旅路の記録:慌ただしい夜戦2
「何その魔術! かっこいいっ!」
「ただの召喚だ、それも手抜きのヤツな。こんなもん、召喚魔術を扱う奴らからしたら笑いもんだ」
簡易召喚魔術。初めて耳にする言葉を口にする相棒。
思わず気になって目を向けると、骨が飛んできた方向。つまりアンナがスケルトンと戦った場所の方角へ向けて、相棒が左手を伸ばして、持っていた羽を掌にぺったりと貼り付けていた。
羽が張り付いた血まみれの左手が「魔術」を発動する。発動と同時に左手が光りだし、羽が黒い煙となって霧散。
「お、おおっ、おぉ〜!!」
両手で口を覆って、抑えきれず漏れ出す感嘆の声を堪える素振りをしつつ、黒い煙が徐々に犬の形になっていく様を目にする。
やがて煙となった羽から、一匹の朧げな犬の形をした何かが誕生した。
四本の足からは煙が流れるように、形がハッキリとしておらず、今にも消えそうである。その四つの足で地面に着地し、犬は相棒の正面に立って森の方へ顔を向けている。
「す、すっごい......(顔は見えないけど、後ろ姿かわいいぃ......!)」
「時間稼ぎを頼む。ケル、行ってこい」
「......!」
召喚魔術。そして戦う目的なのだから、てっきり大型の獣でも呼ぶのかと思えば、姿を現したのは「ケル」と呼称される全身真っ黒の小型犬だ。
小さな尻尾を、これまた小さく振りながら、一言も声を発さず相棒の命令を聞き入れる。
するとこちらに振り向くこともなく、耳をピンッと立たせて森の中へと一匹突っ込んでいった。
「ああ、行っちゃった......。一匹で行かせて大丈夫なの? 死んだりしない?」
「心配なのは理解できるが大丈夫だ。簡易召喚魔術は触媒を使って、魔力で作った擬似生命体を使い捨てる簡単な魔術で......ってんなことはどうでもいい、片付けは!?」
「あっ、うん。テントはもう終わってるよ! あとは荷物担いで逃げるだけっ!」
簡易召喚として呼ばれた子犬が時間を稼いでくれる。その間に逃げようという話だった。
テントの片付けを頼まれていたので、死ぬ気で急いで済ませたと報告する。
あとは逃げるだけ。荷物の入ったリュックを背中に背負って、ユウを抱えて我先にと走る。
「先に行ってるよ!」
「そこまっすぐ進んで——。ってちょいと待て、行くなっ! 何かが——」
敵に姿を認識されたまま、こちらはどこから攻撃が飛んできているのか分からない。
オマケに大量の荷物を持っていて、夜ということで視界も最悪。暗殺者にとっては絶好の環境でも、ただの旅人からすれば最悪の状況だ。
それが分かっている二人だから、今こうして命を守るために逃げようとしている。
先に逃げる準備ができた方から駆け出す。当然の選択だ。
だが相棒はなぜか呼び止める。既に駆け出し、次なる街へと続く道の先を進もうとするアンナを呼び止めようとする。
「えっ!?」
だが聞き入れた時には既に遅かった。
アンナは全速力で走っていた。荷物を担いで、しかもユウを抱えているので、そちらに注意を払っていた分周りが見えていなかった。
「おわっ!!」
相棒に呼び止められて数秒後。
いきなり視界が天地ひっくり返る。ユウがアンナの手元を離れて、地面にコロコロと転がっていく。
「ユウちゃんがっ......! ってこれ、な、なに!? 動けない......」
「ん......けほっ、けほっ......。ま、ままぁ?」
地面を転がっていたせいもあって、ユウが目を覚ます。そしてアンナの声がした方向。即ち、上へと顔を向けた。
「......へっ?」
天地がひっくり返った理由。それを察して、そして動けない理由に気づき、顔がサーっと青ざめる。
アンナは動物狩りに使うような、漁で大量の魚を掬い上げる網のような。それに似た何かが体を掬い上げて、そのまま宙吊りにするトラップにまんまと引っかかってしまっていた。
しかも体が縛られたように動かない。何か見えない糸で拘束されているように、手足がピッタリと密着して離れない。
「大丈夫か〜!?」
「だ、大丈夫に見えますか......?」
「い、いやぁ......。っと、時間がない。アンナ、それはトラップだ。めちゃくちゃ細くて見えづらいが、まるで『糸』のようなもので体をぐるぐる巻きに拘束されて吊り上げられているんだ」
宙吊りにされたまま、今度は相棒がアンナの真下にやってくる。こうしてみると、地上からそこそこ高い場所まで釣られているのが分かる。
周りを見ると、木々の葉っぱが宿る高さと同じだ。
「ん......なるほど(『糸』ってこれか)」
そして周りを見て初めて気づいた。
葉っぱを伝って、蜘蛛糸のような物がこちらに伸びている。光りの反射によってなんとか見えるほどの細さだ。
アンナは今、比較的高い位置にいる。だから光もモロに体に当たって分かりやすいのだが、体の至る所に糸が巻き付いていて、各部位に強く食い込み動けないように拘束しているようだ。
しかも背中に背負う荷物が重さに耐えきれず、徐々にずり落ちている。拘束されているのは、器用にも体の部分だけ。
まるで意志を持つかのように正確な拘束だ。
「今助ける!」
「は、早く......うっ(リュックの紐が首に......き、気持ち悪っ......)」
体が動かないので首に引っ掛かる紐が、首を絞める羽目になったまま振り解けない。早くも息絶えそうな勢いだ。
息苦しくて涙を流しそうになるが、相棒がぴょんと跳躍して、持っていた刃物で糸を切り裂いてくれる。
落ちそうになるところを、自慢の怪力で受け止められる。
「あ、ありがと......」
「変なところで時間を食っちまったな。ともかく先を急ごう。召喚したケルももう時期消える」
召喚した犬ももう持たないらしい。先を急ごうと言って、地面に座ったままこちらを不思議そうに見つめてくるユウを抱える相棒。
とりあえず頷き返し、先に進む。体にこびりついた、妙に粘着性のある糸を払いながら、ひたすら走り続ける。
まだ夜が明けるまで時間がある。
たどり着いた先は、少しだけ幅が広くなっただけの森の道。
とっくに召喚した犬は消えた。
ここまで来れば大丈夫だと思いたいと、息が乱れるほど走った二人はつくづく願っていた。
「ま、撒けたかな......」
「ひぃ、ふぅ......に、荷物を担いで、さ、流石にこれだけ走ると......。疲れるな......」
旅のために、背負うリュックには大量の荷物が入っている。そんなものを担いで走っていると、いかに体力がある人間だろうと、息が切れそうになるのも無理はない。
オマケに相棒はユウを抱えて走っていた。普段の倍の重荷を背負っていると、流石の彼も疲労がやってくるようだ。ユウを地面に下ろして、両肩を上下に動かし大きく深呼吸をしている。
首や額、顔に少量の汗を浮かべつつ、相棒は背後を振り返る。
「はぁ、ふっ......。け、結構走ったけど、お前......意外と平気そうだな」
「え? そう?」
こちらの様子を探るような目で見つめてくる相棒。
確かに言われてみればそうかもしれない。息は上がっているが、そこまで汗もかいておらず、正直あともう少しは走れる。相棒に比べてかなり体力が有り余っているようだ。
そう考えると異常だ。自分は体の素のスペックは高い方だが、相棒より強い方ではない。
腕を組んで顎に指を当てて「う〜ん」と唸り考え込む。
(そういえばさっきも......なんかいつもと違ったな。変に力んだり......)
今夜の自分は、対スケルトン戦から振り返ると、色々と不可解な点がある。
最初の点は、まずスケルトンの両腕の骨を砕いたこと。そこまでするつもりなかったのに、握っただけで砕いてしまった。
続いてユウを抱えた時もそうだ。いつもより軽く感じた。違和感があった。
最後に未だ。体力が妙に余っている。まだ走れるぞと体が叫んでいる。
「......」
両手をにぎにぎしてみる。特に違和感は感じない。いつも通りの感覚だ。
何か妙だが、どうしてなのかが分からず、眉間に皺を寄せて首を傾げる。
「......あっち」
「んっ? おいアンナ。ユウが呼んでるぞ」
「えっ? はいは〜い」
もしかして眠いのだろうか。一旦考え事を切り上げて、こちらに向かって指を刺すユウのもとに近寄る。
「眠いから抱えろ」と主張しているのだろうか。
数歩足を進めて、その途中で気づいた。
(どこを見て......)
ユウがこちらを見ていない。どこか遠くを。アンナを差していたと思っていた指が、実は自分の後ろの方へ向けて伸びていることに気づく。
「......ユウ? どうしたの?」
ユウの瞳もどこかぼんやりとしている。てっきり眠たいのかと思っていたが、焦点が合っていないようにも見える。
不自然に思って、若干の不安を覚えつつ名前を呼んで尋ねる。異変に気づいた相棒も、ユウが指さす方をじっと見つめ始める。
「ユウ?」
「......あっち」
「えっ?」
確かに今「あっち」と言っていた。最初の言葉は空耳かと思って聞き流していたが、どうやらそうじゃないらしい。
いよいよ恐ろしくなって、慌ててユウの元へ走り出し、しゃがんで両手で体を支えようと手を伸ばす。
だがしゃがんだと同時に、ユウがフッと目を閉じ、ふらりと体を揺らして倒れてしまった。
「えっ、ちょ!?」
一気に不可解な現象が、立て続けに起こっている。脳の処理が追いつかず混乱しつつ、倒れたユウの体を掬い上げて呼吸があるかどうかを確認。
気を失ったというより、眠りに近いようで安心する。背中に背負っていたリュックを地面に下ろし、それを枕がわりにして寝かせてあげる。
「『あっち』......か。アンナ。ここで、やるぞ」
「やるって......?」
その一連の流れを終えた直後。相棒が険しい顔つきで、二人が精一杯走ってきた道を睨んで言った。
荷物を下ろして立ち上がる相棒。訳が分からず、アンナもユウの正面に守るようにして立って、来た道を振り返り目を凝らして闇を見つめた。




