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アンチテーゼ/アンライブ  作者: 名無名無
第一章 旅の幕開け
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吸血木

「......!」


 大木に生えている無数の目が真っ赤に染まる。そして体から無数の触手を生やし、倍の手数で攻撃を仕掛けてきた。


「多いなっ!」


 無数に迫ってくる触手。まるで槍のようだ。

 それを避けられるものは避けて、無理なものは体で受け止める。


「ぐうぅ!」


 刺されてもすぐに切断し、木の陰に隠れてやり過ごす。

 そして次の攻撃が来たら、同じことを繰り返しながら、別の木陰に隠れる。


 それを繰り返しながら、同じ場所から延々と攻撃をしてくる吸血木に、着実に近づいていく。


(やっぱり......。あの見た目だからこそ、機動力はないってわけね)


 無数に生えている脚。そして登場時のゆったりとした歩み。


 おそらくこの場所がテリトリーであり、あの化け物は自分の領域に入った者を捕食するのだろう。


 だとすると、今回は運がよかっただけで、アレの親兄弟が他にいてもおかしくはない。


 これ以上この森に進んでいけば、恐らく予想通り別の化け物が迫ってくるかもしれない。


「きた!」


 再度攻撃を避けつつ、同じ手順で木陰へ潜り込む。

 後二、三回くらいこれを繰り返せば、あの化け物の懐だ。


「当たらんよっ!!」


 再び攻撃をかわす。いい調子だ。次の木陰に入れば、もう決着は近い。


 迫ってくる触手を避けながら、またまた木陰に逃げ込もうと、地を思いっきり蹴飛ばした。


 しかし、アンナは忘れていた。あの大木には知性があることを。


「んなっ!?」


 地を蹴り木陰に入ることができたアンナ。


 しかし、ただ闇雲に攻撃しているように思えた大木が、アンナが逃げ込むと読んでトラップを仕掛けていた。


 木陰に潜り込んだ瞬間、アンナの足元の地面から触手が生えてきて、足を縫うように地面に固定させたのだ。


「がぁ! ちくしょう......!」


 舐めていたわけではなかったが、ここまで頭が回る動きをするとは思っていなかった。


 油断していた。足を貫き地面に縫い合わせた触手は、どれもこれも細いものばかりだ。


 直径一センチもないだろう。しかし、その細かさゆえに切断することが難しく、引き抜こうにも強度が固く地面から足が離れない。


 だが、相手も忘れている。アンナの左腕は硬いだけじゃない。

 アンナは左腕を足の枝に触れさせ、そして灰にさせる。


 この「灰にする」という能力がある限り、何度拘束されようが抜け出せる。


 しかし相手もそれを読んだ動きを仕掛けてくるだろう。


 自由になった足で、もう一度大地を蹴り出す。

 木陰から勢いよく飛び出し、その隙に相手の様子を観察する。


(......頭の葉っぱが真っ赤になってる。血が溜まるとああなるのか?)


 他にも、充血した目玉が全てこちらを見つめていたり、足を動かして距離を取ろうとしたりしていた。大技を仕掛けてくる動きは見られない。


「これで最後だ!」


 もう木陰に隠れて迫る戦法は必要ない。

 アンナは正面切って吸血木に立ち向かい、そして当然だが無数の触手がアンナを貫いた。


「がはっ......。う、ぐおおお!」


 しかし負けじと、触手を切断してまた接近。それをもう一度繰り返し、もう逃げ場はない距離まで近づいて。


「くたばれぇ!」


 左腕で吸血木を殴り、そして瞬く間に吸血木がしぼんで爆散。

 飛び散った破片が灰となり、そのまま散り散りになった。




「はぁ、はぁ。お、終わった......」


 ちょっとやそっとの運動じゃ息が切れないアンナですら、呼吸が乱れる。


 右手で胸あたりをさすって、「スゥ、はぁ〜」と何度も息を整える。

 落ち着いたところで、敵の気配がないことを肌で感じ、地面に尻餅ついた。


「植物が嫌いになりそう......」


 爆散した吸血木をよくみると、外側は確かに木の皮で覆われているが、内側はまるで肉のようなものがびっしりこびりついている。


(動物なのか植物なのか、どっちなんだ......)


 帰ったらこのことをデリバーに話そう。いい土産話ではないが。


「......あらま」


 顔を上に向けると、暗かった夜空が少し明るくなっていた。

 どうやら後少しで夜が明けるらしい。


「......帰るか」


 幸いなことに体に後遺症のような異常は見受けられない。


 疲れはしたが、足が動かないわけではない。それに、なぜかわからないが戦闘中と比べてほんの少しだけ()()()()()

 戦闘中、血を失って鈍痛があった頭や体が、今はだいぶマシになっている。痛みがあることに変わりはないが。


 自分の体に本当に異常がないのか。詳しいことは後でネイさんに診てもらうとして。


「記念に一本持ち帰るか」


「こんな奴とやり合ったんだぞ」とデリバーたちに証明するため、折れた触手を一つ拾い上げた。

 そして来た道を、目印を辿りながら、やっとの思いで南門にたどりつくことができた。




「......おお。無事だったかぁ」


 南門が見えてきたと思えば、アンナが助けた二人の子供たちが、門に併設された誰もいない、ボロボロの関所の中で眠っている。


 二人とも関所の壁にもたれかかって、ずっと待っていたようだ。

 本当なら寝かしたまま、彼らの家まで運んでやりたいのだが。


「お〜い。こんなとこで寝ると寒さで死んじゃうぞ〜」


 二人の頬をペシペシと軽く叩き、起こしてあげた。


「姉ちゃん......」


「うん。帰ったよ」


 眠たそうに目を擦る二人の手を掴んで、優しく引っ張り立たせてやる。

 そして二人の荷物を持ってあげて、彼らの家まで案内させてもらった。



 出会った時に「孤児院」と言っていた。


 その言葉通り、アンナは教会のような孤児院へと連れ込まれた。外壁がボロボロで、長年使われているのだと一眼でわかる。


 玄関では寒さを顧みず、シスターと思われる方が、心配するように誰かの帰りを待っていた。


 アンナたちが孤児院のすぐ近くへ到着すると、こちらを発見したシスターが二人の子供たちの方へ駆け寄ってくる。


「ああ、どこに行っていたのですか!! 心配しました!」


「「ごめんなさい」」


 二人を抱き抱え、本物の涙を流すシスター。

 その姿を見て、アンナの胸の奥で何かが詰まるような感覚を自覚した。


(愛情か......)


 どう見繕ってもアンナは化け物で、そして人を殺してしまっている。

 殺したあの人たちにも、愛情を捧げてくれる誰かがいたはずだ。


 そのことを考えると、どうしても胸が苦しくなる。


 愛情を注ぐ親とそれを受け取る子供の姿を見ると、微笑ましい気持ちよりも辛さが先にやってくる。


「......もうあの森には行かないでね」


 その苦しみを抑え込み、小さな声で優しい言葉を彼らにかけて、荷物を降ろしてその場から足早に立ち去ろうとした。


 しかし流石はシスターと言ったところか。「待ってください!」とアンナを呼び止める。


「この子達を助けてくださりありがとうございます。それと、お怪我の治療もさせてください!」


 アンナの服は無数の穴が空いており、滲み出た血の跡で血の斑点が服にびっしりついている。

 そんな姿を見れば、明らかに重傷を負っていると思うのが普通だろう。


「いや。大丈夫です。もう治ってます」


「えっ!? あ......でもよく見ると確かに血も止まって......。どうして......」


 混乱しているシスターさん。

 彼女には悪いが、この場に自分がいるのは場違いだ。


 それに、少年たちの幸せそうな姿を見ると複雑な気持ちになる。


 少しぶっきらぼうかもしれないが、アンナは無言でこの場を立ち去ろうと、教会に背を向けて歩き出した。


 今度はシスターさんも何も言ってこない。


 だが、アンナが助けた少年少女たちが「お姉ちゃん!!」と、アンナの背中に向かって叫んだ。

 振り返らず、そのまま歩き続けて次の言葉を待つ。


「助けてくれてありがとぉ〜!」


「またね〜!」


 男の子の元気な声と、女の子のゆるっとした声。

 その二人に背を向けたまま、左手を上にあげて、旗を降るようにひらひらと振ってあげた。


(最後に貴重な体験をしたなぁ)


 手を振りながら、アンナは今回の経験を振り返りつつ、デリバーたちのいる家へと歩き続けた。

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