ハンターからの情報・進展の兆し
「終わり!」
整理を終えて、「うにゃぁ!」と猫の鳴き声を真似して体を伸ばす。全身の筋肉がぐにょっと伸びていき、体がほぐれていく。
「何してんだ?」
「いやね、実は猫の声真似をして体を伸ばすとさ。体がいつもより伸びるんだよ」
胡散臭い話だと感じたようで、ロットが鼻で笑って小馬鹿にしてくる。「そんな科学を信じているのか」と言っているように感じる目で見てくる。
「本当だと思うケド......」
あの話は嘘だったのかなと、かつてのことをしかめっつらで思い出しつつ、両肩をぐるぐると回して、首も軽く動かしてほぐす。
かつて親から聞いた話だと、猫の声真似をして前屈をすると、少しだけ体が柔らかくなるという。試しにと生前にやってみたことがあり、検証結果はというと本当に体が少しだけ伸びた。
「またこんなどうでもいい記憶を.......」
家族の名前も顔も思い出せないのに、雑学や妙な知識など変な記憶ばかり残っている。
いかんいかんと頭をブンブンと振り払って、ベッドの上で上半身だけ横になった。
「あ〜.......」
「何か困ってるのか?」
アンナの考え事が気になるのだろうか。他人に興味がなさそうな雰囲気を醸し出している割には、悩んでいる理由に興味があるようで、食い入るように聞き込んでくる。
彼の興味が消えないうちに、話そうかどうか。迷っていたことを、正直に話すことにする。
力なく、旗を振るように片手をひらひらと振って。
「ああごめん。まあちょっと、仕事の関係でねぇ」
と気だるそうに悩みの種を打ち明けた。
「仕事.......。旅人の仕事といえば、ギルドの雑用か」
納得したように小さく呟くロット。ギルドの仕組みを知っているような口ぶりだ。
「そうそう、その雑用ね」
実際問題、その雑用がかなり手こずっているのだ。
見知らぬ街にとある目的でやってきたはいいものの、その目的のためにまずは問題を解決せねばならない。
そしてその問題解決に直接身を乗り出していると言うのに、全く進展がないのだ。
「.......話してくれ。少しだけなら力になる」
「っても、そんな都合よく話が合うかなぁ。っと、簡単に言うよ〜」
ベッドから起き上がって、いまだに椅子の上から一歩も動かないロットに、この街の状況をおさらいし、それとアンナたちの依頼を簡単に説明した。
そうしてしばらく考え込むように黙ったあと、さも当たり前のように「心当たりがある」と言うロット。
半信半疑で「本当?」と、ベッドの上であぐらをかいたまま、彼の目を見つめて尋ねる。
「ハンターをやってると、街の至る所に飛び回る。だから些細な異常にもすぐに気づける」
「お、おお......」
嘘は感じない。至って真面目に、彼は返答してくれた。
まさかここで有益な情報源を手に入れられるとは。
人助けをやっていてよかったなと思いつつ、一応忘れないためにメモすることに。
メモの準備ができて「話して」と促し、ロットの話を聞き始めた。
「ある日、腐った獣の臭いがして不審に思い、その辺りを捜索したことがある。そして......」
臭いの発生源を特定したところ、なんと何かの獣の手が落ちていて、目の前で徐々に溶けていったとのこと。
信じられない光景だったが、その時は噂程度に聞いていた「腐食現象」を恐れて、場所だけ覚えてすぐに退散したらしい。
「ここ一週間の話だ。誰かに相談しようにも、この街には縁がない。だから話せなかった」
「.......へぇ」
話を聞き終えてメモもできる範囲で終えた。
(腐食現象って、腐った臭いがどうとかって話はなかったはずだけど......)
腐臭は無いのに物が腐っている。それが街で流行っている謎の「腐食現象」だったはず。
しかし今回の話では、獣の死体から腐った物の臭いがし、そして目の前で溶けていったという。
ハンターの語る話だ。生物が腐る臭いなど日常で嗅ぐことがあるだろう。
その臭いが「腐った物」と同じだったというのだから、嘘ではないはず。
ペンを置いてチラリとロットの表情を伺うと、少しだけ顔が翳っているような気がした。常に不機嫌そうな表情を取り繕う彼が初めて見せたその表情に、少し驚きつつ「ありがとう」と礼を言う。
「なんてことない。今更だが、ちゃんとアンタらギルドに報告しておくべきだったと......」
首を横に振って、最後の言葉をまるで後悔しているかのごとく呟く。
メモ帳を片付けて、バックパックからパンを取り出す。今朝、帰り道の途中でロットと出会う前に買ったものだ。
早朝から営業しているおじいさんのお店で買ってきた、少し硬いパンで、自分で食べるつもりだったのだが。
「はい。お礼といっちゃなんだけど、お腹空いてるでしょ?」
そのパンを、さっきからお腹を小さな音で鳴らし続けているロットに渡した。
最初は戸惑う彼だったが、以前も同じような感じで食料を分けてもらった時のように、どうせ断っても無駄だと悟ったのか大人しく受け取る。
「あっ。それちょっとパサパサしてると思うから、コーヒーでも淹れてくるよ。ブラックでいい?」
「給仕かお前は.......。なんでもいい」
ロットが呆れた様子で呟き、適当に返事をする。
まだ出会って二回目の人間に優しくするのだから、突っこみたくなる理由もわかる。
「兄弟がいたから、おせっかき病でね。素直に甘えるが良いぞ」と言って、そのまま部屋を出る。コーヒーを作るには下の階にある湯沸かしが必要だからだ。
しばらくしてインスタントで作ったコーヒーを持ってきて、部屋で大人しく待ってたロットに渡す。
「......親以外に優しくされたのは初めてだな」
「そうかぁ」
お互い感情を表に出すのが苦手な人種同士。しばらく無言のまま、お互いの仕事時間が迫るまでの間、時々しゃべったり、ただ休むだけだったりと時間を潰していた。
「それじゃあ、またいつの日か」
「フン」
お互いに宿の前で別れ、それぞれの目的地に向かって歩く。
少し歩いて後方を振り返ると、既にロットの姿がなくなっていた。
まるで暗殺者のように身を消すのが上手いなと思いつつ、ロットから手に入れた情報をすぐに伝達するため、ギルドに向かう。
〜〜〜しばらくしてギルドに到着。
そこでアンナの班を担当をしている方に話を通してみると。
「なるほど.......。ですが確証を得ていない状態で全ての班を動かすのは効率が悪いです。申し訳ないですが、リーダーであるロウさんと相談し、その場所へ調査に行くかどうか決めて、後ほどまた来てください」
「わかりました」
一応調査の許可は降りたが、担当さんの言う通り確証が得られない以上、動けるのはアンナたちだけだという。
それに「情報の責任を持て」というのなら持つに決まっている。進展がありそうな気配なのだから。
それらのことを、後からギルドにやってきたロウとマイルスに伝えると、二人とも「大丈夫だ」と二つ返事で即答してくれた。
よって、三人は情報の場所へ向かう許可が降りた。
「しかしハンターの情報か。アンナの知り合いなら大丈夫だと思うけど、なんか急展開って感じで.......」
「マイルス。贅沢言うでない。物事が突然動き出すなど何もおかしくはない、何年も生きていればそんなこと山ほど経験するぞ」
確かにマイルスの言う通り、初めは都合がよいと思っていたが、ロウの言うように物事に決まりはなく突然急展開を迎えることもある。
今の状況だと、むしろ好機と言えるかもしれない。なにしろやっと有益な情報を掴めたのだから。
「して小娘よ。場所はわかっているな?」
「もちろん。早速行きましょう」
地図を片手に持ち、メモの場所へ二人を案内するため、アンナが先導してギルドから出発し、歩き始めた。




