍の刃を通さず弾き返していた。
「なっ、何で!?」
「や、やめー」
弾かれて混乱する護衛。そしてさっきのように、バラバラになって死ぬ姿を想像した護衛は、恐怖で顔を引きつらせる。
「ば、や、やめろっ.......!」
左腕が首を強く握り締める。すると、次の瞬間、首を掴まれた護衛は全身が干からびて、そのまま息絶えた。
「ひ、ヒィ!」
「はぁ......はぁ......。あ、あぁああ!」
そして迷わずもう一人へ。目標へ向かって一直線に左腕を勢いよく伸ばし、相手の顔を掴み——。
「はぁ、はぁ......」
全て片付いた。なんの迷いもなく残り二人を惨殺した。
飛び散った血やらが混ざり合って、あたり一面真っ赤に染まり、自分が着ていた服も二つの穴がぽっかりと空いて、真っ赤に染まっている。
そして槍の傷は気づいたら塞がっており、痛みも何も感じない。吐き気を堪えて刺された場所を触ると、内臓がしっかり存在しているのがわかる。
「......あ」
段々と呼吸が落ち着き、自分が招いた惨状を見る。
鎧を着た二つの死体、徐々に灰になっている飛び散った臓物と肉片、そして最初に殺した人の血に染まった綺麗な服。
「あぁ、な、何で......。そ、そんなつもりじゃー」
突然怖くなり、自分の中の何かが壊れたような気がした。今まで抱えていた倫理観が吹っ飛び、命の境界線が分からなくなってしまった。
そして悟った。自分はもはや人間じゃない。化け物だ。
「はは……とうとう出来た! 私の生物兵器がぁ!」
「そうだ! それはお前のチカラだ!」
この世界に来て初めて聞いた言葉を思い出す。
(そうだ、ウチは人間じゃない。ウチは......)
段々と混乱も落ち着き、そして再び殺したばかりの彼らへ目を向ける。
「......ウチは化け物。人じゃない。彼らは運がなかっただけ、だっ」
「自分は化け物。出会った彼らの運がなかっただけ」
まるで呪いのようにその言葉を繰り返し、女の衣服の一部を左腕で破り取った。
そしてその布を左腕に巻いて、彼らの遺体に背を向ける。
「ウチは、人間と関わっちゃいけないんだ......」
罪悪感はある。でも仕方ない。お互い運が悪かった。
そして、もうどうでも良い。化け物として生まれ変わったのなら、できるとこまで生き続けて、そしていつか殺されるその日まで生きる。
生きていればいいんだ。生きてさえいれば、きっと——。
「い、きてさえ......。生きて......。何で、ウチは生きて......」
穴が空いた服を脱ぎ捨て、手にした比較的綺麗な服を着る。返り血に染まって入るけど、少しでも洗えばマシになるだろうか。
「洗わないと......。身を、隠さないと......」
まるで亡霊に取り憑かれたように、ゆったりとした足取りで森の中へと歩んで行った。
——こうしてウチのサバイバル生活が始まった。
人里はなれた場所に暮らす理由も、この日の事件があったからだ。
無論、これからは敵意を向けてくる奴は殺す。絶対に逃しはしない。相手から自分の方にやってきたのなら、それは運が悪かっただけなのだから。
〜〜〜そして時は一ヶ月後の夜。
この時のことを思い出していたら、夜明けが迫ってきて、ちょうどその時だった。
包帯を左腕に巻いて、青い長髪をできるだけ短く束ねようとしていると。
「おいお前。こんなとこで何やってんの?」
「っ!!」
一ヶ月ぶりに人間に会ってしまった。