森の奥に潜む「神様?」
「ぐうぅ......!」
腹。胸。腰。足。体のありとあらゆる部位を、直径五センチはある太い木の枝が貫いていた。
そして枝が脈打つように鼓動し、アンナから何かを吸っているのがわかる。
少量ずつだが、このまま放っておくのはマズい。
なりふり構ってはいられない。左腕を解放せねば。
「ったく......。人様の服に穴開けて......」
「姉ちゃん!」
「ウチから離れるな!! 隙を見て逃げるよ!」
唯一貫かれなかった左腕を使って、アンナを貫く枝を切断する。
大本が何かはわからない。それにこの森には生き物はいないと聞いていた。
(だとすると......。もしかしてこれって......)
先日対峙した男が言っていた”森の神”。古くからの言い伝え。
思い当たるとしたら、可能性としてはコイツしかないだろうと、その存在を脳裏に思い浮かべた。
「まさかこいつが......」
まだ枝がうねっている姿しか見えない。全体像が把握できないが、ここは奴のフィールド。
加えて二人を抱えて戦うのは絶対に無理だ。アンナが死なずとも、この子供たちが死ぬ。
「いいか二人とも。ウチが目印として、木の幹に傷をつけて帰り道の道標を作ってきた。先にそれを追って逃げてくれ!」
この子達を逃すため、アンナは人柱になる必要がある。
しかし子供たちは「姉ちゃんは!?」と、血反吐を吐きながら指示するアンナの心配をする。
前を向いたまま、二人を安心させる言葉を言いつつ、切羽詰まった声で命令した。
「ウチは大丈夫! 二人を勝手に追ってきてなんだけど、今すぐに二人で逃げて!」
二人に付き添う形で、ちゃんと街へ返すつもりだったのに、こうなっては仕方ない。
「エン!! 早く!」
「ちくしょー! 姉ちゃん、門で待ってる! 生きて帰ってきて!」
子供たち二人が立ち去る音がする。やっと逃げてくれたようだ。
これで気兼ねなく、思うがままに戦える。
「姿見せてみろ。このっ、日陰ヤロー!」
切断されて体に刺さったまま枝を抜いて、再び身構える。貫かれた穴がみるみるふさがっていく。
自身の再生能力も凄まじいものだなと、改めて実感する。
そして相手がなんであれ、枝を使って貫いてくるなら、アンナはただ刺されるだけでいい。
今は子供たちの逃げる時間を稼ぐだけだ。
そう思って、ひたすら刺される覚悟を決めた。
「......は?」
しかしその覚悟を嘲笑うかの如く、真の姿を現したソレを見て、全身が硬直してしまった。
それと同時に、久しぶりに心の奥底に「恐れ」を感じた。
目の前に現れたモノ。月明かりに照らされた場所まで出てきたが故に、その詳細まではっきりと見えてしまった。
大きな大木に無数の生々しい目玉が生えており、脚は人の足が複数生えたかのような見た目の植物の根。そして手となる触手が激しくうねり、体の至る所から生えている。
口はついていない。頭には血の色よりも濃い色の葉っぱが生えている。
これはまさに「化け物」だ。
「な、なんだこれ......」
この世のものとは思えない。
そしてその姿を間近に見たことで、より一層強く感じる「捕食者」としての敵意。
あの大木の化け物は、アンナを喰らうつもりなのだ。
「っ!!」
触手が再び激しくうねりだし、アンナの左腕を絡めとる。
「なんだって!?」
アンナの武器を理解している。言葉は離さずとも、この敵はアンナの武器を理解している。
つまり、それなりに知性がある。
「ぐっあぁ!! や、やめ......っ!!」
続いてうねうねとうねる触手たちが、アンナの体をもう一度貫く。
さっきアンナを貫いた木の枝は、こいつらの触手だったようだ。
そして触手たちが再び脈動し、アンナから「何か」をまた吸い取り出す。
これがこの大木の捕食。例え傷が治るアンナでも、おそらく失うとマズい「何か」を吸われている。
すなわち、アンナが体を貫かれるわけにはいかない。
再生能力にものを言わせた耐久戦はできないというわけだ。
「あぁ......くっ、動けっ!」
体から何かが抜けていく感覚。正直に言って言葉にはし難い、その気持ち悪い感触に全身が蝕まれていく。
痛みを堪えることができるはずの体なのに、耐え難い苦痛が無限に襲ってくる。
(ああ......。ここで、ウチは死ぬんか......)
これは無理だ。勝ち目がない。
戦闘経験すら乏しく、相性的に言っても最悪と言えるこの大木の化け物。勝つための策すら思いつかない。
いや、そもそも勝つつもりで立ちはだかったわけではない。
「はぁ、はぁ......っ。逃げ、れたか......な」
子供たちが離れて、どれほど時間が経ったかわからない。
それでもアンナの命は無駄ではなかったはず。
この命でつなげることのできる、二つの若い命。それを守るためなら、死んでもいい。
そう思っていたのに。アンナの脳裏に、アンナを助けてくれた人たちの言葉が蘇った。
「なあどうだ、どうせ一人なら俺と一緒にくるか?」
「抱え込みすぎるな!あの夜空みたいに超絶自由に、やりたいことをやりなさい!です!」
(やりたいこと......)
まだ、それすら見つけられていない。そのために明日から旅に出る。
そうだ。まだ死んではいけない。せっかく蘇った命。新たな人生。新たな世界。
それを見ないで、旅をしないでどうする。
「アンナ」の物語は、まだ序章すら始まっていない。物語を作るのはこれからなのだ。
「うぐ、ううう!」
この木の触手を振り解く力。それが必要だ。
気力だけで左腕に力を込める。もうこうするしかない。生き残るためにやるしかないのだ。
「動けぇぇ!!」
例え策がなくとも、考えなしでもやるしかない。
無我夢中で、腕を振り回すように動かした。
だが触手は解けない。むしろ、縛る力が強くなる。
この触手をどうにか消さないとならない。
この大木を殺すつもりで、本気にならなければならない。
「このっ! 殺してやる!!」
いつもは殺生を避けるアンナでも、相手が殺すつもりで、しかも人間じゃないなら話は別だ。
そう言った相手に対して「殺す」と決めた以上、その決意は揺るがない。
「うおっ!?」
すると突然、拘束されていた左腕がビュンと振り下ろされ、不思議なことに左腕が急に自由に動かせるようになった。
何が起こったかわからず腕を見ると、腕を縛っていた触手が灰になっている。それもいつの間にか粉々になったうえで、灰となっていた。
「これって......」
初めて人を殺した時と同じ現象だ。
もしかすると、アンナの腕はなぜか触れたものを「灰」にできるのではないだろうか。
しかし灰になる前、初めて殺した女性の肉体は弾け飛んだ。
だとすると、能力の一つに「灰にする」力があるのであって、全体的な能力ではないはず。
だが今は深く考える必要はない。この腕を手当たり次第使うだけだ。
自由になった左腕で、体に刺さった枝に向かって思いっきり振り下ろす。
バキバキと木材が砕ける音が鳴り、硬くて柔らかくうねっていた触手が切断された。
(これは......)
切断された触手からは、ダボダボと大量の血液が、滝のように流れていた。
どうやらアンナから吸っていたのは「血液」だったようだ。
外傷はどれだけ酷くても治るアンナだが、吸血された場合はどうなるかわからない。
それに今までの分を考えると、かなりの量を吸われているに違いない。
その証拠に、体の節々に力を込めようにも、風邪で蝕まれた体のように上手く力が入らない。
「モタモタしてたら死ぬな......」
まだ視界ははっきりしていて、体調面も目立った影響はない。
しかしあまり時間はないと考えて、大木の化け物から距離をとる。
吸血鬼ならぬ吸血木。この世界は植物すら知性を持ち、そして襲ってくるのだろうか。
一ヶ月も森にいたというのに、こんな化け物を目にしたことは一度もなかった。
「どうにかして一発当てれば......」
左腕をどうにかして触れさせて、大本の大木を消すしかない。
(覚悟を......。決める!)
心を冷静に、そして目の前の化け物を睨みつけて、覚悟を決めた。




