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アンチテーゼ/アンライブ  作者: 名無名無
第三章 活気と自由の街
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社会経験・大衆酒場の接客

「さてと。そうですね、まず教えるべきはここの給仕システムです。あそこを見てください」


 休憩室兼事務所のような部屋を出た後、早速見せられたのは、この店に入って正面に鎮座していたカウンター席。


 カウンターを越えると、奥に広く、よくよく見ると調理器具なども置いてあるところが目に映る。そこの奥にいる人と目があい、自然と会釈しておく。


「あそこで料理を作り、カウンターに並べるかテーブルまで運びます。その運搬作業、そしてオーダーの確認などは我々の仕事です」


「な、なるほど......。酒場ってそうなってるんですね」


(まあ、そりゃそうだよね)


 世間に疎いらしいグレイさんはともかく、今教えられたことは別段、特別ではない。どの飲食店でもあり得ることだ。


「そして従業員に大切なのは、とにかく明るくスマイル! 面倒な客が来ても、酒に酔ってて絡まれても、絶対にこちらから手を挙げてはいけませんよ? まあ、度を越えていたら臨機応変に対応していただいて結構ですけど」


「す、スマイル? こうですか?」


「グッジョブ! グレイさんは合格です!」


 そしてこれもまた、飲食店に限らないことだが仕事の鉄則。お客様ファーストの精神を説かれた。


 これにも異論はない。そう言うものだと思って受け入れているので、うんうんと頷いておく。


 だが問題は「スマイル」だ。某ファストフードチェーン店のようなスマイルを求められても、生前より笑顔を取り繕うことが下手になったこの体でそれができるか不安である。


 そして早速、隣ではグレイさんがスマイルを作り、少しぎこちないが合格をもらっていた。


「アンナさんも!」とダイアさんに促される。


 冷や汗が止まらない。動揺してしまい、目がキョロキョロと動き回り挙動不審になる。


 だがここで逃げても仕方ないだろう。できないことはできるようになればいい。作り笑顔など、不可能じゃないのだから。


 そう決心し、深呼吸して肩と手の力を抜いて、ダイアさんの方を向いて「ど、どう?」と作り笑顔の出来を尋ねる。


「お゛っ......と......。ご、ごほんっ。......笑顔の練習からですね」


「アンナさん......」


(そんな憐れむ目で見ないで欲しいなぁ)


 今まで散々、笑顔の出来を悪く言われてきた。その度にどうにかせねばと思っていたが、こんなところでも前回と同じ失敗を繰り返してしまう。


 ここまでズタボロに言われ続けると、割と本気で泣きたくなってくる。


「泣いてます?」


「泣いてないっ」


「ま、まあまあ! アンナさんが優しい方なのは、話せば誰だって分かりますから(?)」


 涙が溢れてくる感覚はないが、そこまで表情に悔しさが滲み出ていたのかと思い知らされる。この場に似合わない慰めをグレイさんからもらい、虚しい感じになってしまう。


「笑顔ってこうやるんですよ」と、ダイアさんが指をアンナの顔に近づけ、口元を指圧で無理やり動かしてくる。


「この感覚です。まずはここから覚えてください」


「ふぁ、ふぁい......」


 初めて具体的なアドバイスを貰った。無理やり動かされた口の感覚を、指を離された後もその余韻をしっかりと体に焼き付けておく。


 笑顔の指導も終わり「あとは流れでやってしまえばいいです。大事なのは先ほどの二つ」と、指導の終わりが近いことを悟る。


「貴方たち二人はまだ新人です。席の番号も覚えきれないと思うので、ますは一階から暗記してくださいね。二階の座席は私たちがやるので」


「「はい」」


 席番号。飲食店なら覚えておくべきことの一つ。


 正直このシステムが嫌いで、特に暗記が苦手だったかつての自分は、飲食店のバイトを拒否して生きていた。


 記憶力の悪い友人ですらバイトできていたと後に知った際は、やっぱり時間の経過とともに覚えるんだなと感心していたのだが。


(ふ、不安だなぁ)


「大丈夫です。お互い、頑張りましょうね」


「ええ、はい......うん。頑張ろっか」


 久しぶりに責任が伴う仕事を担うことになり、不安と圧が肩に乗っかってしまう。


 表情にまたしても現れていたようで、グレイさんにグッと励まされる。


「お客さんと目があったらご挨拶! ほら、こんな昼間からお酒を飲みに来た方がまた増えました。アンナさん、まずは貴方からどうぞ!」


「どうぞって......分かりました。スマイル、スマイル......」


 ちょっと棘のある表現をするダイアさんに促され、新たに入店して適当な席に座った中年のおじさん二人組の席に向かう。


 二人とも大柄で、日本人の中年とはタイプが違い、肌が焦茶色で少しゴツゴツしたガタイの良い方々だ。さすがは異世界産の中年だなと勝手なことを思いつつ。


「い、いらっしゃいませ〜。何にしますか?」


「うがっ!?」「おぉ!?」


 先ほどの要領で作り笑顔を浮かべ注文を取りに行ったのだが、まだ力不足だったらしく、中年二人の方々を驚かせてしまった。




 〜〜〜最初は苦難続きだった。何人かの方々を驚かせてしまい、歩くびっくり箱みたいなことをして回っていた。


 それでも必死に注文を取って、ぶつぶつと呟きながら仕事をこなし、昼間のピーク時間を乗り切ったアンナとグレイ。


「......つ、疲れた(主に精神的に)」


「私はまだまだいけます。この調子で頑張りましょ!」


「ふ、ふふふ......ええ、頑張ろうね......(ダメだぁ、ちょっとオカシイわウチ)」


 休憩室。店主のタンクさんはどこかに出かけていて留守であり、今この休憩室にはアンナとグレイ。そしてダイアさんしかいない。


 当初、他にも男性の店員さんともう一人女性の方がいたが、シフトが昼だけだったのか、既にこの店から姿を消していた。


「今日の夜は私たち三人か......。今日は平日なのでそこまでだと思いますけど、それでも夜は厳しいですよ。今のうちに休んでおいてくださいね」


「はい!」


「うっ......(突きつけられる現実......。おお神よ、なぜ私は別世界に来てまで社会経験をせねばならんのですか?)」


 椅子に座ったまま両手で顔を覆って、「うぅ〜」と疲れを吐き出すように声にならないうめき声を小さくあげる。


 他二人はまだ体力、精神力に余力があるらしく、立ったまま体を伸ばしたりほぐしたりしていた。


 アンナのうめき声を耳にしたらしいダイアさんが駆け寄ってくる。足音を耳で拾って、気配を察知し彼女の方へ顔をあげて目を向ける。


「アンナさん元気! 途中から笑顔も上達して、苦笑いくらいまで出せるようになったじゃないですか! ここの人たちは酒ですぐに頭パーになるんで、そこまでいけば大丈夫ですよ!」


 目が合うと愛嬌のある笑みで、アンナのことを励ますような言葉をくれた。


 終始テンションが高い、明るい子だ。こんな子に励まされると、悩んでいる自分が馬鹿らしく思えてくる。


 そして恐らく年下の子に慰められることで自分が恥ずかしくなり、頬のあたりをポリポリと指で掻きながら「そ、そうですかね......」と、目線は斜め下に向けて苦笑いする。


「大丈夫! もっと自分に自信を持って、ホラ! その衣装だって似合ってて、可愛いじゃないですか。その顔に胸、足だっていい武器ですよ。多分、夜になるとやってくる若い方々にもてはやされて、人一倍輝きますよ!」


(男にモテても嬉しくないんですよぉ!)


 目を見開き、秘めた思いに感化されて首を勝手に、拒否するように横にブンブンと振る。


 可愛いと言われてとても複雑な心境だ。それにその魅力のせいで男にモテるとか、考えるだけで泣き叫びたくなる。


 すると「男にモテたくないんです?」と、当然の疑問と怪訝な表情、伺うような目で見つめられてしまう。


「......ええ、まあ。どうせモテるなら女の子から......もないか。モテたいってなんだろ......」


「歪んでますねぇ......」


 確かに歪んでいるなと、そこには同意しておき、「あはは」とまたもや苦笑い。


 その歪みをどう矯正するべきかも分からない。だから先日、旅の相棒を困らせることをしてしまったのだが。


 机に肘を乗っけて頬杖をつきながら、ボーッと休憩室の中に何があるのかなと適当に見て眺める。


「夜の時間、と言っても再び開店するのは十七時くらいです。開店一時間前には皆で掃除、それと色々やります。それまで休憩ですが......準備まであと二時間もあります。女子しかいないんですから、何かそれっぽい話で盛り上がりましょうよ!」


 そうやって時間を潰そうかと考えていると、空いた時間を合理的かつ愉悦として消費するため、ダイアさんが状況の説明とある提案をしてきた。


「なるほど、交流を深める、か......。いいですね。私としても、聞きたいことの一つや二つはあります」


「でしょ? じゃあ好きな人の話とか、趣味の話とか.....。まずはそこから始めようよ!」


 女子二人が盛り上がりを見せている。


 できれば自分はこのまま無心でいたいなと思っていたのだが、当然アンナは逃れることができなかったようで。


「アンナさんって普段何されてるんです?」と、なぜか最初にこちらに話が振られてしまった。


「どうしてウチから?」


「だってアンナさんって、どこか不思議な雰囲気があって......。真っ先に尋ねることが多いというか、なんというか......」


(傍目から見るとミステリアス系女子だったのか......ウチは)


 自分の属性を認識しておく。確かに普段、話すことがなければ他人と話そうとしない節はある。


 マイルスやデリバーのような、心を開けると確信し、一度距離を間近まで詰めることになった相手に対しては積極的だ。それくらいの自覚はある。


 自分の趣味とやらを少々思い返し、「あっ」と思いついたような声を上げて。


「えっと......普段かぁ。外の景色を見るのが好きかなぁ。散歩とかするよ」


 素直に質問に答えてやった。


「なんだか老人みたいな趣味ですね。グレイさんは? 冒険者だったってことは、やっぱり色々と———」


 だがいまいち盛り上がらない話題だった故に軽くあしらわれてしまう。


 続いてグレイさんに話題が移ったようだ。


 頬杖をついたまま、椅子に座って話し合う二人の顔を眺めたり、時々会話に混じったりして時間を消費し、気づけば夜の準備時間になっていた。

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