大規模調査の開始
「久しぶりだな。髪切ったんだな。悪くない」
「いうほど久しぶり? それとデリバー、どうしたの?」
もうすぐ朝になる。そんな時に、デリバーが宿の部屋に帰ってきた。
以前となんら変わらない様子で安心しつつ、何か言いたげだったので聞いてみる。
「俺の依頼について話しておきたくてな。実はもうすぐ、街の大規模調査が始まる。ギルドが本腰を入れて、強者揃いのチームを作り、原因を解明するらしい」
本当に突然の話だ。規模の大きさにイメージが湧きにくい。
「それでだ。メンバーを編成するにあたって、色々と声がけをしてるんだがな」
「つまり、ウチも入れってこと?」
どうやら読みがあたっていたらしく、「正解だ」と冷静に答えるデリバー。
そのあとが肝心の内容だった。
話をまとめると、三人一組の部隊を組み、それぞれの班には実力者が一人と適当な連れが二人いるらしい。
「『腐食現象』について調べるにあたって、誰かと戦う可能性は無いと言われている。んだが......。お前にだけ伝えたいことがある」
「ウチだけ?」
デリバーが携帯バッグの中から何かを取り出した。
布でぐるぐる巻きにされた何か。それを開封され、そして見たと同時に「うわっ」と思わず声を漏らす。
「何に見える?」
「どうって......。溶けたナイフと......」
アンナが見たもの。それは、不自然に刃の部分が溶けたナイフ。そしてその溶けた部分にびっしりとついている肉だ。
ずいぶん黒ずんでいてわかりにくいが、ナイフの先についているのは間違いなく何かの肉である。しかし、炭になっているというべきなのか、的確に言い表せる言葉が見つからないが、とにかく黒ずんで硬くなった肉がこびりついているのだ。
「ああ。これを見て色々と推測したんだが......。最初はナイフで何か肉を切って、年月をかけて放置されたものかと考えた。この街には森があって、そこに狩りへ行く奴もいるからな。放置された投げナイフがあっても不思議じゃないが......」
デリバーが見せてくれたナイフは、確かに携帯用で小さなものだったが、持ち手の部分が汚れているだけで、年月を経て腐食したようには見えない。
「それにありえないくらい歪んでいる。こいつは奇妙だと思ってギルドに報告も考えた。しかしまあ、今までの事件とは関係ない、それも適当な場所で見つけただけだ。証拠として納めるには信用できん」
しかしこうして拾ってきて、わざわざ見せてくれたあたり、違和感を感じているのだろう。
例えば、その人にしかない特別な力。それの副産物で生まれたとしたら。
「魔術......」
アンナの呟きを拾い「よく知ってるな」と笑みを浮かべ褒め、話を続けた。
「そう思ってな。そんで調べた結果、見事に魔術の痕跡ありだ。しかもかなり薄く、まるで漂白されたかのように、魔術の痕跡もかなり薄い。意図的に消されている。まあ、魔術の知恵比べでは俺の方が上手だったようだがな」
ナイフを布で巻き直し、携帯バッグにしまうデリバー。ばっちいものを触ったと思っているのか、締まった後に手を払う仕草を見せる。
魔術の痕跡を調べられたなら、それも含めて報告すればいい。そう思い提案してみたのだが、「俺の事情があって、ギルドには絶対に報告できん」と強く否定された。
「ともかく。今日はこれの報告に来た。注意しろよ。このナイフの持ち主が敵か味方かわからない以上、俺たちは今以上に慎重になる必要がある」
「はあ」とため息を吐いて、ベッドの上で横になるデリバー。
「使ってもいいか?」と聞かれて「どうぞ」と答えてあげる。
外見上はいつも通りの振る舞いだったが、内心だと相当疲弊しているのだろう。
こんな時、何かしてあげて少しでも癒してあげたいのだが、何をもてなせばいいのかわからない。
「少し寝たら? 希望の時間に起こしてあげるよ」
「なら......。三時間後に頼む」
その言葉を最後に、デリバーは眠りに落ちた。
〜〜〜そうして三時間後。
彼を起こしてあげて、「朝ごはん食べに行こうよ。ウチの奢りで」と朝食に誘った。
こうして久しぶりに二人で朝を過ごし、お昼前に各々やるべきことのために別れる。
「すまん。それと、頑張れよ」
「うん。お互いね」
昨夜の話だと、チームを組むにあたって、デリバーは別の人間と組むことを選んだらしい。
話ていた時はバツが悪そうに謝ってきたが、別に気にしていない。彼のやりやすいようにやって欲しいのがアンナの思惑だ。
その時は「別に大丈夫だよ」と言って、その話を終わらせた。
お互い別れたあと、アンナはギルドに向かった。
もう時期、大規模調査のためにチームが組まれるのなら、その間いつも通りの日々を過ごすだけだ。
臨機応変に、そして時が来たら参加する。
「おはよう」
「もうこんにちはの時間だぜ。今日はどうする?」
ギルドのドアを開けると、マイルスに加えてロウもいた。
「そっちに任せる」
「あいよ!」と昨日と同じように、マイルスに依頼を探してもらう。
こうして、同じような日々が続いた。
ある日は魔物退治。ある日は街の外に出て収集依頼。
そしてロウが休みのある日は街の治安維持。
こうしてこの街にきて既に一週間が経過した頃。
「なんだ? ギルドが何かおっ始めるつもりか?」
ある日、ギルドにロウとマイルスとともに招集をかけられ向かうと、ギルドの中には多数の人たちがいた。
その様子を見てマイルスが不思議がっていたのだが、「聞いてくださ〜い!」と男性の声がギルドに響き渡り、皆が黙る。
「既に聞いていると思いますが、今日この日、街の調査を開始します! ここにいる方々は参加者とみなしますので、別件で御用の方は一度ギルドを出てくださ〜い!」
その言葉を聞いて、何人かはギルドを抜け出した。
残った人々を見ても、見た目だけだと屈強な人だったり、一見普通だったりとさまざまな人々がいる。以前、ここで酒を飲んでいた人間もいた。
「各々担当が回りますので、そのままお待ちください!」
職員が大勢、ギルドの奥から出てくる。
その様を見てロウが「はて......」と呟いた。
「そういえばそんな話をしていたような......」
「ジジイ、しっかりしてくれよ」
うっかり忘れていたのかとぼけるロウと、彼を肘でつつくマイルス。
彼らもどこかで知っていたらしい。
「お待たせしました。ロウさん、この方々でよろしいですか?」
「おお、そうじゃったな」
ロウの元へキリッとした目つきの女性がやってくる。ギルド制服を着ていて、ここの職員だとわかる。
「小娘よ。言い忘れていたが、今から始まるのは三人一組での依頼じゃ。お主はワシらと一緒に動く。それで良いか?」
今一度、この面子で良いかという最終確認を求められた。
デリバーは別の人と調査する。この場にはいないので、もう旅立ったのだろう。
別に現状に不満がないので「いいよ」という。
「決まりじゃな」
「それではみなさんをロウ班として登録します。あなた方はここらの探索をお願いします。何か不審な点があったらなんでも教えてください」
「自分の住んでいる街の探索ってへんな気分だな」
確かに言われてみればその通りだ。
探索といっても、何をどう探し出せば良いのか。
具体的な目標もないが、今まで一度も大規模調査をしたことがなく、今回が初となる。
この探索を契機に何か探し出せるかもしれない。
「しばらくギルドの依頼システムを停止します。期間は一週間。隈なく慎重に、そして何かあったら教えてくださいね」
そう言って担当さんと別れて、いつも通りの三人になる。
他のグループも各々行動を始めたらしい。既に何人かはギルドを出発している。
一週間。長いように感じるが、この街を長期間脅かしている謎の「腐食現象」を探求するには、綿密な時間と調査が必要になるだろう。
地味に思えるが、街の存亡がかかっている。未知の現象はそれだけの影響力を秘めている。
もしその現象が自然発生したなら、この調査で何かがわかるはず。そして人為的なら、この調査で焦った犯人にボロが出る。
大雑把な作戦だが、現状はこうするしかない。
「行くぞ」
他にも参加した人々に遅れる形で、アンナたちも行動を開始した。




