ギルド「ミストガーデン」でのこと
コーヒーが提供されてしばらく経つ。
それなのにデリバーはやって来ない。
それどころか、アンナは面倒な人たちに絡まれてしまった。
ナンパとか、そういった類ではない。
だからこそ、上手く断れずに絡まれ続けている。
「お前って旅人か? なあなあ、なんか面白い話とかない?」
「コラ、やめんか! 困っておるじゃろう!」
老人とほんわかした青年の二人が、隣の席から椅子を持ってきて、わざわざアンナの目の前に座ったのだ。
三人で一人用のテーブルを共有すると窮屈だが、不満なのはそこじゃない。
「あの......。なんの御用で?」
「決まってるだろ。お前が暇そうだし、俺たちも暇だったからな!」
暇ではないといえば嘘になる。しかしなぜ話し相手がアンナなのか。
そう思い周りを見ると、誰一人として椅子に座る旅人がいないことに気づいた。
今は人がいない時間帯なのだろうか。運が良いのか悪いのか、一人で座ってコーヒーを飲んでいたアンナが、おしゃべり好きに見える二人に偶然、目をつけられたのだろう。
どうしたものかと考えていると、横に長く先っちょが跳ねている白髭の老人が、筋肉で覆われた胸板を張り名前を名乗った。
「おう、ワシの名前はロウ・キャンドレット! こいつはワシの孫のようなヤツでな。名前は......」
「マイルス・リバード! マイルスって呼んでくれ!」
そしてロウの言葉を遮り、負けじと威勢よく名乗りあげるマイルス。二人とも凄く明るい、そして似たもの同士だと一目でわかった。
性格が似通っているだけじゃない。二人とも似たような装束を着ていて、ロウは上半身が薄いシャツ。下半身がゴツゴツのズボンで、炭鉱夫みたいな格好をしている。
そして上着を椅子にかけている。いつもは羽織っているのだろう。
マイルスはフード付きの上着を羽織っていて、上着の下には薄い鎧を装備している。腰には銃とホルダー。下半身は少し分厚いズボンを着ている。
「ウチはアンナ。旅人だ」
カップを握る手を離し、太ももの上に乗せて少し頭を下げる。
彼らとは違い落ち着いた調子で、アンナも軽く自己紹介をした。
「よろしくアンナ!」
「よろしくって......」
もうこの街で会うことすらなさそうな彼らだが、マイルスに握手を求められて、差し出された彼の右手を握り返した。
「それで話なんだけどさ......」
「......ん? マイルス、受付の子が呼んでないかのぉ?」
話を始めようかと言わんばかりだったマイルスだが、ここでロウがギルドのカウンターを見てマイルスを止める。
釣られてカウンターを見ると、確かに男の人がロウたちに手招きをしていた。
「あ、もう終わったのか!? 意外と早かったなぁ。すまん、オレたちは仕事がある。またな!」
そう言ってこちらが何かを話すまでもなく、まるで通り雨のごとく勝手に来たと思えば勝手に去っていく二人。
一体なんだったのか。状況が突然移り変わったために、口が半開きになったまま、マイルスたちがカウンターにいく姿を目で追っていた。
「どうした? 自立人形が電池切れした時みたいな顔してんぞ」
「......あ、ああ。ちょっとね(自立人形が電池切れ?)
」
やっと戻ってきたデリバー。ネイさんと同じような例えをされ、また変なところで彼ら兄妹の類似性を感じた。
「遅かったね」
「ああ、実はな......」
さっきのロウとマイルスが持ってきた椅子のうち片方に座り、何かを話そうと口を開きかけたデリバー。
しかしそれを遮るように「わ、私が説明します!」と、女の方の声がアンナの後ろから聞こえてきた。
振り返ると、受付の事務員さんみたいな格好をした女性が、大きなファイルを持って走って来ていた。
そして勢いよく机の上にファイルを置き、重い資料を運んだせいか「はぁ、はぁ」と乱れていた呼吸を整える。
(......髪なっが)
やってきた受付さんの身体的特徴は、アンナより少し背が高いくらいの女性で、紺色の紙を太もも辺りまで伸ばして束ねていた。
メガネをかけて、ボタンをキチッと全て止めている受付さん。簡単に表すなら、地味でメガネをかけた髪の長い図書委員長のような人だ。
「す、すいません......。う、運動不足でして......」
(胸も大きい......。キツそうだなぁ)
そして胸が大きいせいか、来ている服がパツパツでキツそうに見える。そしてケツもでかい。
そんじゃそこらの男を容姿だけで簡単に呼び寄せることができそうだ。
「わ、私は『ソフィア』と言いますぅ。お二人にとある説明をさせていただきますぅ」
「おうよろしく」
「よろしくです」
ソフィアさんが頭を下げ、アンナも同じく頭を下げて挨拶。
そしてソフィアさんが分厚いファイルを開く。その中のあるページを見せてもらいながら、とある説明を受けた。
「この街に訪れる旅人さんの方々に、必ず知って欲しいことがありますぅ。実は......」
説明された内容を簡単に纏めて思ったのは、この街の住民たちがお互いを避けるような態度をとることに対する納得だった。
〜〜〜住民たちがお互いを避けるほど、心に距離が生まれた原因は、ここ数ヶ月前から続くある事件が原因らしい。
アンナがまだ森にいた頃よりもずっと前。この街である事件が起こった。
それが最初の例だった。
「最初はただの、なんてことない話でしたぁ。しかし、今思うとそれが始まりだったのですぅ」
ソフィアさんが見せてくれたファイル。それには、腐った食材の写真が数枚あるだけだった。
その腐った食材は、ある家庭から回収されたもの。
ある日ある住人がいつも通り夕食を作ろうとすると、朝はなんてことなかったはずの食材が、幾つか腐っていたらしい。
しかし腐臭はなく、その異常性に気づいた住人がギルドに通報を入れたらしい。
そして回収し、調査したところ、その食材が腐った原因が「ウイルス」だと推測された。
その日を境に、まずその腐った食材を持っていた住人が突然死し、徐々に物が腐る現象が街に広がっていったとのこと。
しかし人から人に感染するわけでなく、何が条件なのかもわからない。そもそも、食材から人だったり、他のものだったりと感染する例すらなく、完全に不明のウイルスとして数ヶ月扱われた。
「こうして皆さんが『アイツに触れたら移る』と思いこむようになり、今のように人が人を避ける事態になりましたぁ......。頭では分かっていても、みなさんお互いを疑うようになってしまってぇ......」
項垂れるソフィアさん。その気持ちがなんとなく推測できる。
状況を知っているのに何もできず、街の皆が疑心暗鬼になる姿を見るのは辛いだろう。
「そして今、この事態は悪化をたどる一方なのですぅ......」
パタンとファイルを閉じて、悲しそうな表情を見せるソフィアさん。自分の住む街がおかしくなっているのを目の当たりにしているのだ。無理もない。
「う〜ん......」
腕を組んで喉を唸らせて考える。しばらくこの街に滞在する以上、アンナも自分なりに答えを見つけ、解決に助力したい。
そう思っているのを見透かされてか、デリバーが明るく元気な声で「大丈夫!」と励ますようにソフィアさんに言い放った。
キョトンとするソフィアさん。そんなのお構いなしと、デリバーが胸を張って言った。
「俺がこの街に来た目的。その一つがさっき渡した荷物を届けること。そしてもう一つ。それが......」
「あっ、それって!」
デリバーが懐に隠し持っていた「青い石の入った透明な容器」を取り出し、ソフィアさんに渡した。
「コイツだ。ギルドもこれを待ってたんだろ?」
「はわわ、そ、それは! ではまさかぁ......」
ソフィアさんの態度が急変し、なぜか恐れ多いと言わんばかりにデリバーから容器を受け取る。
そして必要以上にお辞儀をして、急いでどこかへと去っていった。
その急展開に話がついていけず、「ふぅん?」と腑抜けた声を漏らすアンナ。
——この時は思いもしなかった事態。そいつへと巻き込まれることとなり、アンナの旅の物語。
第一章「旅の幕開け」に続く、第二章「霧の街のミステリー」が始まるのだった。
読んでくださりありがとうございます。
さて、今回からやっと本格的に第二章に突入です。そこで区切りとして、投稿小説一蘭にも新たに「二章」を加えました。
今回の章はとあるテーマを設定していて、それはこの章が終わった後の後書きで明かしたいと思います。




